2005年08月26日

少子化対策の家庭助成について


 朝日新聞(asahi.com)が、各政党の子育て支援策というものを比較していた。
 総選挙、子育て支援で各党競う 児童手当に家庭省まで
 それぞれ個々にはこれまで報道されていているところで新しいものではないが、この記事ではそれらの要点をまとめて並べている。

 ざっと見る限り、朝日記事タイトルの表現に反して、格別選挙の争点となり得るほどの重大差異や論点を含んでいるようではないが、「子育て支援」もちゃんと考えていますよ、という必要条件的な「おさえ」であり戦いの参加資格のようなものだろう。

 で、僕も選挙戦とは全く別に、少し思うところを。
 要点は、(あくまで少子化対策のみに、かつ経済的助成策に仮に限定した場合)
 @専業主婦(夫)優遇が第一
 A一時金よりも子育て期間全般が重要
 B母親の年齢による段階式にマクロ的効果あり


 ちなみに、まず上述の朝日記事にある各党のまとめは次のとおり。

  <各党の主な子育て支援策>

【自民】
・幼児教育を国家戦略として重視。幼児教育の無償化を目指す。
・児童手当や子育て支援税制を検討し、子育て期の経済的負担を軽減。
・希望者すべてが育児休業を取得できるよう、中小企業を重点的に支援。

【公明】
・児童手当の支給対象を06年度から小6まで拡大、所得制限も年収1千万円未満に緩和。
・出産育児一時金を30万円から50万円に拡充。
・育児休業を父親が必ず何日か取得する「父親割り当て制」を導入。

【民主】
・月額1万6000円の「子ども手当」創設。
・出生児1人あたり20万円の「出産時助成金」の創設。
・小児医療の患者負担を義務教育終了年齢まで1割に軽減。
・「子ども家庭省」の設置に着手。

【共産】
・病気の看護や学校行事参加のための「子ども休暇制度」の新設。

【社民】
・18歳未満を対象に「子ども手当」創設。



 以下は僕の考え。
 ただし、常々ここでも書いてきたとおり、少子化傾向というものは単に家庭の経済的問題のみで起こってきているものではなく(むしろ他の要因の方が大きいだろう)、家計経済問題のみに注目する方策検討は、根本的に問題があると僕は考えている。まずこれを強調した上で、今回は特に家計経済的方策のみに限定して、その部分について述べる。

■専業主婦(夫)優遇

 たとえば民主は「子ども家庭省」(ここで「子供」としないところで既にげんなりだが、余談 ^^;) などということを提唱しているが、自民党などについても、やはり家庭の重視ということは常々言っている(もっとも、自民については「社会で育てる」ということを言い出してはいるけれど)。

 しかし、思想だ何だということを措いてごく素直にシンプルに考えれば、一方で「女性は(男女とも)外で働くべき」としてそれを執念と思えるまでに力強く推進しながら、一方で(教育という観点での)「家庭重視」だとか「家庭の機能」などということに憂慮を示すなど、実に矛盾に満ちた話だ。

 前者については、今日、女性の社会進出における障害や不利益を取り除くという目的を大いに超えて、あたかも「全ての女性は社会進出すべき」であるかの方向が目指されつつあり、一部では「専業主婦」が反社会的であるかのような雰囲気も醸成されつつある。

 僕はいつも書くので耳たこだろうけれど ^^;)、
 女性の社会進出なるものは、そうした女性の希望が妨げられるような制度であるとか雰囲気を取り除けばよいのであって、女性全てを家庭から叩き出さねばならないということであってはならないと思う。
 社会でバリバリ活躍したい女性がそうできる道を整備するように、家庭で家族のケア(育児も含む)に専念したい人には、それができるような環境をやはり整備するのでなければ、結局女性には自由な選択が保障されないことになる。

 そして、個人が社会のために自己を過度に犠牲にする必要はないから選択の自由があるのであって、強制はしないけれどもしかし社会全体にとって後者(専業主婦)も非常に有意義で有難い存在であることは間違いないのだ。(個々の子供にとっても)

 たとえば特別控除の廃止など、従来の専業主婦家庭に対する優遇(専業主婦(夫)に対する優遇ではなく専業主婦(夫)「家庭」に対する優遇である点に注意)の廃止といった施策方向は、結果的に「男女はすべて社会で働くべき」という方向へ社会を追い立てていく効果を持つだろう。

 例えば税調は上記について、男女は一人の人間として個々平等なのであって、かつ、専業主婦と勤労主婦の間に不公平があってはならないということを言う。
 しかしこれは、「家庭優遇」と「個人優遇」の混同であって、さきに括弧書きしたとおり、従来の専業主婦に関する税制は、その女性個人を優遇しているのではなく、「家庭」を優遇してきたものだ。

 税制は(望むと望まないとに関わらず)多分に希求する社会像に対する国家の意志を表現しもするものだが、今日の税調のベクトルは、家庭という単位を消滅、少なくとも度外視する(税制上個人はすべて個人としてのみ存在することになる)ことによって、すると結果的に女性も社会で働かざるを得ない方向に社会を後押ししていくことになる。(家計的にもそういう動因が働かざるを得ない)

 主婦(夫)が蔑視され、家計上も苦しく、となれば共稼ぎを選択するのは当然であって、出産育児に対する経済的不安もあれば、出産時期の高齢化が進むことも、であれば出産する子供の数が減るのも自然なことだ。
 また、ただでさえ、あまり素敵ではない例えだが、日中家に人がいないとなると、犬や猫でさえ飼うのに躊躇が生じるものだ。
 (もちろん、これは共稼ぎ家庭が全て経済的理由で共稼ぎを選んでいると言っているのではない。)

 そこで、やはり(仮に少子化ということに限れば)社会(国家)は、「家庭」を後押しすべき、つまり専業主婦(夫)家庭を優遇してやるべきなのだろうと僕は思う。
 独身者が、結婚すればドカンと手取りが増える、そうであれば結婚にも踏切りやすいというものだ。
 これはむろん働く女性を冷遇するということではない。社会で夢、あるいは野望をもって活躍したい女性には大いに門を開き道を整備すればいいのだ。そうでない人を無理に叩き出す必要がどこにあるのか、と僕は言っている。

■一時金よりも子育て期間全般

 また、出産にともなう一時金等の支給は、どんどん拡大傾向を見せていて、なかなか考慮に足る額にもなってきているが、しかしやはり夫婦の心理的懸念に大きいのは、出産時の話ではなく、その後の養育期間全般に関するものだろう。
 産むお金がないからやめておこう、などというのは家庭というより若い未婚カップルの「できちゃった」の話だろう、あったとしても。^^;) 夫婦が気にするのは、ちゃんと育てていけるか、という将来にわたる懸念だろう。

 であるから、やはり熟考すべきは、子育て期間全般における安心感の提供だろう。

 さらに、ここでは単に額の問題のみではなく、多分に心理的効果というものも計算されるべきだろう。
 たとえば心理効果ではやはり戦略/戦術に言う「兵力逐次投入の愚」と同じことが言えるだろう(少額ずつ上げていくと効果はなく、同じゴールなら一気に上げたほうが効果が大きい)が、これはあくまで一例、要は、単に算盤の話だけではなく人間心理上の効果ということを考える必要があるということ。

 こうしたことを踏まえて、たとえば、養育費の支給という「プラス論」だけではなく、税の控除といった「マイナス論」も検討してみるとよいのではないかと僕は考えている。
 税制における国家意志の表明という面においたとて、子供を産み育てている家庭を税が優遇するのは、まさに国家意志と矛盾はすまい。
 (しかも、養育費もさることながら、「税金が安くなる」ということが人の心に与える影響はバカにならない、いつの時代も)
 (ちなみに自民案は税制にも言及している)

■年齢による段階式

 もうひとつ僕が近頃考えているのは、そうした出産費や養育費、税控除といった経済的支援を、一律にするのではなく、母親の年齢によって段階的に優遇度を変えるということだ。

 わかりやすく、あえてざっくり言うと、
 若い年齢期ほど、手厚く高額を支給もしくは控除するということだ。

 同じく出産一時金や養育費を支給するとしても、それが二十代であるのと三十代であるのとで金額に明白な差があるとすれば、そこには自然にある種の心理効果が発生する。

 この効果には二つがあって、
 ひとつは、どうせ産むつもりではいた家庭に、その時期を早くしたほうが得だと感じさせること(そして若く第一子をもうけたほうが、第二子をもうける可能性も高い)
 もうひとつは、いずれ産もうとまで考えていたわけではない家庭においても、だったら早い時期に子供をもうけていたほうが得かと感じさせること(ひょっとしていつか子供をつくろうかと思うかもしれないが、そのときに今とくらべて損するのもどうだろう…と)

 ここまでがメリットのひとつ、

 もうひとつのメリットは、若い時期ほど収入が少ないということに対するスライド式効果だ。(もっともこの場合、女性の年齢とするより、夫婦の年齢といった見方を工夫して設計する必要があるかもしれないが)
 そして、このことは、「不公平だ」「差別だ」との批判に対する回答にもなり得る。


 以上、簡単ざっくりだが、いずれ研究会設立後、詳細に概算、研究してみたいと思っている。


posted by Shu UETA at 22:49| Comment(9) | TrackBack(1) | 天下-vision・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
個人的には税制の大きな優遇制度は結果的に、それが国益に資することであっても社会全体の不満をあおり、うまく機能しないように思います。(偽装結婚等)
税制の改革も大切ですが、私は教育費の高騰が子供を出産するうえで大きな問題になっていると思います。
子供を一人、大学まで卒業させるためにかかる費用は数千万円といいます。通常、家庭において出産計画はなにより、この金額と自宅保有資金(賃貸経費含む)を念頭においてなされるものではないでしょうか。つまり、通常のサラリーマンの生涯賃金から計算すると、3〜4人は不可能な数字ではないけれど、自らの生活をかなり切りつめなければならないことになります。これが是か否かはその人次第ですが、やはり否と考えてしまうのが人の常ですよ造。
海外に目を移すと、先進国の中でもフランス等は出生率が回復傾向にあり、2に近い数字になっています。
その理由として2点あると思います。
1 教育費用負担が低い
フランスは高校まで公・校は無料(小学校は文房具まで支給される・底ぶり!)。大学はほとんどが公・校で年間たった数万円です。バカロレアという統一試験(全て論文試験!、それでも今年の合格率は贈0%強、どれだけフランス人が論理性構築に小さい頃からたたき込まれているか分かるでしょ)に合格すれば誰でも大学に登録する権利が得られる。(勿論、一部の大学にはエリート選別のためのピラミッドが作られている)
私の娘もフランスの公・の幼稚園に行かせてるけど、制服もないので全く経費がかかりません。
フランスは核兵器も保有する軍事大国ですが、予算的には教育関連予算が軍事予算を上回ります。これは最もな話で、本当に長い目で見れば、国民がいないことには国を守りようがないですもん造。
一時的な子供手当や出産手当金の増額などは出生率増加には全く効果がないと思います。

2 子育ての環境
これは自分の目で見た印象なので確実性に欠けますが、日本よりフランスの方が家族や地域社会の絆が若干、強いように感じます。親、兄姉(場合によっては親戚)が積極的に育児に参加している現場をよく見かけます。特にバカンスの時期などは祖父母とその孫(両親抜き)が一緒に旅行しているのを本当によく見かけました。
その昔、日本でも5人以上の兄姉なんて当たり前の時代がありました。勿論、労働力の確保という側面もありましたが、多くの子供を育てることができた原動力はなんといっても家族、そして地域の絆が一番大きいと思います。
翻って、今の日本は核家族化が進み、夫婦で子育てをするのが当たり前になっています。よって、この核家族化を抑制するための施策というのが、出生率向上の為の一つのキーになると考えてます。父母、祖父母扶養、同居に対する優遇措置、父母同居者に対する単身時の優遇措置、4×2住宅に対する優遇措置とか。もしかすると首都機能移転や首都分散というのも出生率向上には効果があるのかもしれませんね。

しかし、民主党の「子ども家庭省」は全く笑止千万ですな!(人と財源はどーするんだろう?)
 
Posted by imaichi at 2005年08月28日 09:43
> imaichi

 まあ現段階ではざっくり概説しただけで詳説にいたっていないので逐一反論はしませんが、偽装結婚が問題化するとは思っていません(従来の特別控除制度においてそうした問題が設計上の許容値範囲を超えていたとも思えませんし)。

 教育費については仰るとおり、しかし国としては家庭に対してであれ学校に対してであれ、助成的なこと以外にダイレクトに指令するわけにはいかないので、社会の風潮のコントロールというまた別の大枠の話になりますね(今回省略の)。

 その他の要因については、そちらの方が大きいだろうと本文中にも記している通りですが、今回はそちらをテーマにしていません。

 別切り口での「論考」は自blog等で行うべきかと ^^;)
 (ちなみにそちらについて僕は同感ですね、家族の問題など。と、そして僕はコメントすることになるはずです)
Posted by Shu at 2005年08月28日 17:25
こんにちは。
税制による子持ち優遇、出産奨励は私も常々考えていたところでしたが、さらに年齢でそれに差をつけるところまでは思いつかないところでした。覚えておきます^^

既におこなわれている出生率向上のためのあらゆるプランは、心理的な意味でのアプローチの対象を既に子供をもった、または子供を持つと決めた家庭に限定してしまっているように僕には思え、その効果にも発想にもかなり疑念をもっています。その点で、税制で背中を押す案は現行のそれより優れていると思っています。
Posted by 暁 at 2005年08月28日 17:57
> 暁くん

 もっとも、僕の友人のimaichiが上述指摘しているように、いろいろ細部設計上の工夫は必要になるでしょうけどね。まずはいろいろ発想のタネを出すこと、という段階のものではあります。その意味で「覚えておいて」くれると有難いです。ははは

 ちなみに、彼の話のうち学費に関わることについては、暁くんもかねて関心の高いところでしょう。
 たしかに彼の紹介してくれている通り、フランス並にできれば随分違ってくるでしょうね。


> 既におこなわれている(中略)プランは、心理的な意味でのアプローチの対象を既に子供をもった、または子供を持つと決めた家庭に限定してしまっているように(略)思え

 はい、さすが、その通りだと思いますっ
 もちろん、つくることに前向きな人を後押しすることは大切ですけどね。しかし、決して積極的ではないひと、あきらめきっているひと、そうした人々に対する、それこそ「心理的」効果のあるアプローチということをもう少し考えたいところですよね。

 暁くん自身もまだその世代でないのであまりぴんとこないところもあるでしょうけれど、僕も、自分の周囲に、本当に年収の少ない層という人々がけっして身近ではないため、なかなか現実的に問題を見れないところがあるのですが、
 以前、武術の稽古仲間で、「結婚できない」という諦めのようなことを打ち明けてくれた人がいました。(彼女はいるが、収入的にきびしいということ。もちろんニートではない)滝行に行った山奥で、月明かりに照らされた山々を眺めながらでしたが、僕は非常にショックを受けました。

 各種の調査でも、たとえば世帯年収300万円をひとつの分け目にしていることもありますが、税込み300万円といえば、本当に苦しいものがあるでしょう。しかし、そうした層は決して必ずしも例外的な人々ではないんですよね。
 僕らで言うと、初任給でもそんなことはありませんでしたし、一般に、人は似たような層で交友してもいるので、なかなか「世界が違う」ということも現実にあるわけで、たとえば政治に携わっているような人々、それは政治家はもとより中央官僚たちも、おそらくはそう身近に感じにくいでしょうね。(故に職場や学校を離れた外部交流や、テレビ、雑誌は意味があるなあと思います)

 こうした人々については、家計的問題は実に大きい、そして、一方には経済的理由とは関係なく(それどころかある程度豊かであっても)子供を持つことに消極的な層がいる、これらはそれぞれ別の方策が必要だろうと思います。
 その前者について、つまり経済的側面が今回の記事、後者については通常僕が関心をもってよく考え、書いている方面になります。が、近頃は、国全体の少子化傾向には前者の影響力も大きいのではないかと考え始めている近頃です。
Posted by Shu at 2005年08月28日 18:41
> ALL

 imaichiからの連絡で、

> バカロレアという統一試験(全て論文試験!、それでも今年の合格率は贈0%強

 の部分、パーセンテージは、「80%」とのことです。
Posted by Shu at 2005年08月28日 20:15
この問題に関しては、というかほかの件に関しても大概そうなんですが、同意です。

つい先日にも新聞記事になっていましたが、「女性の社会進出が進めることが少子化対策になる」ということを主張する人が多い上に、そういった声の露出が非常に多く困りものです。全然直感的でないですよね、こういった論は。
子供にさける時間が少なくなるということは、子供を持とうとすることへの心理的な抑圧になるはず。

女性の社会進出は、本人が望んでいるのなら大いに結構なことだと思いますが、過度にそういった女性だけへの優遇措置がとられてたり、そうしなければいけないといったような風潮ができてしまうことだけは避けたいですね。

個人的には、少子化問題にサザエさん型家庭モデルの復権をからめて考えたいところです。
Posted by toybox at 2005年08月28日 23:32
> toyboxさん

> 「女性の社会進出が進めることが少子化対策になる」ということを主張する人が多い上に、そういった声の露出が非常に多く

 はい、これはしばらく前から急激に力を得てきているようですね。
 統計の解釈というものはそもそも非常に慎重に取り扱うべきものですが、一部で、共稼ぎ世帯の方が専業主婦家庭よりも出生率が高いというデータが相当に喧伝されているようで。

 むろんこれは家計収入の差によるものと考えるのがまず第一に検討されるべきであり、単に専業主婦と共稼ぎの妻のいずれが、としたいならば、同一収入層における両者を比較しなければ正しい推論には至らないはずなんですけどね。

 データの取り方なども含め、ちょっと僕は未確認なので何ともいえませんが。

 しかし、しばらく以前に税調小委のひとつで委員が主婦淘汰論的なことを言って多少話題を呼んだように、今日では各種審議会等にもすみずみまでジェンダーフリーをはじめとする思想運動家が浸透していますからね…
Posted by Shu at 2005年08月29日 03:28
少子高齢化というのは少子化と長寿化がセットとなってはじめて成立する現象です。しかし少子化ばかりが語られて、誰も長寿化には触れようとしない。それもそのはず、長寿化を否定することは倫理的に問題があるからです。ようするに人口別構成の適正化のために年寄りは早々に死んでくれと主張しなければならないのだから…。
Posted by 蔵信芳樹 at 2005年08月29日 22:44
> 蔵信さん

 むう… 難しいですね
 基本的に僕の立場としては、仮に高齢化が進んでいないとしても、少子化は問題視しています。
 というのも、同じ程度に出生していながら(高齢化によって)全体の中での若年比率が下がっているということではなく、長寿化が一切進んでいなかったとしても若年比率が下がるようなペースで絶対数的にも出生低下が進んでいるからです。
 そこでは、もし「年寄りが早く死んでくれて ^^;)」もなお、問題は解決しないので。相対的に緩和はしますが。

 逆に、長寿化傾向にあればこそ、その問題は若年人口の増加を求めざるを得ないとも言えますし。

 ちなみに、少子化と高齢化をセットで考えた場合に僕が最も関心をもっているのは、将来の高齢者層が享受することになる社会的資本・サービスということに対する資格性的なことがらです。

 例えば、自分たちは子供なんて別に欲しくない、子育てなんてたいへんだし、経済的にも時間的にも自分の仕事や遊びの制約になる、と、そうしたことを高言する人々もあるわけですが、そして彼らは、老後のことであれば自分の貯蓄でちゃんとやっていくのだ、と言うわけですが、
 カネで他人の世話にならないということと、その時に社会が提供しているサービスや財を享受することというのは別なのであって(カネがあっても買うものがなければ意味がない)、それらを提供することになるのは、まさに、今この時、彼らの忌避する子供の出産養育にカネもエネルギーもかけている人々の子供たちなんですよね。

 そういう意味では、子供を持つ能力と余裕がありながらあえてそれを信条的に避ける人々というのは、厳しく言えばそれこそ実に反社会的な人々であるということもできなくはないわけです(むろん、ある程度の極端論ではありますが)。

 こうしたこと(子供を持つとか持たないとか)ということは国家が国民に命じることができるものではなく、それこそ個人の自由であるわけですが、ここで「国家」とせず、そもそも人と人が互助的に作り上げ維持している「社会」として考えれば、「国家」が命じることはできずとも、「社会」が「要求」することは潜在的にはあり得るとも言え、それはマクロ的に新世代が確実に増加しているときにはミクロ的に個々人について問題とはなりませんが、敢えて子を持たない人々が増加すれば、顕在的に問題化してくる可能性もあるかもしれません。
 いわく「タダ乗り論」的に。(もちろん、現在社会に投入しているエネルギーの点で、「タダ乗り」とまで言うのは言い過ぎではあるのですが、そういう批判論が起こる可能性は否定できません)

 そんなことを考えています。
 (すみません、ちょっとズレましたけどね ^^;)
Posted by Shu UETA at 2005年08月30日 07:54
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女性の社会進出増加=少子化 という結果
Excerpt: が、出たんじゃないかと思うのですが、どうして“ 社会全体として女性も働くのは当たり前という方向へ価値観の転換を図る必要”なんていう結論が出るのか、わかりやすく教えてくださいな
Weblog: Biased?
Tracked: 2005-09-14 06:43
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