2005年11月09日

中韓朝の綱引きと日本


 第5回の六カ国協議が今朝から始まっているところだが、最近の中韓朝には、また新たな構図が生まれて(あるいはもとからあったが顕在化して)きているように思う。
 ここ最近の韓国の北朝鮮に対する立て続けの支援拡大と、あたかもそれに負けじとするかのような中国の支援拡大、さらには胡錦涛主席自身の北朝鮮訪問も先月末と記憶に新しい。
 さながら支援合戦といった観もある。

 僕自身は、事実、北朝鮮の取り込み合戦ということが中韓の間で戦われているように感じている。
 そして、日本外交は、そうした状況を利用すべき、そして利用し得る位置にあるのではないかと思っている。



 韓国が北朝鮮取り込みに熱をあげることは、まあ当然だろう。取り込みという表現自体が不適当というべきであって、それは分断国家の統一とも、民族統一ともいうべき望みであろうから。
 そうした意味では、韓国にとっては、その統一の手法をめぐっていかにダメージの少ない形でということが考えられはしても、統一という目的自体に対する打算であるとか損得という判断は原則として存在しないか、もしくは相当に弱いだろう。

 さて、一方で中国からみれば、冷戦体制も過去のものとなった今日、北朝鮮の存在価値は相対的には低下しているはずだというのが一般的な見方だ。
 ただし、戦略的パートナーだの共存だのという言葉が飛び交いながらも、やはり米国との間には常に緊張感がつきまとっているのであって、米国的国家としての、まして親米国家としての領域が自国方向に、それも国境を接して拡大してくることは理想的ではないだろう。

 であれば中国としては、以下のような着意を持つのではないか。

 1 北朝鮮を維持し、親中政権を維持する、これが第一
 2 万一北朝鮮の体制崩壊にあっては、親中政権もしくは中国への統一を図る
 3 一方で、米韓間に楔をうち、韓国を中国側にひきつけつつ米国を地域から遠ざける

 中国としては、北朝鮮が現状維持されるのが最も低コストで中国の趣旨に叶うだろう。であるから、現体制の崩壊を防ぎ、まして国際的軍事介入などはもってのほか、かつは(たとえ体制変更や政権交代があるにせよ)政権を親中政権に維持しておくこと。
 これが第一だろうと思う。

 しかしながら、当然、現体制の無理や綻びについては重々理解しており、何らかの国内機運によっても、あるいは国際的介入、国際的措置等による体制の崩壊という可能性も想定はしておかねばならないだろう。
 そうした混乱においては、最低限、親中政権をたてること、それが困難であったりあるいは機が許すならば(国際世論や正統性等の口実において)、中国への統一ということも選択肢から外しはしない、ということになるだろう。(中国への統一といっても、当初において中国保護下の特別区的な位置づけ等を考えることもできる)

 さらにしかしながら、分断国家の統一という大義名分をもつ韓国が北朝鮮との統一を果たすということも、情勢の推移次第ではやはりあり得る。
 それは望ましい展開ではないものの、最悪そうした場合においても、その統一朝鮮が、理想としては親中的、少なくとも親米度の低いものでなくては中国は困る。
 であれば、統一以前の時点から韓国と米国を離間させておくこと、米国の影響力と、でき得れば米国の関心をもこの地域から遠ざけておくことが必要だろう。

 朝鮮半島をめぐる中国の行動は、こうした着意に基づいているのではないかと思われるし、また現に近年の活動に相当程度合致しているようでもある。

 さて、で、一方のプレーヤーである韓国は、政権がどこまで中国の意図をこのように了解しているのかは定かではないが、しかしながら少なくとも、中国が「北朝鮮取り込み合戦」に参加している競争者であることは意識していると思う。あるいは意識し始めた、というべきか。それがますます両国の支援競争を過熱させているようでもある。
 (米韓離間についてはむしろまんまと中国の手に乗っている観があるが、しかし韓国の立場に立てば、中国の意図の牽制には米韓関係をもう少し有効に使うことができるのではないかと思う)
 (もっとも、北朝鮮自体が中国の意を受けて、中韓を天秤に掛けて競争を煽る形で、韓国の離米を図ってきた可能性もある)

 そのように中韓を見れば、マイナーではあるが国際的教科書問題のひとつである、中韓両国における高句麗の歴史をめぐる記述というものが、両国にとって決して無視し得ない認識問題であることも理解できる。
 日本をはじめとするような国々と違って、歴史的に「中国」なる継続的国家主体は存在しないのだが、歴史を通じての何らかの中国大陸国家(王朝)の最大版図をもって「そもそもの中国の領土領域」とみなすのが現中国の平素からの主張だ。
 とすれば、高句麗が中国の地方国家であったのか、独立した半島国家であったのかということは、中韓両国にとってきわめて重要な認識問題ということになる。
 (日本との間での教科書問題はむしろ多分に感情的問題という面も色濃いが、ことこちらの問題については、きわめて現実的問題であるかもしれない)

 単に民族的に朝鮮民族ということをいうならば、現中国にも朝鮮人居住地域はあるのであって、上記認識次第では、北朝鮮が中国に統合されることが全く筋違いとも言えない面も出てくる。


 さて、こうした中韓の綱引き、競争という状況は、日本にとっては十分に利用可能なシチュエーションであるとも思える。
 いずれかの立場に肩入れする、後押しするような行動をとる、あるいはとる姿勢を見せる、理解を示す、など、ある種の影響力を行使することができる。

 もっとも日本は北朝鮮を奪い合う立場ではないから、それはこの問題における漁夫の利を得るということではなく、他の問題における交渉材料を得るということだ。
 (日本にとっての北朝鮮の体制問題は、それ自体がひとつの考究対象になるので今日は省略するが、現時点で僕個人は、韓国と分立したままで、かつ現在より穏健な政権となることが日本にとっては理想的ではないかと考えている。崩壊と混乱によってそれが無理な場合でも、統一朝鮮国家になるよりは、むしろ北朝鮮の中国への統合が望ましいかもしれないとすら思っている。あくまで現時点、引き続き思案中)

 他の問題というのは、その他外交諸問題であるが、中韓との間の政治的温度ということ自体がまさにそれだ。
 日本は中韓間のこの問題に対する身の振り方次第によっては、中韓の溝を拡大させることもでき得るし、うまくすれば対日歩み寄り傾向の競争状況を創造することもあり得る。

 たとえば上記括弧書きのような北朝鮮に対する戦略からすれば、中国を後押しするほうが日本には理に適うが、しかし北朝鮮の帰属問題は少なくとも目下において日本の最大関心事項ではない。
 むしろ、中韓どっちつかずの姿勢をとりつつ、しかし中立というのではなく、機宜に応じてどちらにもつく気配を見せながらの態度で、前段に述べたような状況を形成することが日本の利に合うだろう。

 そうした効果を考えれば、たとえば仮に北朝鮮に対し何らかの国際的人道的支援を行う際にも、ただ日本の支援ということになるよりも、中国韓国いずれかのチャンネルなり構想に乗る形で(むろん中韓がわかる形で両天秤にかける)いずれかの顔が立つ、立たないといった要素を加味すべきだろう。

 さらに言えば、こうした外交戦略を米国と共有し、そのシナリオにのった外交を共同で展開することも考えられる。(あくまで水面下の協調、表面的にはそれと悟られぬよう個々に動く)
 あるいは表面的には米国と全く役割分担をしてそれぞれ中韓いずれかに乗ってもよい。(日米間での秘密下での緊密協調、調整は必要だが)
 そうした提案を日本が米国に持ち込む手もある。(なんせ手ゴマも情報量も多い米国だ)

 目下観察する限りでは、中韓は明らかにこうした視野を持ちつつ核協議、六カ国協議自体にも臨んでいるかに見えるが、日米は、真っ直ぐに核問題と拉致問題のみの問題として取り組んでいるようにも思える。
 むろんその両問題は日米にとって最重要問題だが、中韓の思惑をある程度利用しなければ、六カ国協議における中韓の有効な支援、取引も得られにくいだろう。


posted by Shu UETA at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 天下-安全保障・外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。