2012年12月31日

2012年に考えたこと/考えさせられたこと 抜粋

 今年1年間のメモを見なおして またいろいろ考えさせられて
 引き続き考えたいことなどを抜粋してみた。

 こういうのはやはり
 1年なんて単位で読み返してみると面白いね。


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2010年12月09日

イメージで考えてる?言葉で考えてる?


 先日とある本を見ていると、新鮮な驚きがあった。
 (「数学における発明の心理」/J・アダマール)

 人が何かを考えているとき、その考える道具が人それぞれに違うということ。

 考える道具、といってもわかりにくいけど、
 つまりは、何を媒体に考えているか、
 たとえば、イメージで考えている、言葉で考えている、など。

 その本の作者も同じ驚きだったそうだけど、
 僕も、思索するときに言葉で考えている人がいるとは、かんがえたこともなかった。

 逆に、その著者の知人の学者のひとりは、
 言葉を使わずに人間が何か考えることなど不可能だ、と
 そう言っているそうだ。
 (その人は心理学者としてそう述べている。)

 つまり、(著者も指摘しているんだけど)
 他人の頭の中は自分とは全く違う、そういうことがある。

 ひとの頭の中が自分と違う、というだけならあたりまえだけど、
 その機能するシステムが違うとなれば、ちょっと新鮮。

 で、この数日来、そのことを考えてる。
 で、いろんな人にたずねてみてる。



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2010年11月29日

13の月の暦(1)


 ほんとにここ最近、10日ほど前から、「13の月の暦」にハマってる。

 暦、というとおり、
 これは今日われわれの社会が則っているグレゴリオ暦と同様、それとはまた異なる数学と哲学による別の暦のひとつ。

 創案者はマヤ暦を基盤としているが、しかしマヤ暦とは異なる別の新暦というべき。

 かつて古く暦たるものがそうであったように、それぞれの日やいくつかの日、時期について特別の意味を与えているので、ある種の占い的な意味合いで読むこともできるし、事実、占い的なものとしてこの暦を活用している人も多いようだ。

 が、創案者自身は、「これは占いではない」と主張している。
 僕も当初は、ネット上たまたま目にした記事をたどり、占い的関心で、「オレってどうなんだよ?」と、この暦に出逢い(ちなみに僕は、青い電気の嵐)、
 そして「占いでない」の主張を解しかねた。

 しかし、どうも直感にささやくものを感じて、あえて踏み込み分け入って、ちゃんと資料を読み込み、実際に自分の生活に試行運用してみると、
 なるほど、これは占いなんかではない。

 時のリズムを感じること、
 時間を自分に引き寄せる、
 そうしたことを可能にする、これは暦だと実感しはじめた。

 潜在的に漠然と長年自分が求めていたもののひとつかもしれない。

 より具体的にいうと、

 13の月の暦は、
 時の流れをきわめて多重的に、いくつものサイクル、区切りでとらえるためのツールだ。

 これが、実に面白い。
 時の流れにいくつもの次元を感じることができる。
 仮に単なる遊戯としても、きわめて知的に楽しい。

 しかし僕の身近には、こういうものをやっている人が今のところは見つからない。

 知的遊戯性の高いものは、得てして、気軽に人に薦めるには難解であったり内容が面倒に過ぎることが多い。こいつもその例に漏れそうにない ^^;)
 そこそこ知的好奇心のある人でないと。
 また、単に占いとして、その底を流れる哲学に気づかないまま通りすぎてしまう人も多いだろう。

 もし既に使っているという人や、興味があってやってみたいっ、という人、何かピンときたって人がいたら、メールでも何でもぜひご連絡を。
 一緒にいろいろ考えを深めていきたい。 ^^)



くわしく見てみる
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2010年11月22日

週次レビュー僕の場合


 週次レビューというとGTDの用語であるけれども、
 それを参考としつつ、僕は少し自己流を加えたものとして週末に行うことにしてる。

 こうしたものは、それぞれ自分に合わせて、多分にいろいろな方法論や理念の互いに取捨するところでもあるので、
 誰かの参考や触媒にでもなれば幸いと、少し紹介してみる。

 ステップは次のとおり

 1 一週間のライフログ(実質的にはアイディアや思索メモ)の通読

 2 上記にあわせて、必要部分の抜き出し(→今週のレビューメモ)

 3 一週間の読書の書き抜きの通読、必要部分をレビューメモに追記

 4 一週間のweb clip記事の通読、必要事項をレビューメモに追記

 5 レビューメモからメンタルメモを作成

 6 レビューメモの項目を内容ごと以下の4つのテキストファイルに追記
   ○to think 長期
   ○to think 週間
   ○仕事
   ○研究

 7 次週の予定・スケジュールを確認、追加

 8 次週の各曜日のテーマ設定

 9 次週予定のweb・携帯同期

 10 次週のタスク書き出し

 11 タスクの割り振り、web・携帯同期

 12 生成された各メモファイルの保存・送信

 以上、約1時間程度を土曜か日曜にとるようにしてる。




多少くわしく見てみる
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2009年03月11日

クリアな頭


 僕が好きな人に、おそろしく歴史的知識を欠くひとがいるんだけど、

 このまえ、たまたま話にシーザーの名が出たら、

 「誰ですか?それ」

 で、「カエサルやで、カエサル」

 「なんか聞いたことあるかも。王様か何かですか?」

 「そうそう!あ、いや…王様までは結局いかなかったんだけど… ローマ帝国のさ、いや…まだ帝国じゃないな。まあ…でも…そんな感じの…。」


 ちょっと前に、何かの髪型の話で、「足利尊氏みたいなさ」て話で(実際には高師直という説もある教科書等でお馴染みのあの絵)、
 「誰ですか?それ」


 僕がこの話をするのは、その人をけなしているんじゃなくて、むしろ感心してるって話。

 そのひとは、賢いひとで、ものごとの判断もたしか。
 僕は大いにかっているし、一目おいてもいる。
 本人は意識してないかもしれないけれど、戦略眼・戦術論的な話でも、きわめて妥当に判断する。


 そうなんだよな、知識とそれは別なんだよな。

えらく雑駁な話だけど見てみる
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2008年05月16日

未来に向けての石を置く


 近頃とみに精力的にいろいろなことに取り組みつつあって、本来の自分らしい様相を取り戻した感も一入なんだけど、

 そうすると やはり自分の時間の有効利用の程というのも気になるところ。

 そこで僕は、その有効度を測るに、「将来に対する貢献度」という尺度を導入してみることを考えた。

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2008年05月11日

個人データベースと時間の運用


 素晴らしい記事があったので 紹介。

 グーグルに淘汰されない知的生産術
 (My Life Between Silicon Valley and Japan/梅田望夫さん)

 1 旧来の情報整理は、ネットにまかせればいい
 2 個人でやるのは、それより粒度の細かい整理の部分
 3 それは一例すれば本の抜書きのような作業
 4 これ自体が、知的生産の端緒ともなる

 5 これからの知的活動は、所属組織ではなく時間の勝負
   時間のある人が勝者に、時間のない人が敗者になる

 6 照準をどこに合わせるべきかという俯瞰的マクロ的技術
   情報抽出の精細度におけるミクロ的技術
   これが個人で培うべき技術
   これらの中間部分はGoogleがやっているし、また任せるべきでもある



 上述の記事は、リンクをたどってお読みいただくとして、
 ごく簡単に僕の思うところを。

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2008年04月24日

言葉と共通了解


 もう既にしばらく以前になるんだけど、加賀谷さんのblogで、おもしろいこと書いてるのを見た。
 それで僕も書こう書こうと思いながら、ついつい今日になっちゃって。

 件の記事は、「天才は天才の研究をしない」というもの。

 このタイトルが言うところの話も非っ常に同感なんだけど、その部分ではなく、
 どちらかというと記事タイトルから離れたところで、記事後半の部分、
 そこのところに僕は食いついてる。

 いわく、
 同じように身近な出来事の話をするにしても、話の面白い人とそうでない人というのは、言葉が生むリアル感を、相手の脳内に生み出すことができるかどうかの違いだ、と。

 これは、非常におもしろい。
 そして、このことは、ただ会話においてだけではなく、文章であれ、あるいは映画や音楽、果ては絵画のようないわゆる芸術においてもあてはまるのではないだろうか、
 そんなことを考えた。

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2008年04月14日

モスクワっ子との音楽交歓

 僕は海外の人とSkypeなどで話すのが好きで、そこそこ頻々と楽しんでるんだけど、

 ちょっと以前に触れたことがあると思うんだけど、ここ最近は、なかでもモスクワのIrinaって女の人といちばんよく遊んでて、

 今日も つい今しがたまでやってたんだけど、今夜はおもしろかった。

 というのも、ふとしたことから音楽の話になって、

 それで向こうが「こういうの好き?」って言って、ロシアのバンドの曲をmp3で送ってきた。

 それで、「日本のも何か聴かせてよ」というので、こっちも見繕って送ってみる。

 これは好き? どう? ってことを繰り返しながら、

 うん、好きだよ、って言ってても、やっぱ社交辞令的な感じって伝わるんだよね、お互い ^^;)

 で、だんだん、「正直 あまり好きじゃない」とかお互い言いやすくもなってきて、

 もう二人とも躍起になって次から次へと交代交代で送り合いっ

 相手が好きそうなのは、どのあたりか…と、
 その都度の相手のコメントから情報を蓄積して、好きそうなものを推理して絞りこんでく。

 この過程が、ほんっとに面白くって。

 なんかのゲームみたい。
 一回送って感想聞くたびに、推測に修正を加えながら、だんだんと正解に近づいていくみたいな感じ。

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2008年04月01日

ゆるい連邦制的組織(塾)


 昨日につづいてちょっと塾ネタを。

 僕が教えている塾は、この春から3教室同時オープンした、ということを以前にも書いたけれど、

 実は、この三つの教室、それぞれにカリキュラムも指導方針も異なる。
 考えてみれば、これというのは、普通、そんなには無いことだと思う。

 もちろん塾としての大方針であり、コンセプトというものはある。
 が、それぞれの教室における責任者の裁量の余地はきわめて大きく、言うなれば、「ゆるい連邦制」的な組織となっている。

 そして、古くからの読者の方には想像に難くないだろうが、
 僕が実に気に入っているのが、そこなのだ。

 僕は、僕が出逢うモノ、コトは、僕が出逢うべくして出逢っているものと考えているし、実際これまでもそうだった(後知恵もあるにせよ)。
 そしてそれは僕が自然体で生きていることと、そして強運であることによると思ってる。

 で、たまたま求人紙で見つけたこの仕事、なんと僕にふさわしいことか。
 僕は、ここで、そうした「ゆるい連邦」的な組織の振る舞いをじっくり見てみたいと思っているし、一定の知見を得るつもりでいる。

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2006年02月27日

江川達也:自分の主張2割


 僕は大のコミック好き、表題の江川達也氏も、「BE FREE!」以来常にリアルタイムで楽しんできたが、目下は「日露戦争物語」が面白い。^^)

 さてその江川達也氏だが、産経の「わたしの修行時代」に登場し、面白いことを言っていた。

 (【私の修業時代】江川達也さん 4カ月だけアシスタント

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2005年10月08日

主権


 今日まさに憲法改正案がさまざまなところで検討されているところだが、憲法といったものにおいて最も根本的なテーマに属するもののひとつでもある「主権」という概念について、ふと近頃いろいろ考えたりする。

 僕は、どうも「主権在民」だの「国民主権」だなどという言葉が好きでなくて…というとちょっとした問題発言のようにも聞こえるが、そうした方面のつもりはなく、単に僕は、民主制に主権者など不要ではないのかと思っている。

 多分に非現実的(よく言えば冒険的 ^^;)、な話なので、気軽にどうぞ。


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2005年10月06日

空間識失調期


 ちょっと航空関連の雑学がある人であれば、「バーティゴ」なんて言葉を知っているだろうけれど、例えば古い映画だと織田裕二の「ベストガイ」でも描かれていた。

 厳密に言えば正確ではない面もあるのだけれども、まあ一般的に世間では「バーティゴ:vertigo」は「空間識失調」(本来は spatial disorientation とでもいうべきか)を指して使われる。

 空間識失調といえば、日本語的に意味の予測がつくけれど、まあ文字通り、空間識を失調する(これじゃ説明になんないか ^^;)、つまり、空間に対する自己位置の感覚、あるいは逆に言えば自分に対する空間の位置感覚を失う、錯誤するとでもいった感じだろうか。
 例えば、自分の感覚では間違いなく航空機を水平に保っているつもりが、実際にはバンクしている等。

 といって、今日はそうした航空関連の話をしようというわけではなく(僕も操縦職種ではなく、「ちょっと航空関連の雑学がある人」に過ぎないし ^^;)、
 人というのは、人生…というか生活においても、好不調の波的に、あたかも「空間識失調」的な状態に陥るものだよなあ、という話。

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2005年09月09日

(読書) 「SYNC」


 かねて僕は、今後の世界観を変革し得る今世紀科学の大テーマは、量子理論、同期理論、複雑系理論、ネットワーク理論であると考え、それぞれについて門外漢ながらそれらの動向に格別の注意を払っている。
 例えばゲノム関連であるとか脳生理学であるとか、あるいは情報通信等が大なるテーマでないということではなく、それは一つの領域としての重要領域ということであって、上記に掲げたようなテーマは、全くもって学際的であり(必要な努力においても期待される成果においても)、それどころか自然科学の範疇を越えて、社会科学、社会そのもののあり方にまで影響を与え得るという意味で格別である。(ゲノムの探求にせよ脳生理にせよITにせよそれら自体、この4つの成果を受けずして今後の進展はたいして望めまい。)

スティーヴン・ストロガッツ
発売日:2005/03/29
あまなつ

 つい先ほど読了した本は、こうした観点で実に良い本であったので、紹介してみようと思う。
 「SYNC〜なぜ自然はシンクロしたがるのか」(左)は、そのタイトルの通り、「同期(同調)」ということをテーマにしている。同期関連の一般書というのはこれまでなかなか良いものがなかった(ように思う)のだが、これは同期についての科学の歩みと今日の動向について良いまとめ本的になっていると同時に、複雑系と複雑ネットワークについても大いに言及されいてる(同期というテーマから当然ではあるが ^^;)。
 この方面に多少なりとも興味のある人であれば、ストロガッツという著者名を見ただけで、こうしたことは十分想像できるだろう。^^)


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2005年08月22日

構造構成主義Wiki


 以前ここでも紹介した構造構成主義(過去記事:構造構成主義)ですが、その後、提唱者の西條氏や継承発展に新たな境地を拓いておられる京極氏の知遇を得て、どうした展開か、僭越ながら僕が「構造構成主義Wiki」を運営させていただくことになりました。



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2005年08月10日

一期一会


 昨夜の「江原啓之スペシャル 天国からの手紙」を僕は録画していたんだけれど(ロッテvs日ハムを優先して観たから)、それを今日になって見ていた。

 正直僕はこのシリーズが好きなんだけれど、江原氏とやらに果たして亡くなった人々の霊などが見えるのか、交信などできるのか、はたまたそもそもそのような何らかの死後の世界などがあるのかどうか、そうしたことはまあどうでもよくて、これを見るたびに、僕は人と人のコミュニケーションということを考えさせられる。
 そしていつも、悔しいが涙が止まらないハメになる(この点、一人暮らしは助かるよ、本当に ^^;)

 江原氏にそのような能力がなかったとしても、その言うこと、言葉には、何らかの人間関係の真実がある。
 僕ら視聴者ではなく、番組内の依頼者家族に対しても、京極堂ではないが、いずれにせよ何か憑きもの落とし的な意味では大きな意義をもった役割を果たし得ているのだろう、超常能力などを持っていなかったとしても。


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2005年08月07日

mixiのコミュニティ機能


 最近ここでしばしばSNS・mixiの話題に触れている。
 本来ならばmixiという閉じた空間の話はその空間の中ですればよいのだけれど、僕はmixiの日記機能を使わず、mixiでもこのblogを表示するようにしている(かついずれか一方しか選択できない)ので、少し迷ったけど、この話もある程度はmixiに限定されない面もあるので、あえて書いてみることにした。

 それは、mixiの「コミュニティ」機能について。

 mixiに入っていない、あるいは関心がないという人には申し訳ないけれど、多少は面白い話でもあるかもしれない。
 (関心はあるが現在招待されていない、しかしどうしても入りたいという人は、僕にメールください)

 mixiには、「コミュニティ」という、さまざまな、膨大な数のテーマに関する掲示板機能があって、「参加」を選ぶことによって、その「コミュニティ」のメンバーということになる。
 これは、一見、かつてのパソコン通信における、例えばニフティサーブの「フォーラム」のような、あるいは参加だのメンバーだのということを除いて掲示板ということでは2ちゃんねるのような、そうしたイメージもあるが、実は、これらとは全く異質の機能があり、むしろそれこそがmixiにおける「コミュニティ」参加の意義となっている。
 ということに、僕も最近気づいた。

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2005年08月05日

素手の議論


 先日来言及している「構造構成主義」の提唱者、西條剛央氏が、氏のmixi日記で、加藤典洋氏の著書「僕が批評家になったわけ」についての感想として、膨大な「知識」を楯にではない、素手の議論ということについて述べておられた。

 実は僕はこのフレーズに大いに同感し、惹き付けられた。

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2005年08月03日

構造構成主義


 僕は、政治社会の意思決定における信条、信念(あるいは利益観)の対立、さらには国際社会における国家間、文明間の価値観、理念の摩擦ということ、そしてその超克ということに非常な(自分の中では最大と言い得るような)関心をもっている。

 先日、SNSのmixiで、構造構成主義という認識概念に偶然出逢った。

 僕は武術的関心で、甲野善紀氏のコミュニティー(氏が参加しているわけではない、氏を話題とするという意味)に参加しているのだが、そこで、「構造構成主義」コミュニティーというものが紹介されていた。
 いわく、甲野氏の身体操作法探求の方法論を、科学的方法論として位置づけることができる理論であるという。
 興味を抱いてそのコミュニティーを覗きにいってみたところ、そこでの議論の土台となるテキストの目次が紹介されていたのだが、これを一瞥すると、いつもの直観が働いた。そこでその場で入会し、早速件のテキストをAmazonで注文。
 届いた日の深夜と翌日の深夜、引き込まれるように読んだが、僕にとって非常に魅力的なツールになり得る予感が強く湧いた。
 一度目の読了を済ませた今朝早朝から、少なくとも現在、僕は構造構成主義者、あるいは構造構成主義ユーザーとなった。^^)

 そのテキストというのが、西條剛央氏による「構造構成主義とは何か」だ。

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2005年06月11日

状態が良い中で変化を


 昨夜、TV雨スポは、「千葉ロッテ・渡辺俊介〜アンダースローの美学」だったので、もちろん僕は楽しみにいそいそと視聴したわけだが ^^)、さすが、なかなか良い言葉を言っていた。

 僕らロッテファン(もしくはパリーグファン、あるいは単なるセリーグファンでない野球ファン)にとっては最早何の説明も必要ない一流投手だが、一応軽く紹介しておくと、

 渡辺俊介、千葉ロッテ・マリーンズ投手、5年目、昨年12勝6敗、防御率3.74
 といった成績よりも、何よりも、アンダースローが彼の特徴。

 昔は(とりわけパリーグは)多くのアンダースロー投手がいて、中には阪急のエース山田久志をはじめ数々の名投手(ロッテなら仁科も)がいたものだけど、近年は絶滅の危機にも瀕していた。
 なお、渡辺俊介は、過去のどんなアンダースロー投手よりも低い位置から球をリリースする(地上10cm前後)、文字通り「世界で最も低いところから投げる投手」。

 (今日の話のテーマではないけれど、その投球フォームの美しさ、ぜひ一度ご覧あれ ^^;)

 (これも余談ながら、彼の投球の「間」は、弓術でいうところの「離れ」の極みを彷彿とさせる(彼自身も弓矢の例えを口にすることも。)僕は居合、抜刀が専らだが、その投球の「発っしかた」、「離れ」、飴を伸ばすようなひと続きの動き(段差なく一挙動)に魅せられ、抜刀の参考にもしているほど ^^;) 抜き付けもかくありたしと思う)

 球界久しぶりのサブマリン投手として注目を浴びつつも、最初の2年ほどは芽が出ず、1軍2軍を往復。
 3年目に9勝をあげ、4年目の昨年には12勝、そして今年は現時点で既に8勝1敗、防御率1.61(1敗も0−1での完投負け)。

 (プロフィールや写真、ムービーもあるファンページ: My Pace

 さてその俊介、TVでは入団後の低迷状況やそこからの脱出の契機などについても話していたが、僕がなるほどと特に感心させられたのは、「状態の良い中で変化を」という言葉。

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