2005年09月09日

(読書) 「SYNC」


 かねて僕は、今後の世界観を変革し得る今世紀科学の大テーマは、量子理論、同期理論、複雑系理論、ネットワーク理論であると考え、それぞれについて門外漢ながらそれらの動向に格別の注意を払っている。
 例えばゲノム関連であるとか脳生理学であるとか、あるいは情報通信等が大なるテーマでないということではなく、それは一つの領域としての重要領域ということであって、上記に掲げたようなテーマは、全くもって学際的であり(必要な努力においても期待される成果においても)、それどころか自然科学の範疇を越えて、社会科学、社会そのもののあり方にまで影響を与え得るという意味で格別である。(ゲノムの探求にせよ脳生理にせよITにせよそれら自体、この4つの成果を受けずして今後の進展はたいして望めまい。)

スティーヴン・ストロガッツ
発売日:2005/03/29
あまなつ

 つい先ほど読了した本は、こうした観点で実に良い本であったので、紹介してみようと思う。
 「SYNC〜なぜ自然はシンクロしたがるのか」(左)は、そのタイトルの通り、「同期(同調)」ということをテーマにしている。同期関連の一般書というのはこれまでなかなか良いものがなかった(ように思う)のだが、これは同期についての科学の歩みと今日の動向について良いまとめ本的になっていると同時に、複雑系と複雑ネットワークについても大いに言及されいてる(同期というテーマから当然ではあるが ^^;)。
 この方面に多少なりとも興味のある人であれば、ストロガッツという著者名を見ただけで、こうしたことは十分想像できるだろう。^^)


 「同期」という言葉自体は何ら難解なものではなく、誰であれ容易にイメージできるだろうけれど、この世界でそれがいかに重要な原理であるかということはなかなか一般的には認識されていないと思う。
 同期する、同期させるという言葉の通り、簡単に言ってしまえば、複数のモノがその振る舞いを同調させることであり、リズムを合わせるというイメージになるが、ただしリズムという言葉は多少の語弊も伴うかもしれない。

 本書でも繰り返し例示されるとおり、蛍の発光の自然同期やコオロギの鳴き声の同期から、人間の脳のニューロン・ネットワーク、工学技術であればレーザー技術、通信素子配列、社会であれば交通動態、ネットワーク、そして果ては惑星の運行まで、自律的同期・同調原理の作用と無縁のものはない。
 まさに、同期とは「森羅万象にあまねく見られる駆動力」なのだ。

 この本では、そうした同期現象について、これまでの科学の成果の道筋をたどりながら、今日の動向、現在抱えている問題までが、非常にうまくまとめられている。
 (これまでの成果と現在の問題という言い方をしたが、事実上、この分野ではまだまだごく端緒に手が届いたに過ぎない状態だが)

 ただし、本書は一般書という位置づけからか、数式等は文字通り一切用いられず、すべてイメージ的表現の記述に止められている(そのイメージ的表現力は素晴らしいが)ため、あえて言えばいわゆる理系的素養の十分ある人にとっては、物足りない面があるかもしれない。
 一方で、かと言って、そうしたイメージ自体がある程度の理科的素養を前提にしなければ多少わかりづらいかもしれない面もあり、真に理科的知識に乏しいという人は投げ出してしまう可能性もないことはない。
 ゆえになかなか気軽に強くお薦めし難い本ではある。^^;)

 しかしそうした前提でなお僕がこの本を薦めたい相手というのは、社会学分野で活躍しているような人たちだ。
 なぜならば、「同期原理」という概念は、およそ人間の行為を対象とするあらゆる営み、思索に大いに示唆を与え得るだろうからだ。
 ただし、物理、化学、生物に関する常識的知識は無いと効果半減かもしれない。数学については全くダメでも大筋で問題はないと思われる。
(理系分野の研究者にはもちろん易し過ぎるのでむしろ専門書がお薦め。数式で示されないことに苛立つだろう ^^;)

 僕個人の場合は、やはりこれも、政治システム及び経済システムを考えるうえで大きなヒントとなるうえ、さらに人間のネットワークというものに対してもある種の洞察の糸口となるような手応えを感じる。

 他にも、例えば宣伝広告に携わる人や、まして中でも近頃話題の「くちコミ」プロモーション的な分野、あるいはタイムリーな話題でいえば選挙戦や後援会組織・支持者グループの拡大、経営分野でいえば組織デザインや管理手法、他にも交通渋滞緩和、株式市場心理、、等々いくらでも新しい洞察につながり得る分野はある。
 (恋愛にだって応用可能かもなんて思わされるが ^^;)


 さて、ちなみに、この本では全体の中の一部として紹介されている「スモール・ワールド理論」も、こうした意味で実にさまざまな分野に示唆を与え得る。(多くの人は、ストロガッツといえば、ワッツとの「スモール・ワールド理論」を思い出すはずだ)
 (以前ここで紹介した外務省の近藤誠一氏も「文化外交最前線」で触れておられた)

 ストロガッツは次のように書いている。

  1998年に私は、かつての教え子のダンカン・ワッツと共同で、こうした視点から行なった複雑なネットワーク内の各ノードが---それがニューロンであれコンピュータであれ、ヒトであれ発電所であれ---媒介者の短い連鎖によって結ばれているという事実だった。言い換えれば、このいわゆる「小さな世界(スモール・ワールド)」という構造は、現代人の社会生活に見られる興味深い側面というにとどまらない、深い意味を持っている。つまりそれは、天然自然のもの技術文化の産物を問わない、広範な種類のネットワークを一つにまとめる特徴なのだ。この論文が出て以降、われわれのみならず多くの科学者によって、伝染病の蔓延、インターネットが示す驚異の回復力、生態系の多様性などといった無数の現象が、この「小さな世界(スモール・ワールド)」という観点から探求されることになった。
 (中略)
 シミュレーションから得られた最も重要な成果は、再配線が進行していた中間段階のかなり広範な部分において、このネットワーク・モデルがクラスター化の高いレベルとスケールの小ささを同時に示したという事実だろう。こうした特異な組み合わせは、数学にとっても目新しい現象だった。従来のネットワークでは、その規模とクラスター化レベルの変化は、手に手を取って進むのが普通である。ランダムなネットワークは規模が小さく、クラスター化もほとんどみられない。一方、秩序立ったネットワークは、規模が大きく、かつ高度にクラスター化されている。しかし、再配線されたネットワークは、小規模でありながら、高度にクラスター化されたものでありえたのだ。
 われわれは、一見矛盾する二つの特性を備えたこのネットワークに、「『小さな世界(スモール・ワールド)』ネットワーク」と名づけたが、それは、人と人との結びつきがはらむひどく逆説的な二重性に敬意を払ってのことだった。われわれは、小さくて狭い集団をなして生きながら、実に短い鎖で膨大な数の人々と結び合わされてもいるのである。



 「クラスター」とは一般的に使用される通りの意味合いだが、つまり、親密度の高い小集団のようなものだ。ネットワーク上においては、こうしたクラスターが多数存在すると同時に、クラスターの成員がクラスターを越えた(イメージ的に遠方の)クラスター成員とリンクする(ハブ的に)ことで、劇的にネットワーク上の各成員間の距離を短縮する、これがここで言う「規模」が小さくなるということだ。
 こうした「規模」(距離)の縮小によって、知り合いをたどれば6人で世界中の誰にでもたどり着き得る、ということが起こってくる。


 これは本書で述べられていることではないが、
 こうした、他の成員とのリンクを多くもつような「ハブ」的な存在というものが(自律的に)現れてくるわけだが、今日しきりに言われるフラット型組織(民主的などという表現もあるがそれは粗雑に過ぎる認識だろう)、自律的成員による複雑系的組織というものにおいても、実はやはり結果的に(自律的に)指導的(統制的)役割を果たす成員もしくは部分というものは現れてくるのであって、真のフラット組織などというものはあり得ない、もしくは無理に存在させたとしてもきわめて合理性を欠くことになるはずだ。
 この辺りは、僕にとって、組織デザイン上の思索においても、政治的な民意の構成ということについても一つの大きな足がかりとなり得る気がしている。

 ちなみに、これは、例えば軍事的には今日進むRMA化(米軍流にはトランスフォーメイション)が目指す新しい組織形態においても、ハブへの着目というひとつの示唆を生む。
 インターネットがそもそも米軍のアーパネットとして研究されていた頃以来、ネットワーク的組織(部隊)というのは、部分が失われることによる全体への影響を限りなく小さくするという抗堪性のメリットをも求めてきたが、やはり弱点を無くすということはできない。指揮統制戦は不滅だ ^^;)
 そしてこれは軍による軍部隊の攻撃ではなく、国家各機能に対する攻撃において、今後ますます重要な視点となるだろう。
 (軍事的な話をするならば、それらのことよりも情報戦分野においてこそ、まさに今後のスモール・ワールド理論の成果を徹底的に吸収しなければならないだろう)

 一方で、そうした選択意図を有さない災害被害のようなものに対しては、非常に強い構造となる。

 逆に伝染病のようなものに対しては、その伝搬ネットワークの「ハブ」をいかに見極め、そこを破壊もしくはせき止めるかということが重要になるはずだ。(これもやはり情報戦においても重要な点だ)

 こうしたスモール・ワールド原理は人間の体内生理においても観察することができるが、ハブ機能細胞を選択的に攻撃するようなウィルスが現れでもすれば(そして僕はいずれそういうことはあり得ると思うのだが)人間と医学にとって非常に手強い敵となるだろう。


 再度「同期」という話にもどれば、僕は、人間と人間の同期ということに非常に関心がある。
 量子物理学の分野において、例えばゼロ・ポイント・フィールドというものが仮定されているが、そうしたスペースを介しての人間と人間の間の目に見えない(従来の科学では科学的とされない ^^;) 通信性、相関性ということを考える際にも、その伝達的原理の先では、今度は「同期」理論の話になるだろう。
 本書でも簡単に紹介されているカオス暗号を用いた通信技術等の可能性は、人間の脳についても何がしかのアナロジーを感じさせる(僕だけかもしれないが ^^;)。


 同期という現象そのものについて詳細な例示をせずに本書を紹介してきたが、そしてそれ故になかなかピンとさせることができていないだろうので申し訳ないが ^^;)、しかしこれを必要としている人であれば、これだけでも十分に直感が起動しているはずだ。(そうでなければ、逆に読む必要はないのだろう)。
 理系分野の人であれば何を今さらということだろうと思うが、文系的分野の人には意外に知られていない研究領域でもあるので、念のため、後者の人々の中に何かピンと引かれるところのある人がいるかも、と紹介しておくことにした。

 ちなみに、スモール・ワールド理論については、よりきっちりと数式で解説され、複雑ネットワーク論の良いまとめ本として、「複雑ネットワークの科学」がお薦めだ。専門でなくとも、微分方程式が分かれば、少なくとも中心的部分は十分何とかなる。^^)


 最後に余談だが、
 やはり本書にも数多くの科学の英雄たちが登場する。
 そして、この世界のあらゆる事象を説明しようとする数学というツールの素晴らしさを痛感する。

 こうした読み物を(もっとわかりやすくするとしても)高校生くらいまでの間にもっと読む機会があれば、科学分野に大きなロマンを持って臨もうとする学生たちももっと増えるのではないだろうか。研究の現場とはすべてプロジェクトXのようなものだ。
 小中高の学校教育では、理科科目のカリキュラムの中に、そうした科学者たちや偉大な研究をテーマとしたエピソード的な読み物を取り入れたらよいのではないかと僕は近頃考える。理科で読み物なんて、それは国語じゃないか、などと窮屈なことを言わずに。
 無味乾燥は子供の敵だ ^^)
posted by Shu UETA at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 思索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どうも、こんばんは。読んでみたいと思います。
僕はこういう理系っぽい本に苦手意識があるせいか、なかなか縁ができないので、Shuさんがこういった本を紹介して下さってたいへん助かります。
といってもこれを機会にと読み始めてみても、やはり慣れていないせいかなかなか読み進まないのが困りものですが^^; それではまた。
Posted by 暁@ピンと引かれた人 at 2005年09月10日 04:35
> 暁くん

 そうだね… 君には読ませるべきかも ^^;)

 例のゼロポイント・フィールド以上に読み進まない恐れもなきにしもあらずだけれど、しかし、あれと違ってダイレクトに社会科学に結びつけやすいから、「何かヒントにならないか」と油断無く目をさらにして読めば案外熱中できるかも。

 現に、記事にもちょっと書いたワッツという人は、スモール・ワールド理論の提唱者にして権威だけれど、ストロガッツの直弟子だった(応用数学)のが、スモール・ワールドをきっかけにその後は社会科学に転身して、今は社会学教授になってるくらいだし。

 近々東京に下る予定もあるし、何なら本は僕が貸そう。^^)
Posted by Shu at 2005年09月10日 08:31
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