2005年10月24日

戦略入門004


 古いバックナンバーの転載、その4です。



Samurai Magazine vol.016■水曜>戦略戦術危機管理No.04>概論(04)
04/07/28                       ■ はじめに ■

 今回のテーマは戦略と戦術の立場の属いについてです。



      ■ Index ■

        --戦略--

      1 戦略と戦術
      2 戦略の要素


1 戦略と戦術

 通常は混同されることが多いですが、「戦略」と「戦術」の両者は、ある程度、意味上の使い分けがなされます。
 戦略とは、勝利するための大局的・総合的な計画・計略であり、戦術とは、より下位の作戦といえます。通常、戦術は戦略を遂行するための個々の作戦であるのが普通です。

 たとえば、戦争を考えてみましょう。まず、自国にどのような脅威があるのかを判断し、そのためにある国家と戦うのか戦わないのか、戦うならば勝算はあるのか、どのような戦い方をすれば勝算が見えるのか、そしてそのために必要な物資、装備、兵員、または外存等の対策、国際世論への対処…を考える、
 そのようなものは戦略レベルのものです。

 そして戦術とは、始まった戦争の中での各戦闘の戦い方となります。たとえば、戦略計画により、ある方面における敵の着上陸を阻止するよう命令された部隊が、その現地において「敵の着上陸阻止」という命令(戦略目標=戦術目的)をいかに達成するか、どのように戦うか、というものが戦術判断ということになります。

 戦略と戦術は、なかなか厳密に意味を分けることができないことも多いのですが、戦略は大局的な計画、戦術はその中における実戦だというイメージでとらえておいてください。
 (かつ、これらは、さまざまな次元で重層的構造をとることになります。戦略の中で動く戦術部隊には、その部隊なりの「戦略」を言うこともできるわけです。)

 「戦略の失敗は戦術では補えない」という言葉があります。これも重要な教訓として心得ておいていただきたいもののひとつですが、これは次のような理由によります。

 まず目的の設定ということ自体が戦略である以上、目的が誤って設定されていれば、いくら個々の実戦によって勝利を得ても、的外れな方向に進んでいくことになりますね。
 また、戦争行為を通じての物資の準備や補給も戦略計画ですから、必要なところに必要なタイミングで物資が流れなければ、現場の戦術部隊は動きがとれなくなります。
 個々の戦術部隊をどこに配置するかという戦略計画に誤りがあれば、戦術部隊がいくら善戦しても報われません。
 たとえば、「相手の弱さを自分の強さでたたく」ということに反して、状況判断を誤ることにより、敵の最も強いところに味方の弱兵を充てるような戦略ミスがあれば、戦術指揮官は苦しい状況に陥ります。
 装備の近代化なども戦略判断によるものです。明らかに敵を凌駕する革新的兵器を装備していれば、戦術指揮官は非常に楽な戦術指揮が可能となるでしょう。

 また、ご存知のように日露戦争における日本の勝利は、米国大統領による停戦斡旋という外存による勝利といわれています。日本はいくつかの戦場における戦術的勝利によって、早期の戦争終結を自らに有利な条件で実現しました。国力の差から考えて、戦争が継続されればされるほどに我が国の最終的勝利が遠のくことを、当時の指導者はよく理解していました。

 また、有名な日本海海戦における勝利については戦術的成功が目立っていますが(秋山真之による丁字戦法)、バルチック艦隊は日本海に到達する途上のあらゆるところで日本の同盟国である英国の妨害(英国の圧力による各港での寄港・補給拒否など)に遭い、疲労困憊の態で決戦に臨みました。これは、もちろん英国の協力による戦略面での成果です。
 さらに、日本海軍の操艦、砲術の練度等は、作戦以前の段階における徹底的訓練成果でしたが、これは連合艦隊という戦術部隊レベルでの戦略事項といえます。

 あるいは、番組や映画の製作を考えてみましょう。
 プロデューサーは、戦略担当といえるでしょう。どのような作品を、誰に書かし、誰に撮らせるのか、そして・算の獲得、出演存渉、宣伝活動…と。
 そして監督は戦術指揮官です。与えられた作品を、与えられた・算でいかに撮影するか。

 また、古い例になりますが、かつてソニーはウォークマンで一世を風靡しました。しかし、あのように小型のテープレコーダーの開発は不可能であるとして、当時大いに技術陣の反対を受けたそうです。それでも、至上の戦略命令により技術者たちは苦労の末、超小型テープレコーダーの開発に成功しました。
 その後の躍進は誰もが知るところです。

 これは、「何を売ればよいか」「消費者は何を求めているか」という戦略判断の成功と、それに戦術的によく応えた技術陣の成果といえますね。
 何を作ればよいかという戦略判断を誤れば、どのような戦術的成果をあげようとも的外れになります。これはまさに「戦略の失敗は戦術で補えない」ということですね。

 もうひとつソニーの古い例を借りましょう。
 多くの若い方には馴染みがないでしょうが、かつてはビデオレンタルショップに行っても、同一タイトルに対して必ず背の高いビデオと背の低いビデオがあったものです。
 背の低い方がソニーの主導したベータ方式、背の高いほうがVHS方式。
 標準化競争で結果的にソニーは敗北し、その後贈HS方式が完全に標準化しました。
 性能の面でもサイズにおいてもソニーの方式は優っていたと言われていたにも関わらず、標準を勝ち取ることはできませんでした。何故でしょう。

 定説のひとつとなっているのは、ソフトの他なさが原因であったということです。より多くのビデオタイトル、映画にしてもアダルトビデオにしてもですが、ソフトが充実している方を消費者は選びます。その点において、ソニーは弱かったといわれます。(むろん、その他の営業作戦にもよるでしょうけど。敵陣営は家電としてのネットワークを全国に持っていましたしね。○○ショップというように。)
 ベータ方式のクオリティそのものは戦術的成果と言えるでしょう。それに対して、ソフトウェアの充実という方面で業界各社に手を回すのが遅れたのは、戦略面での至らなさであったといえます。

 さて、そこで面白いのが後のソニーのゲーム機プレイステーションです。
 ソニーはこの分野では言わば後発でした。ところが参入以後の躍進がすさまじいものであったのは周知のとおりです。何故でしょう。
 それは、圧倒的なソフトウェアの充実です。
 ここに、ソニーとしてかつての経験が活かされていた、、、のかどうかは私は知りませんが、かつての失敗と同じ理由で今度は優位を獲得したという点は興味深いものです。

 ソニーは、観察するには非常に面白い企業で(さらにその後のパソコン参入に際しての戦略も・晴らしいものがありました)、メーカーとしての戦術にたいへん強く、その戦術的精強さを戦略的にうまく活かすことで圧倒的な強さを生むタイプであるように思います。

 余談ですが、企業の戦略を研究するには、生活になじみの深い分野での大手ライバル企業を比較検討するのが役に立ちます。生活に身近な分野だと、自然にフィールド調査をしていることになり、情報も多く、友人や知人の話もよく耳にしますからね。

 捕捉ですが、ソニーなどメーカーにおける技術力を戦術面としてお話ししましたが、もちろん、技術には技術分野での戦略要素がありますし、またソフトの充実という面にも、それを方針としたのは戦略決定ですが、その実現においては例えば営業部隊の活躍など戦術部隊の作戦が不可揃です。なんとなくイメージしていただけるでしょうか。

 歴史上の偉人たちには戦術的天才や戦略的天才が綺羅星のごとく、ですね。
 やや暴論に近造くのですが、みなさんのご理解を助けるために敢えて大きく分類してみましょう。

 源頼朝はどちらかといえば戦略家といえ、義経は戦術家といえます。
 頼朝に実際の戦闘指揮がほとんどなく、また指揮しても敗北が目立っているのはご存知のとおりですね。しかし、かれの政戦両面における戦略眼は全く非凡なものであり、朝廷との応酬や御家人の組織化、後の奥州藤原滅亡への策略には彼の面目が躍如しています。
 一方義経については、彼の戦術眼は天才という外なく、その戦術的天才性はおそらく世界史の中でも特筆されるに足る輝きをもっています。しかし、一般に世渡り下手と評されるとおり、頼朝政権における自らの位置の認識、朝廷への対処など、その戦略眼には疑問を抱かざるを得ません。

 足利尊氏は戦術面では目立つ話がありませんが、戦略面では明らかに新田義貞らより優れていたように見受けます。むしろ戦術面では新田義貞は非凡な指揮官であり、楠正成も優れた戦術家でした。新田義貞については、南朝崩壊後に北陸経略に目を付けて再起を図った点は特筆すべき戦略眼でしたが、ほぼ北陸王国完成に目途が立ちつつあった時点で命を落としたのは残念なことでした。長らえていれば、おもしろい歴史展開がみれたかもしれません。

 徳川家康は戦略に関しては巨人の域にあるように見えます。しかし戦術指揮官としては拙劣の点が見え隠れしています。現に、案外知られていませんが、彼には単独で戦った勝利というものがほとんどありません。逆に単独では敗北を続けていたという見方もできます。最も有名な関ヶ原の戦いにしても、敵陣営への工作による寝返りが決定的でしたが、それこそ戦略作戦といえますね。
 明治期に教官として招かれたドイツ陸軍将校らが、合戦絵巻を見ただけで西軍の勝利を明言し、史実を聞いて「そんなはずはない」と容易に信じず、小早川の寝返りを聞いてその陣の位置から「それならばわかる」と言ったというのは有名な話です。

 織田信長という人は、戦術指揮官としても戦略指揮官としても天才の名を与えずにはおけないひとです。単に日本人の身内贔屓というわけでなくとも、おそらく世界史上においてすら彼に優る人間というものはいないのではとまで思わされます。この偉大な先人については、本誌の性格上、今後たびたび例をひきますのでここでは多くを紹介しませんが、戦略面で有名な施策にも兵農分離、軍団制、本拠地の移動、楽市楽座、幹線道路の整備、茶道の普及、、、などきりがないですが、軍団制などは世界では米陸軍が採用するに至るまで他に例がないと言われます。

 ここでは、戦略と戦術の属いをイメージでとらえておいてください。そしてこのことを忘れないで下さい。

> 「戦略の失敗は戦術では補えない(補い難い)」



2 戦略の要素

 戦略計画のステップを大まかにあげると、例えば次のようなものがあります。

・ 理念の設定
・ 目的と目標の設定
・ 状況認識、分析
・ 戦法策定
・ 状況形成
・ 戦術部隊運用

・ 組織構成
・ 部隊装備・補給
・ 教育訓練等

 次回以降しばらくは、これらの各要・を順に研究していまいりましょう。
 一言で書いていますが、各項目は内にさまざまな要素を含んでいます。例えば状況認識や分析には情報活動が不可揃ですし、戦法策定に至っては言わずもがな、状況形成は戦略の核心のひとつですし、組織論もそれ自体がひとつの書物となり得るでしょう。


※ 今回例としてお話しした内容については、諸説あるものであり、私個人の考え方の域を出るものではありません。あくまで話のご理解をたすけるための一例としてお考え下さい。

□Samurai Magazine
□http://www.aurora.dti.ne.jp/~rainy

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(http://premium.mag2.com/ )

posted by Shu UETA at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦略戦術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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