2004年09月08日

対テロ戦の限界

 先日のロシア学校テロ事件を受け、昨日にはロシアとNATOの共闘声明も出された。イラクではまだまだテロの止む気配もない。これに限らず、東南アジア諸国をはじめ世界中でテロ事件は起こっている。起こっているどころか、近頃では、頻発のあまり、小さな事件なら報道の扱いも小さく、われわれの感覚も麻痺しがちだ。
 いわゆる対テロ戦争に世界は勝利できるのか、それどころか、敢闘を貫き続け得るのだろうか…?

 言うまでもなく、対テロの取り組みでは、決して妥協しないという意志の継続と不断の表明、そしてそれに関する世界各国の鉄の結束が不可欠だ。
 イラク戦後処理過程でわずかにその結束からの落伍があったものの、イラクに関わらずテロ行為そのものに対し、少なくとも先進諸国、大国間においては、現在のところ結束は固い。妥協の可能性を匂わせるような声明、行為は一切ない(日本でさえ!)。

 が、しかし、それがいつまで保てるか、と私は危惧する。
 そう遠くないうちに、急にではないが、徐々に世界は疲弊感を募らせるのではないか、そうして徐々に、別の何かを模索しはじめるのではないか。

 いろいろ考えてもみたが、私の考えでは、(今日の対応では)テロ根絶は不可能だと思う。
 対テロの結束とは言っても、世界で起こっているテロ攻撃は、それぞれ別の問題に起因するものだ。イラク国内で行われているテロとロシア国内で行われているテロは別の問題に根ざし、テロ実施者も、その要求も全く別の話である(ある程度の共闘はあるとしても)。誰か一人、何かひとつの組織を壊滅させれば世界のテロがなくなるということではない。
 そして、対テロ「戦争」とは言っても、しかしテロとは限りなく「犯罪」に近いものだ、強力凶暴な犯罪である。そうした「犯罪」レベルのものを、完璧に防ぎ切ることは不可能に近い。(殺人事件根絶などが不可能なように…)
 いわゆる本来の戦争であれば、戦争の目的と意志をもった「国家」が存在し、「国家」には統治体系と責任者があり、これらの意志を屈服させればよいのだが、テロ戦争に関しては、そのテロを誘起する原因がある限り、目の前の数多い組織を仮に壊滅させ得たとしても、同様のものは次々に発生するだろう。そうして永遠に闘いを継続するか…いや、継続し得るか…
 武器入手手段を断つ、これも事実上不可能な課題だ。

 結束を保ちつつも、やがては疲弊の度を強めていくだろう。厭戦気分も増すだろう。すると結束に揺らぎも出てくるだろう。しかしそれは思うつぼだ…
 こうした疲弊、厭戦の気運がピークに近づけば、何か別の解決策を模索する動きも出てくるのではないか…

 この件に関しては、まだ提案というほどのものは提示できない、あくまで個人的な予測と感慨のレベルだが、そうした際に、場合によっては…上手くすると…国家と民族(あるいは文化)の関係について再構築の動きに進むことができないだろうか、ということを考えている。

 あるいは、国際的な調停機関の設置整備はどうだろう。(今日の状況では、国権意識の強さからまず不可能だが)テロ行動に移る前段階で、要求を主張し、国際世論に訴える機会と、交渉、調停のシステムを常設する。
 たとえば現在のイラク人テロについて、彼らが不満と主張を訴えて出る場所はどこにもなかった。チェチェン人テロについても、彼らが主張する場所はどこにもない。
 世界には、民族や宗教、歴史的背景を主体とした分離主義のテロが非常に多いが、これらは当該国の国内問題であって、基本的に世界はこれに内線干渉できない。もし先に述べたような、こうした事柄に対する調停機関を設置するなどと提案すれば、こうした問題を抱える国は猛反発するだろう。
 が、ここに対テロ戦の疲弊と厭戦のピークを迎えれば、どうだろうか。いや、さらにもう一枚は何らかのファクターが必要にはなるだろうが…
 まだその時ではないが、日本がこうした世界構想、工作をにらんでいくことはできないだろうか…

 いや、まだ研究不十分で「提案」ではなく、まだ夢想戯れ言のレベルに近いが… ^^;)
 しかしいずれにせよ、現在の方法では早晩行き詰まるに違いないとは確信している。いろいろ考えてみたい。


posted by Shu UETA at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 天下-政策等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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