2004年10月16日

歩法 個人的経過

 昨日の記事で、少し見解を述べたが、歩法に関する個人的な現時点までの試行錯誤経過をまとめてみることにした。


 僕自身の歩法に関するこれまでの取り組みは、大きく3段階に分かれる。

 そもそもは、歩法というよりは、身体遣いを変えた際の内観的変化を感じるために、そのモデルトライアルとして、両足を平行に立ち、歩くことの習慣づけをしてみたのが始まり。(これが第一段階)

 この頃、2000年頃は、身体の一部の使い方、あるいはフォームを変えた時に、それで生じる身体感覚の変化を内観、自覚する訓練をしていた頃で、その練習台のひとつとして、足の角度を使ってみることにしたもの。(いじっても悪影響が少なそうだったので)

 足の角度というのは、言わゆる内股、がに股ということについて。当時の僕は、極端ながに股ではなく、まあ普通の逆ハの字(自分から見て)が、立つ、歩く際の通常だった。
 これを、両足を平行にして立つ、歩くということを、しばらくかけて意図的に刷り込み、そしてそれにより生じる変化を意識する。
 着意していたのは、ただとにかく平行にということと、その際、股関節からの重心軸を意識して、両足間の幅をそれに合うものに保つことだった。

 ちょうど恵比寿に住んでいた頃で、恵比寿駅まで、あるいは駅からの約10分ほどを、特にこれの挑戦時間に充てて、完全に刷り込むのに確か2週間ちょっとかけたように思う。途中坂もあり、ちょうどよいコースだった。

 そうしてみると、思いの外の成果があって、感動した。思うに、武術の稽古歴で最も印象的な経験のひとつだった。
 身体内部の感覚の変化が、想像以上に明確に感じられて、当時テーマだった「変化を感じる」ということが完璧に意識できた。

 多分に内面的な感覚であって、文字に記すのは難しいが、大きくは、股関節と、膝の締まりに感覚変化があり、かつ重心線が明瞭になった。また、歩く際に地面を蹴らないということがより意識しやすくなったこと、そして、長時間立っている場合などに疲れにくくなった。
 結局、こうした変化は、たまたま結果的に良い方向への変化であったので、以来、そのまま今日までこれを採用している。

 しかし、あくまでも、こうした変化そのものより、「変化を感じること」という目標が達成できたという点で、意味があった。

 これは僕が稽古を進めていく上での重要な手法となっている。
 それは、まず身体のある部分もしくは全体の動かし方、「型」の「仮説」を立てる。そして、いったんその仮説「型」を自分に刷り込む、そしてそれによる変化を感じ取って、検証し、良ければ採用、そうでなければ排除する。採用しても、必要な修正をしてまた仮説を立てる。いわば、自分へのインストールとアンインストールを行う。
 これを繰り返して、求める「型」を突き詰めていくのだが、この際に必要なのが、「刷り込む能力(及びきれいにまた削除し得る能力」と「変化を感じ取る能力」である。
 ちょうと2000年の秋から冬、こうした手法による稽古を構想して、そのために必要な上記の能力を身につける練習をしていたわけだ。
 (ちなみに、この手法は、武術稽古のみならず、研究活動においても仕事においても僕が重視している手法である。やはり、変化を感じ取る能力、微分的感覚が重要だと思う。)

 それが結果的に、歩法に取り組むきっかけともなった。

 しばらくは、特に大きな画期をもたず、足を平行にしたのをそのまま採用しつつ、「地を蹴らない」ということを意識に置いてはいたが、特に成果には至らなかった。

 次の画期は、昨日の記事で言及した「ナンバ的」ということに取り組みだしたことだった。これが2001年の春先だったか…
 きっかけは、ネット上で小田伸午氏の「常足(なみあし)」のHPを見つけたことだった。(現在は常足秘宝館というHPになっている。)

 それまでも、ナンバ的身体操法には興味があったが、なかなか身体でイメージがつかめず、この「常足」というものの説明に出会って初めて、糸口がつかめた。
 当時は、小田氏らもまださまざまに試行されているところと見え、現在ほど詳細が明らかにされてはいなかったが、肩胛骨の動きに関する言及で、視界が晴れた。

 武術に対する僕の唯っ一の素質 ^^;) として、先天的(と思われる)に肩胛骨周りから肩周りが非常に柔らかく(肩凝りも経験したことがない^^;)、この部分の意識は非常に濃いため、肩胛骨からのアプローチは大きな光明となった。

 その後、先の記事に書いたように、軸足側の肩胛骨の落としのイメージから、徐々に進め、手応えを感じつつ、次に、腸腰筋で足を吊り下げるイメージ、さらに腸腰筋で上半身と脚部を引き寄せる感覚を得て、自分としての「ナンバ的」の完成(現時点での)を得た。(これが第二段階)

 腸腰筋で吊るという感覚については、高岡英夫氏がサッカーの前園選手に指導している内容の一部が参考になった。
 それは、仰向きに寝た状態で、片足ずつ、足に一切力を入れずに、腸腰筋だけで大腿骨を引き寄せる練習である。
 そもそもこれは歩法とは別に並行して行っていた他の目的に資するものだったのだが、たまたまこれが活用できることに気づいた。

 さらに、動物が疾駆している際の、前足と後ろ足の引きつけ具合を眺めていたとき(もちろんTVで。サバンナでではない ^^;)、身体中央の筋肉での、上半身と脚部の引きつけということに思いつき、これを取り入れてみたところ、これがよい具合。
 (余談だが、動物特にネコ科、イヌ科を見るのは非常に参考になる。いっときは、レンタル店で借りてきては見入ったものだが、その柔らかい柔らかい身体の遣い方はもちろん、剣の操作における肩胛骨の回転や、高岡氏の提唱する「甲腕一致」のイメージアップに最適だ。また、いまベランダのMy池にいるメダカの動きも、インスピレーションになる)

 結果として、今僕がやっている「ナンバ的」歩法が、そもそものこの「常足」と同一であるとは限らないが、しかし大きなヒントになった。前述した現在のページはさらに詳細な内容となっているので、「ナンバ的」歩法に興味のある人は、ぜひ参照されればと思う。(常足秘宝館

 この第二段階を刷り込むにはかなりの時間を要した。意識してやることには、概ね1ヶ月ほどで形になってきたが(この時点でまず検証、微修正し採用決定)、完全に無意識下にまで浸透させるのには半年以上を要した。毎日職場の廊下でひたすらやったものだ…人が来たら普通に戻しながら ^^;)
 職場には職場の、正規の姿勢なり動作というものがあったため、混乱しがちで、自由自在に使い分けるには時間もかかった。

 また、この時期は週に3〜4日は5km走+1時間泳をやっていたが、走行にも水泳にも、変化があった。この時点では、「ナンバ的」よりも、腸腰筋の意識が影響したものと思われる。

 さて、こうして第二段階まで来たが、相変わらず、「地を蹴らない」ということが、どうしても手応えを得ず、大きな問題として残っていた。

 そして、2002年の秋、高岡氏の「究極の身体」という本に出会って、歩法に関する最大の、そして現在まででは最後の、大きな光明を見た。
 この本は、氏の考える身体運用の究極的理想像について説かれたもので、武術者に限らず、スポーツあるいは音楽その他あらゆる人にとって素晴らしい本だと思うのだが、通常の出版系統でないため、Amazonをはじめどこで検索しても、ISBN自体存在しないことになっている。(書店にはあるが、取扱書店のみの可能性も。ジュンク堂は取扱書店)
 よって、興味のある向きのため、ここに諸元を記しておくと、
 「究極の身体」高岡英夫著 運動科学総合研究所刊 ¥2800

 この本で得たその光明とは、重心操作による移動という概念である。
 骨で身体を使う、余分な筋入力を排除する(この点もいずれ記事にしてみたいが、今回は別の話ということで)ことを念頭にすると、まず立つ際には、足の骨の真下に重心が落ちているべきである(骨で立つ)。具体的には、これはちょうどくるぶしの内側の真下ということになる。
 ここに重心を落とした状態で、支持点をつま先にしてみればどうなるか。支持点をつま先にというのがわかりにくければ、クイッとつま先で地面を押すようにしてみる、ただしあくまで重心はくるぶし内側の下のままで。
 すると、すごい勢いで、後ろに倒れそうになるはずだ。慣れてくれば、本当にすごい勢いで、後方への力が働く。
 つま先のほうが、支点(くるぶし内側下)から作用点(つま先)までの距離が長いためわかりやすいが、同じことが、逆側にもあてはまる。
 つまり、今度は、くるぶし内側真下に重心を落とした、かつリラックスした状態で、つま先でやったようなことを今後は踵でやってみる。
 すると、前に倒れる力が働く。
 こちらは、すぐには感じることができない人もいるかもしれない。全身の脱力もできていないといけないし、何より、つま先にくらべ、支点から作用点の距離が短いため、難しい。

 しかし、この作用を使えば、ほとんど筋力を使うことなく前進することができる。これは本っ当に感動的だった。あの日が忘れられない。何度もキッチンを歩いたものだ ^^;)

 こうして、これを完全に身につけるのに数ヶ月をかけた。
 これと、前段階の「ナンバ的」を合わせることで、自分として現時点では理想的ととらえている歩法が完成した。
 この組み合わせには、つい最近までかかったが。

 この前進法は最も時間がかかったが、これを身につけると、わかりやすい面白い変化がひとつある。
 それは、草履やサンダルで歩いていても、例のペタンペタンと足の裏とサンダルが当たる音が全くしなくなる(あたっていないから)。
 また、雨の日にどんなに速く歩こうと、水たまりを歩こうと、ズボンへの水はねが全くない。これはちょっとした感動だ。昔の物語などに武士を見るとき、袴の後ろに水がはねる者は、たいした腕前ではないということがよく言われていたが、その理屈がはじめてわかった。

 ちなみに、剣道界(剣術界ではない)でも長く謎とされていたことだが、宮本武蔵は五輪書で、「踵で歩く」ということを述べている。これも、こうしたメカニズムではないのだろうか…

 もうひとつ、信じられないかもしれないが、1年もすると、踵が大きくなってきたことに気づいた。大きくなったのか、後ろに飛び出してきたのか…わからないが、後ろへの踵の出っ張りが明らかに顕著になった。
 事前事後の写真を撮っておくべきだったと悔やまれるが、もし、これから挑戦する人はぜひ写真を撮っておくことをお薦めしたい。 ^^;)


 これが、歩法に関する個人的な経過である。
 現在は、細部の微修正のほか、実際の剣術の動きの中でシステム化することに取り組んでいる。



posted by Shu UETA at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 武術/身体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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