2004年10月03日

イチロー選手最多安打記録達成!

 さすが、というか とうとう金字塔をうち立てた。

 パリーグファンであることもあって、彼のことはオリックス入団間もない頃から見ていたが(ロッテもよく打たれた あの頃はホームランも ^^;)、ついにここまでのことをやってのけるとは、感慨一入。

 当時から、敵チームながら、尊敬し、さまざまに学ばされた数少ないスポーツ選手の一人だった。

 彼を、見習いたいと思ってきたことは、多い。

 ・ 自分の頭で徹底的に考える姿勢
 ・ 内なる声、身体との対話
 ・ 自己観測、評定能力
 ・ 自己管理の意志
 ・ 結果よりプロセスの完成度を目指す意識
 ・ 静の時間をもつこと ・・・

 また、身体の使いかたでは、その柔らかい使いかた。
 筋肉の意識より、骨の意識で体を使ってる。
 中でも、肩胛骨まわりの使い方には溜息がでる。

 彼に限らず、たとえばロッテの誇った落合選手(当時)も村田兆治投手も、そしてもちろんスポーツに限らずどんな分野においても、一流を極める人というのは、「考える」という力が凄い。
 それも、世間のものさしを安易に使うのではなく、文字通り自分の頭で考えること。
 手本を持つというよりは、自分の頭で問題意識をもち、分析を行い、解法をさまざまに試行して、そして導き出された仮説や結論が一般の常識に反していても意に介さない。
 落合監督などは選手時代から、半ば揶揄も込めて「オレ流」(今は「オレ竜」? ^^)と評されたが、ある意味まさにそれだ。
  そして、考え得た仮説を試行し、観測し、修正し、また考える。
 われわれは、ものごとを考えているようでも、単に世間にあるモノサシやツールを使って、一般的な断片をつなぎ合わせているだけということが多い。知らず知らず、こうした思考の怠惰に陥っているということは多いもの。

 こうして考える間には、自分の内なる声を聞く力、また自分の身体の声を聞く力、これらと対話する力が必要だと思う。
 力といっても、これはそうした習慣を持つことで身に付くもので、要はそうした習慣を持つか持たないかの違いだろう。
 内なる声を聞き分けるのは慣れないと難しい。それが真に自分の考え、感触から来たものなのか、あるいはどこかで聞いた話なのか、あるいはそれが直観なのか、それとも雑念的なものなのか。
 個人的には直観を磨くことに力を入れているが、いちばん難しいのが、それが直観なのかどうかの見極めだ。脳がものを考える速度は速いので、時によっては、それが常識的な思考の結果なのか直観的なものなのかの区別が非常に難しい。(直観もある種の高速演算の結果であり得るということは措いておいて)
 また、身体との対話ということも、習慣だろうと思う。武術においてもそうだが、身体の各部の微細な感覚を意識するということは、そうしたことを続ければ続けるほど、どんどん感覚が研ぎ澄まされ、解像度がよくなっていく。スピードスケートの清水選手などは、太股の筋肉の各繊維束単位で意識できるという。

 そうした自己の内面、自己の身体との対話は、自己観測能力というか自己評定能力というものにつながっていく。
 自分で自分の動きを観測する、自分の状態を評定するという能力は、イチロー選手の話を聞いていていつも非常に考えさせられることだ。
 自分の設定したチェックポイントからフォームがどれくらいずれているかを常に明瞭に認識して、修正する。また、バッティング動作の終了後、明確にそれを頭の中で再生でき、スロー再生もコマ送りもして確認できるという。
 これは身体についてだけでなく、よりメンタルな状態に関しても、それを評定する習慣を持つことは大きな意味がある。たとえば、高岡英夫氏は、集中力、冷静さ、熱意やテンションについて、自分の現在の状態を10段階評価することを薦めている。慣れないうちは難しいが、慣れてくると、常に自分の状態を認識することがきるようになり、かつ、認識できるということは制御もできるということだ、と氏は言うが、まさに至言だと思う。(この言に触れたのは最近のことで、以来心掛けている最中だ。)この話を聞いてすぐに思い浮かんだのもイチロー選手だった。常に自分の状態を正確に認識し、理想とのギャップを厳密に測定し、修正する能力、彼はこれにこだわり続けていたから。
 こうしたことは、スポーツ競技や武術に限らず、仕事におけるパフォーマンスの維持にも大いに有意義だと思う。

 イチロー選手については、さらに、これらを通じて得た結論に従っての自己管理の意志が素晴らしいと思う。
 必要と判断した事項については、これを徹底的に実行する。
 (自分に最も欠けているのがこれだ ^^;)

 また、姿勢として好きなのは、結果というよりもプロセスの完成度に集中するという姿勢だ。ヒットになったかどうかより、その間のフォームの評価にこそ注意を払っていると熱弁していた。
 さらに、練習や試合の後、黙々と、静かに、丁寧に用具の手入れをしている姿が好きだ。あの時間は、彼にとって非常に重要な時間だという。

 しかし、人間というのは何を見ても、結局は自分のフィルターを通してしか対象をとらえることができない。
 イチロー選手を見ても、それぞれの人がそれぞれにその姿をとらえるのだろうと思うし、あるいは僕の見方も僕の勝手な憶測が多分に含まれるのだろうと思うが、しかしそれでいいのだ、と思っている、自分の成長の役にさえ立てば、と。^^)
 そして、今回も彼の偉業の報に接して、あらためて彼から学んだ(学ぼうとしている)ことについて思いを新たにした次第。

 そして願わくば、誰のフィルターを通してであれ、彼のように、人々になにがしかの向上心とヒントを与え得るような人間になりたいものだと思う、いつの日か。
cover


posted by Shu UETA at 16:01| Comment(2) | TrackBack(1) | 武士道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初コメント

微妙なTB送りました。
消してもらってもかまいませんよ(^_^;
Posted by Muse at 2004年10月05日 12:21
> Muse

 状況了解っ
 一応T/B再送するよ ^^)
Posted by Shu at 2004年10月05日 12:58
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Tracked: 2004-10-05 12:20
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