2004年09月19日

「天の道人の道」ノート(1)

 好きな哲学者(倫理学者)に、西晋一郎博士がある。
 西博士は、明治六年の生まれ、昭和十八年他界、
 当時を代表する哲学者で、京都大学の西田幾多郎氏と並び
 「東に西田あり、西に西あり」と世間にいわれたときく。
 (西博士は、広島に在職)

 しかしながら、西田氏と異なり、今日あまり西先生はあまり一般に知られていない気がする…
 理由のひとつは、その倫理学面での思想が、「忠孝」などといった、今日の人が封建的だとか右だとか即断してしまう内容が多いからだと思う。^^;)

 この春先に、「天の道人の道」という著作を読んだ際に書き抜いたサブノート的なものを紹介したいと思う。
 (この著作自体は、絶版。私は古書店で入手した昭和12年に目黒書店から発行されたものを持っている。)

 現在では、絶版でない著作は無いように思う。私は古書店で4冊ほど入手した。

 現在入手可能なものとしては、氏の語録として、「人倫の道 〜西晋一郎語録」がある。



 以下、仮名遣いは現代仮名に改め、旧字は当用漢字に改める等している。

 
  •  誠は天の道であり(絶対的創造=真)
  •  之を誠にするは人の道である(真を実にする)
    •  菜穀牛馬は人間業ではなく天然自然の産、播種耕耘飼養牧畜、改良は人間の工夫努力
    •  水の流れは天然自然、堤築き氾濫防ぎ溝梁開いて潅漑に便する、上下水道、水力電気に至るまで人間の智巧と努力
    •  人体生理は天の道、衛生の術、強壮健康を保つは人の道


  •  天の道とは絶対的創造
  •  人為では第二の創造を為し能うのみ、堤を築いて河流を東向きにするも、池を穿って貯水するも、皆、水の天性に順ってのこと。
  •  人間は万物の霊であって、天地の化育にも参加するというは、人はよく天を知りよく天に従うからである。
  •  天の道に対しての人の道
  •  天の道(「真」)、人の道(「真」を「実」にする)
    •  米の種からは米のみが出るは真であるが、之をただ穀倉に蔵めておけば、いつまでたっても稲となり実ることはない。
       米の種からは米のみが出て決して麦が出て来ない所の真理が、しかし実となるには播種耕耘其の時を得、其の宜しきに適する人力をまたねばならぬ。
    •  自然に委すれば少しく実るであったろうに、開墾と工夫と勉強とによって巨万の増収をなすことが出来る。
       一粒の種の中に百千万石の実るべき真は具足して居るが、其の実となるには人力をまつ。


  •  真を実にする人の道は「知」から始まる。天の道を知らねば、其に順って之を実にすることは出来ない。
  •  しかし、この「知」がまた天の道である。
  •  一念の微も人間業で拵えることは出来ぬ。一念は己の中に起こりはするが、己が造るのではない。
    •  一念の起こりは知る事が出来ぬ。出来ぬから却って自分が起こしたように思う。実は、起こり了わってから其を知るのであって、起こる以前に己が居て起こすのではない。
    •  感覚、知覚、衝動、欲求は皆天然である。
       只自らにして然るもので、只その通り受け取るまでのものである。

  •  思慮分別から人間業というべきものが始まる。
  •  観念(天造) → 心界の十字街頭(意志) → 思慮分別(人造)
  •  自然に起こる知覚感念が此所(十字街頭)で一応其の自然的継起連続から開放せられて、たとへば西から来たものも東から来たものも此所で合わせられて北へ向けられ、あるいは解かれて一は北、一は南に向けられるごとくに知覚観念の分解と結合が起こって思慮分別が生ずる。
     人畜の別は先ず此所から起こる。畜生は只衝動的にのみ、即ち知覚の自然的継起のままに動く。
     此所に人の道が始まるのであるが、同時に偽や誤も始まる。

  •  思慮分別(知)… 内容に属し、天意を知らんとするもの
  •  意志(行)… 形式を指し、知れる所を実にせんとするもの
    •  只の知的は実現力と言い難いから、意志的と相またねばならぬ
    •  知に導かれると言うものの、努力しなければ人の業は成らぬし、且つ、知らんとの努力そのもの即ち思索が知に至る道であるから、知行ともに人の道といえる。

  •  思慮分別の深浅と意志努力の強弱の程度さまざま … 十字街頭多様

  •  人の道は思索を正しくして照明を得、意志力を奮って其の知る所を実にするにある。
     これ、天の道の中にありながら人の道を行うのである。
  •  心身自然の真を知って、これを啓発誘導する道を講じ、材を達し徳を成すのが人の道である。

  •  思えば得、思わざれば得ず、操れば存し、放てば亡び、勤むれば成り、怠れば廃れる所に人の道が見える。

  •  人為は天業の中になければならぬから、これを天人合一という。
  •  勤勉は人にあるが、天である誠を寸毫も離れては、為すほど害することであり、積むほど危うくするのであり、夢に夢を重ねる類たるを免れぬ。
     十字街頭に四通八達する所以であるが、また迷路の生ずる所である。


(続く)





posted by Shu UETA at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 武士道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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