2004年09月06日

専業主婦は失業者?

 今日の日経朝刊、クイックサーベイ欄で、「第2子ほしい 働く母親の半数」との調査結果が載っていた。

 個人的には、「ほう…そんなにいるのか」と思ったが、無論、記事の論調は、「半数しかいない」ということだった。

 データによると、「ほしい」が53.3%、「欲しくない」が23.3%、「決めてない」が16.3%、内容不明だが「その他」が7.1%である。
 僕などは、一般的に報道される雰囲気からすると、この「第2子はいらない」が23%しかいないことのほうが注目すべき数字に思えるが…予想外に低い数字に意外の感だった。

 また、記事には月並みだが「社会が育児をする必要」とのサブタイトルがついている。
 さらに記事文中では、日本における働く女性への支援策の貧困、女性の就業を当然視しない環境を嘆き、「北欧では専業主婦は失業者といわれるほど働く母親が当たり前になっているのと大きな違い」と憤慨し、「男女平等への意識転換が社会の隅々に浸透するまでは、出生率の反転はないだろう」と締めくくっている。

 これまでも幾度も重大な社会的失敗を続けている欧米の様子をいちいちお手本のように畏まる姿勢も常々苦々しいが、女性の社会進出ということと、男女平等ということは簡単にくくりつけることはできないものと僕は思っている。

 女性の男性並み就業を推進する論者は一般に、人口の半分は女性であり、その労働力を活用しないのは大きな損失である、などというが、僕はこうした考えには大いに不服である。
 この論では、就業していない母親は何ら社会に労働力の貢献をしていないかに見えるが、家庭の維持、さらには子供の育成ということほど社会にとって価値の高い労働が、他にそうそうあるとは思えない。
 近年、児童・生徒の躾の問題や犯罪、この延長にある若者のさまざまな社会的問題が重大視される中で、本来彼らを全うな社会人に育て上げる第一義的な責任のある家庭の重要性が叫ばれる中、その環境を整え、またそれに主として携わる労働を軽視する神経を僕は理解できない。
 素直な感想として、こうした家庭における重大な責任への集中力を半減あるいはそれ以下にしてまで彼女ら(あるいは彼ら)が社会で貢献できることなど、どれほどのことがあろう。極論すれば、社会にしてみれば、彼女一人がいようといまいと影響などない。しかし家庭においてはまさに他にかけがえのない存在である。
 本当に、「かけがえ」がないと思う。それが、どれだけ世の働き手の力になっているか、支えているか。幸せな家庭が、どれほど疲労も苦悩も吹き飛ばしてくれるか。
 まして子供にとっては、なおのこと、文字通りかけがえのない存在だ。
 もしそういうことを大切にしていくならば、従来我が国が行ってきた各種の専業主婦優遇の施策は、とかく軽率な欧米諸国とは異なる、実に素晴らしいものだった。しかし、こうした専業主婦優遇諸策を廃止していく方針が次々に打ち出されている。いわば、ますます母親を家庭から社会に叩き出す態勢を整えようというわけだ。
 先の表現を借りれば、重要な家庭労働力を社会に放出することこそ、社会にとって大きな損失であると僕は思う。

 そもそも家庭というものは一種の法人であって、夫婦の一方が外で稼いできた金もそれは法人としての収入であり、外で働く者と家庭内労働に従事する者とは単なる役割分担、職掌分担に過ぎない。会社で言えば、営業が金を稼ぐのであって、総務は金を稼いでいないなどという話がおかしな話であるのと同じだ。総務や経理、人事は金を稼がず、労働力がもったいないから全員営業にしようなどと考える者がいるだろうか?

 さて、しかし僕は、家事専従者が女性でなければならないとまでは思わない。(出産ということ、また乳児幼児心理からして母親であるほうが自然かつbetterであるとは思うが…故に人類は長期間にわたりそうしてきたのだろう。)
 営業であるか総務や経理であるか、適材適所が理想とされるように、それぞれの家庭で収入獲得能力その他諸般の事情でそれぞれに分担がなされればよいこととは思う。
 男女平等とは、むしろこうした方向で考えればよいことで、男女問わず全員が家庭外に就業するべきであり政府もそれを支援する政策を推し進めるというのは、賢明とは思えない。

 現実を眺めた場合、今日多くの女性が就業しようというのは、女性が家庭にいれば社会の損失になるということよりも、ひとつには女性一人一人の自己実現願望、意欲によるところ、もうひとつは家計収入の不足を補うため、の二つの理由が大部分と思う。
 後者については、今政府がやろうとしていることの反対に、専業主婦をもつ家庭への優遇を継続もしくは手厚くこそすべきと思う。
 前者についてが考えどころだ。彼女が結婚しても夫婦ともに同じく自己のやり甲斐、夢をもって仕事に取り組んでいれば、いずれかが家庭に専従するということは難しいだろう。しかし、政策による優遇次第では、かなりの部分まで後押しはできるかもしれない。
(ちなみに僕個人は、もし結婚相手が僕より稼ぐなら、いや多少劣っても、それで相手が外で働きたいというなら、前線から後方へ移るにやぶさかではない、少なくとも当面は。その間、家事育児をしつつ、準備や勉強研究をする。)

 家庭にあって子供を立派に育て上げることも相当にやり甲斐のあることだとは思うが、そこは人それぞれであろうし、仮にもこの世に生まれ来て、自己実現や夢の追求をするのは人として素晴らしいことであり、これを否定するような政策は採りたくない。

 そこで、様々に考えているわけだが…一応の秘策あり、といったところか。これもまだ完全に具体化していないが、他の研究中課題と併せて、いずれまとめて投稿してみたい。

 ちなみに、ヒントのひとつ、思索のタネのひとつに、Alvin Toffler氏の「第三の波」から拾ったいくつかのキーワードも一助となった。(参考までに)

 
  •  特別法による共同体法人ないしは共同組合

  •  エレクトロニクス大家族
  •  高度な電子工学技術に基づいた家内工業への復帰、家庭の地位復興
  •  児童労働、少なくとも労働の現場を見て育つ環境の増加

  •  集合家族
  •  より多くの機能を持ち、社会的単位として多能化する家族
  •  大家族ネットワーク



 新しい共同体法人という線での構想は、男女協働問題についてだけでなく、すべての労働形態まで対象に含んだものとして研究しているが、これについてはまた別稿にて。

 さて、冒頭述べたとおり、日経記事でも「社会が育児をする必要」とあったが、こと育児、子供の育成という点だけに限れば、かつての薩摩藩における「郷中」や、イスラエルの「キブツ」のようなシステムの整備はどうだろうか。実験的に特定地域での試行を含めて、研究してみるとおもしろいかもしれない。



 読んだことのない人は少ないと思うが、もし未読なら、是非是非一読を薦めたい。
 かなり古い著作だが、未だに非常に示唆に富む名著。
 さまざまな思索の触媒にもなり得るヒントがいっぱい。
 手許に持っていて損はないっ!


「第三の波」中公文庫


posted by Shu UETA at 09:37| Comment(7) | TrackBack(2) | 天下-vision・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この記事、実はTBもらう前は読んでいなかった…(^^ゞ
Shuさんも私と同じ捉え方で家庭を法人に例えていたのだと知って、なんだか妙に嬉しかった。

前から思っていたこと。
Shuさんと私の考えというのは、結論だけ見たら同じでも、そこに至るまでの過程やら、見る位置、そしてソースなどといったものがえらく違うということが多々あって、それがすごくおもしろい。
Posted by Muse at 2004年10月30日 21:48
誤解をおそれずに言うならば、専業主婦は、地域文化の担い手だと思います。こういうと働く女性は担い手じゃないのか?と言われかねないので補足すると、「担い手になりうる機会が非常に多い」という感じでしょうか。直接、経済活動には従事していなくても、大切な役割を持っているというか、果たさねばならないのが専業主婦かと。

僕の連れは働いてますが、わたしがもっと稼ぐから主夫やってといわれたら、たぶんやります(^-^;
なので、外で働きたいという女性には、男性に比べて働きにくい要因があるのであれば、それをとりのぞいたり、多少の優遇は考えるべきでしょう。しかし、専業主婦を無理矢理家庭から追い出してはいけません。
Posted by toybox2004 at 2004年10月31日 05:28
> Museさん
 なんだか、さん付けも妙だね。僕についても、さんづけは不要だけど(料理人みたいでヘンだしね ^^;) (> ALL 皆さんも^^)
 違う途中経路で同じような結論に至るとき、というのが、いちばん安心感があるね。そう我田引水でもなかったかな、と。
 しかし、いい家庭だね。お二人とも、幸せそうだ。
 T/Bリクエストに応えてくれてありがとう。みんなにも読んでもらいたいな。
 ちなみに、僕の記事は古いので、読んでないのが当然と思ってたよ。過去まで全部読んでたらたいへんだ。^^;)

> toybox2004さん
 かえって、失礼な話になってなかったかと冷や冷やです。もちろん、働く妻が良くない、という趣旨ではありませんので。^^;)
 ところで、「地域文化の担い手」という視点は斬新ですね。非常に興味をもちました。ちょっと、考えてみたくなりました。
Posted by Shu at 2004年10月31日 13:03
そ、そういえば料理人みたいだ(笑)<Shuさん
多分、私、昔はさん付けしてなかったと思うんだけど、ブランクが長かったから対Shuのコミュニケーション法を忘れていて、リハビリ中…
Posted by Muse at 2004年10月31日 14:32
Shuさん、「働く妻が良くない、という趣旨ではありません」了解してます(^-^

さて、地域文化の担い手、の件なのですが、論証になりうるデータが少ない(というか見つけられてない--;)ので、こうなのだ、と僕もブログなどで論をはれないのですよ(論というほどでもないのですが)。

極端な話ですが、ある地域(都市部、地方でわけたほうがいいかもしれません)の男女が、すべて家を出てしまったら何がおきるか、というところからの推測しかできないわけです。

最近は核家族化もすすんでおり、一概にこうだといことはいえないのですが、地域に根ざす文化(伝統といいかえてもいいです、たとえば料理でもそうだし行事などもそうですね)を前の世代から受け継いで行くには、それなりの時間がかかるものだと思っています。前の世代あるいは地域の人々と長時間接してこそ、だと考えていますので、その時間を一番とれるのは専業主婦といわれる方々ではなかろうか、と考えているわけです。

ところが、こういったものの引き受けてがいなくなったら、生活や地域に密着した伝統や文化が失われていくのではなかろうか、というのが僕の危惧するところであります。
Posted by toybox2004 at 2004年10月31日 17:44
> Muse

 今後ともよろしくねっ
 いろいろ日常のことについて考えるのは僕も同じなので、Museの記事にもいろいろ刺激を受けるよ。
 人がどうでもいいと思うようなことに、妙に論理的に臨むところも似ている。 ^^)
Posted by Shu at 2004年10月31日 22:56
> toybox2004さん

 なるほど…
 たしかにその通りですね。
 しかも、核家族化により、既にそうした流れは現に起こってしまっているように見えますしね。
 ふ〜む…僕も考えてみます。
Posted by Shu at 2004年10月31日 22:59
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専業主婦の誇り
Excerpt: 主婦:妻として一家の中で家庭生活のきりもりと管理の責任をもつ女性。 主夫:〔主婦
Weblog: My Words
Tracked: 2004-10-30 21:13

専業主婦という属性
Excerpt: 現行の専業主婦に対する税・年金面での優遇はシステム的にも限界が来ているようである
Weblog: たゆたえど沈まず
Tracked: 2005-10-02 19:22
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