2005年07月19日

クールシティ


 僕は仕事で1年半ほど沖縄に住んでいたことがある。
 25〜26才にかけて、思えば、各種研修期間を終え事実上のデビューとなった配置先がいきなり沖縄であり、それ自体実に思い出深い場所なのだが、そうした仕事面での話は別にしても、生活のうえでもさまざまに懐かしまれる。

 特に今からの季節はことさら。

 そうした快適さを、暑い本州の各地にも拡げたいものだと思ってる。

 僕が住まっていたのは沖縄とはいっても、那覇の北東海上90km、久米島という島だったのだけれど(ダイビングをやる人には有名でしょう、あるいは今年はプロ野球楽天のキャンプ地としても)、夏の快適さといったらなかった。
 僕の人生で、もっとも快適な夏は沖縄(久米島)の夏だった。

 ここでいう「快適」にはさまざまな意味が含まれはするが、しかし何より快適だったのが、「涼しさ」だ。
 沖縄は涼しい。
 そういうと、まさかと思うひとが多いかもしれないけれど、実は沖縄の気温というのは、年中通して高いけれど、しかし真夏に限れば、大阪や東京なんかより断然低いのだ。
 たとえば今週の週間予報をみても、天気は同じようでも、大阪は那覇より毎日2度ほど高い最高気温。

 当時、友人などが電話してくると、「そっちは暑いだろう」なんて言われるんだけれど、
 「そうでもないぞ、全国版の天気予報を見たら、毎日そっちとくらべてみなよ、きっとげんなりするぞ」
 そう僕は答えていた。

 しかも、天気情報の数字上では1〜3度の違いであっても、大阪や東京だと現実の生活環境では天気情報の気温などより実際には高くなっているものだが、那覇では数値と実態の差が小さいし、久米島などではほぼ差はない。すると、生活体感温度としてはおそらく、東京大阪と沖縄では同じ天気でも下手すれば3度じゃすまないほどの差があるかもしれない。まして夜間は5度も違うのではないか?

 むろん、沖縄の日差しはキツイ。そういう点では南国は伊達じゃない。
 が、僕の主観的な表現をさせてもらえば、そうした沖縄の暑さは健全だ。日陰と日向の差、昼と夜の差など、それに引き換え大都市圏は異常な状態だと思う。

 僕は久米島にいた頃、夏でもエアコンを使うことはほとんどなかった。ひと夏で数回かな。(特に台風が来ていると窓が開けられないので)
 島のやや高台で、4階の部屋に住んでいたんだけれど、常によい風が入って、いつも涼しかった。夜には、寒くて窓を少し閉めることさえあった、8月でもだ。
 昼間の日差しのきびしさと、日陰や室内での心地よい風、これは実に健全だ。

 もっとも、那覇市内ではここまでのことはないだろうけれど(那覇は都市)、久米島といったらたいへんな田舎なので、都市熱なんてものは皆無。


 エアコン室外機の前に立ってみればわかるとおり、エアコンはますます、それも相当なパワフルでもって周囲を熱く(したがって暑く)する。
 現在の我が家にはエアコンがないが(前回引っ越しの際に面倒くさくて捨てた、そのまま何となく面倒がっているうちに昨夏も乗り切ってしまった。ちなみに神戸は大阪よりも通常2度ほど低いが)、夏になにがイヤといって、隣や周囲の部屋の室外機からの熱だ。ベランダ側からの風を大いにあてにしているだけに、隣のベランダの室外機の排熱が風に乗ってくるのには実に閉口。

 論理的には(個人中心で)、皆がエアコンを使うなら自分もエアコンを使うしかないだろう。(ちなみにこの際、設定温度などはほとんど関係ない。低く設定しようが排熱の不愉快さは同じ)

 そうして街を熱くし、暑いからますますエアコン不可欠、みんなでエアコンというのが今の街の夏だろう。

 僕はそうした街のヒートアップは愚かというしかないものだと思っているけれど、しかしだからといって、みんなでエアコン使用を抑制しましょうなどというのは無意味だ。いや、意味はあるだろうが、実効性は無いだろう。
 だって、現に暑いんだし、僕が我慢できるから誰しも我慢できるということにはならない。ちなみに僕も単に物臭なだけで、エアコンがあった時にはバンバン使ってた。
 それに、本当に皆んなで同時にやめない限り、ポツポツでは一部の人がバカを見るだけ。

 そこで、エアコンを抑制しようという以前に、まず、それができ得るだけの涼しさを整備していくほうを先決とすべきだろう。

 たとえば、緑というものの威力はすごい。
 ちなみに僕のいま住んでいるアパートでは、裏手が大きなお屋敷の庭で、多くの樹木が植わっている。また、30mほどのところにある公園にはちょっとした竹林がある。
 これだけでも、このあたりには涼しい風が吹く。
 このあたりは駅から徒歩5分ほどなのだが、駅から歩いてくると、あるところから如実に気温が下がるのがわかる。それは家々の(周囲はいい屋敷が多い ^^;)の木々や公園の樹木、竹林などの威力だろうと思う。

 非常に印象深いもののひとつに、奈良の柳生の郷がある。
 僕は仕事(研修というべきか)で付近を訪れた際に随分と気に入って、その後に盛夏の折、彼女とデート、ドライブでまた訪ねたことがある。
 その日もたいへんな暑さで、ふうふう言いながら柳生家の旧屋敷を訪ねたのだけれど、この屋敷内の涼しさといったら素晴らしかった。もちろんエアコンなどかけてないし、部屋々々の戸は開け放ってある。

 その里自体が田舎なので周囲が緑で覆われているのはもちろん、また、庭にも樹木や緑が植えられている。
 室内では、実に涼しい風が、緑の風が静かに吹き渡っている。

 これが、先にも僕の言った健全な夏という感覚。
 沖縄(久米島)でもそうだった。むろん外は暑いし夏の日差しはきつい。だけど、室内では風に涼める。

 そこで、僕はいつか(その他の意味でもかねて夢のひとつとしているのだけれど)、新しい都市づくりをするにあたって、こうした緑の機能を十分に織り込んだ都市づくりをしてみたいと思っている。(その他、舗装法や建材、自動車の技術開発や自動車利用制度等も含めてだが)
 そういう環境を整えてはじめて、エアコンを抑制しましょうということを住民意識に広く普及させ得るだろう。
 僕らは誰しも聖人ではない。立派な理念だけで、そうですねとばかりに簡単に誰もが利便を放棄することを期待するなんて非現実的だ。

 今日のテーマからは余談だが、そしていずれまた記事にしてみたいとも思っているが、僕は例えば安土城の建築理念にある土地と建物の融合的な感覚(いずれ詳述)をもって、新たな都市設計を構想している。
 各地をドライブ(orツーリング)しながら(僕が44都道府県を踏破しているのは以前にも述べた通り ^^;)、特に着目しているのは、本州中程で養老山のあたり、それから淡路島などだ。(四国にも数カ所候補地あり)
 もちろんこれは単に環境的観点のみではなくそれはあくまで一部、その他さまざまな機能においての新都市構想なのだけれど。

 地球温暖化ということが言われ、そしてそれはそれで事実であるにしても、しかし沖縄より東京大阪が暑いなんてことの異常さを考えてみるべきだろう。
 沖縄より大阪が暑いことが、地球自体の温度上昇の問題であるというのはおかしな話。(沖縄も同じ惑星上の島 ^^;)
 地球を言うまえに、まず自分の住んでいる街を涼しくしたいものだ。そしてそれが積み重なって、地球自体のクールダウンにだってつなげていくことはできる。
 とはいえ、現状の都市環境でそうしたきれい事はなかなか人間には難しい。そこで新たな都市環境のあり方というものを考えていきたい、といったところが僕の趣旨だ。


 しかし沖縄は懐かしい。
 夏には仕事が終わると海へ直行、8時くらいまでも(まだ明るい)海で遊んで帰り、家で涼むもよし、飲みにでかけるもよし。しかも沖縄の海といったら、シャワー浴びなくたって、べとつくこともなくさらっとしたもの。
 月に一度は那覇にもでかけ、あるいは北上して人のいないビーチを見つけてのんびり独占したり。
 そんな豊かな生活をしてました、あの頃は。(たいした仕事もせずに…? ^^;)


posted by Shu UETA at 20:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 天下-環境・農林水産 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 Shuさん、いつもプログ拝見させていただいております。

 東京から沖縄の宜野湾市に移住して、そろそろ1年半になります。学生です。

 確かに沖縄の夏は意外に過ごしやすいですよね。高層のビル群がなく(条例により制限)、風通しもいいことも一因でしょうか。

 ご存じかもしれませんが、沖縄の自治体のなかには、建物屋上を緑化することに対して、補助金を出しているところもあるみたいですよ。@ゆいレールに乗る観光客に景色を楽しんでもらうことで、沖縄に対する良い印象を抱いてもらうA地球の温度を1℃でも下げるといったところなのでしょうか。。費用対効果が問われますね。

 これからも応援しております。失礼します。

 
Posted by やまとんちゅ at 2005年07月20日 21:27
> やまとんちゅさん

 はじめましてっ

 これはよい話をきかせてもらいました。
 そうした沖縄の政策的取り組みについては全く知りませんでした。
 一度調査に行ってみたいです(再訪旅行を兼ねて ^^)

 東京からだと、随分環境が変わりますね。(いや…どこからでもそうか… ^^;)
 しかし、沖縄での学生生活というのも、なかなか良いですね。
 大昔ならともかく、今は情報もネットでとれますしね。
僕が久米島にいた頃はインターネットの黎明期だったので、久米島に行くなり、必要性からネットをはじめました。当時はテレビも民放2局でしたし久米島では本もろくに入手できず、新聞も地元紙以外は数日遅れだったので ^^;)
 まだ接続速度が2400や9600bpsなんていう時代でしたが。

 学生生活、有意義な時を満喫してください。^^)v

 今後ともよろしくお願いしますっ
Posted by Shu at 2005年07月20日 23:12
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