2005年07月26日

(名将言行録) 他者の経験で学ぶ

マガジン「名将言行録」51号関連記事

 名将言行録第51号では、上杉謙信の口癖のエピソードのひとつとして、「自分は義経に戦いを学んだ」という謙信の言葉を紹介しました。

 曰く、人々は平家物語などを聞いても(現代であれば「読んでも」となるでしょう)、ただ物語として聞くばかりだから何の役にも立たないが、自分は、常に義経の立場に立って自分ならどうするかと考え、義経の行動と比べ、ということをしているのだ、と。

 一見たいした話でもないように思えるかもしれませんが、例えば歴史に対しても、このような態度で向かい合っている人というのは少ないものでしょうし、エネルギーのいることでもあるでしょう。

 しかし、個人の体験ということに限界がある以上、歴史であれ、同時代のニュース等であれ、ただ他者の経験「を」知るのではなく、他者の経験「で」学ぶということは、非常に有益だと思います。

 実は、こうしたことはナポレオンも語っています。
 まだ彼が候補生や尉官であった頃、とにかくローマ時代以来の軍記ものを読み漁り、ただし、まず結果を隠しておいて自分で考え、作戦を構想し、それから続きを読んで、そこに描かれている指揮官の作戦と比較し、実際の経過、結果を読んで自分の考えを検討する、そうしたことをひたすらやった、と。

 こうした読書法は、一人で行う、ちょっとしたシミュレーション訓練のようなものですね。

 数学の勉強ではよく、わからなければ解答を見て理解するということよりも、とにかく自分の頭で徹底的に考えてみることが大切だ、ということが言われますが、それは何も数学だけに限られることではないでしょう。

 謙信やナポレオンの話は戦術に関した思考ですが、それはビジネスにおける状況判断や決心、あるいはどのような分野における危機管理能力等においても同じように思考を練り、頭を鍛えることができるはずです。

 歴史には、さまざまな厳しい状況で判断を問われ、判断を行い、何らかの結果を得たさまざまな人物のさまざまな状況を見ることができます。ただ読んで納得するだけではなく、謙信のように、ナポレオンのように、自分をその渦中の人物の立場に置き、果たして自分であればどのように判断するか、そうした思考トレーニングをしながら読むということを積み重ねるならば、まさに他人の経験を使って、自分を鍛え伸ばすことができるでしょう。

 歴史だけではありません。昨今は、たとえば企業におけるさまざまな不祥事や事故ということもしばしば報道されます。企業人であれば、そうした新聞紙上の事例においても、自分であれば果たしてどうするかという視点を持って読むのと、ただニュースとして読むのでは、やがては大きな差がつくことになるでしょう。
 もちろんそうした不祥事や事故といったものでなくとも、企業戦略等についても同じです。あるいは企業に限らず、政治等についても同様でしょう。

 プロ野球の実況放送を見ていると、投手や捕手出身の解説者は、自分だったらどのように配球するかといった話をしていることがありますが、他人のピッチングを見てさまざまにそうした思考をするのは、現役の選手にとって有意義なことです(もちろん、彼らは事実そうしたことをしているでしょうが)。

 また、書物や新聞でなくとも、職場において自分の上司等の立場でものごとを考え、判断するということは、非常に有意義な訓練になります。

 上杉謙信やナポレオンは、優れた指揮官の中においても、高い天才性を語られる人物ですが、そんな彼らでさえ自らを鍛錬していたこうした方法にも思いを致し、われわれもあやかりたいものです。



 次回は上杉謙信の最終回です。
 お楽しみに。

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posted by Shu UETA at 08:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 名将言行録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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