2005年06月24日

(読書) イチロー262のメッセージ


 

『夢をつかむイチロー262のメッセージ』編集委員会
発売日:2005/03/11
あまなつ

 「読書」というよりも、イチローの「言葉集」のようなものだけれど、大のお薦め。
 春先から既にある程度話題にはなっていたが、まだ見ていないひとは、ぜひ一度手にとってみては。^^)

 実はイチロー自身が、自分の高給には、野球とは別の世界の人々にも何らかの影響を与えていることも含まれているとおもっている、そう言うように、彼の言葉には、どのような仕事をしている人にとっても、刺激になり、あるいは参考になり、自分自身の思考や鍛錬の触媒になる、そんなことが多々含まれている。

 僕がイチローのことを書くときにはいつもこのカテゴリに入れているけど、中には違和感を持つひとも多いかもしれない。しかし、イチロー本人に全くそんな意識はなかろうとも、僕にとって彼の生き方というのは、僕が描こうとしている今日なりの武士道とでもいったものに非常に合致するところが大きい。(いずれ詳述)

 あらためてこうした本で彼の言葉を味わっていくと、そこには、古来言い古されてきたようなことも、あるいは孫子にあるような考えも、武術に言い伝えられてきたような心も、佐々淳行氏の危機管理論にあるような概念も、そうしたさまざまなものが、彼自身の言葉で表現されている。
 もちろん、彼はそうしたものを学んだり聞いたりしているわけではないだろう。
 彼自身が、自己の経験と鍛錬の中で自ら考え、試行錯誤を重ねてたどりついたところが、そうした先人たちの説くところと多くの一致をみるということは、あらためてそうした「智慧」というものがもつ普遍性をも感じさせる。

 先にも言ったように、彼の言葉は、野球や他のスポーツはもちろんとしても、どのような仕事であり、あるいは自己鍛錬を志す人にとっても素晴らしいヒントになる。
 しかも、これも先述したような多くの先人の言と違い、僕らが生きる今の時代の今の言葉でそれが語られているのだから。


 手にとってみようかと思う人の参考もかねて、とりわけ僕の好きな言葉のいくつかを紹介しておこうと思う。

 
  •  現役中に、過去のことを懐かしんではいけません。
     プロ入りしたとき、2000本打てるようになれよとスカウトの方に声をかけてもらったことを思い出しますが、今日のことは、日づけが変わるまでには終わりたいと思います。次の目標は、次のヒットです。
     (2004年、プロ通算2000本安打を達成したときの言葉)

  •  チームに乗せてもらうことはありますが、そういうときは少ないのです。チームの流れとは別のところで、自分をコントロールしてきたつもりです。
     勝てなければ意味がないということは絶対にありません。自分の成績がよければそれでいいというわけでもありません。どちらも別のものとしてとらえています。
     (2004年7月、チームの低迷と個人の打撃の関係についてきかれたときの言葉)

  •  毎年、気持ちも変わりますし、体も微妙に変わります。いいフォームが何年経ってもいいとは思いません。その時々の自分に合うフォームがかならずあるはずです。
     求めるのはフォームではなく技術です。技術をどれだけ磨くことができるか、どれだけ技術を完成できるかどうかが大事なのではないでしょうか。
     (2004年シーズン終了後の言葉)

  •  自分のやっていることは、理由があることでなくてはいけないと思っているし、自分の行動の意味を、必ず説明できる自信もあります。

  •  数字だけではなくて、野球がうまくなりたいんです。そういう実感が持てたらうれしいですね。これは数字には表しづらいことですし、ぼくだけが得る感覚ですから。そうやって前に進む気持ちがあれば、たのしみはいくらでもありますから。

  •  考える労力を惜しむと、前に進むことを止めてしまうことになります。
     ぼくは、次に起こることは何か、いま何をすればいいのか、いつも考えます。ムダというか、生かされないことの方が大いんですけどね。これからもムダなことをたくさん考えて、そこからあたらしい何かが見えてきたらうれしいです。

  •  選手である以上、プレッシャーは感じていたいと思います。プラスにするもマイナスにするも自分次第です。プレッシャーのない選手でいたいとは思いません。

  •  ムダなことを考えて、ムダなことをしないと、伸びません。

  •  常に、先のことを予測する習慣をつけることは、大事だと思います。
     その習慣が、一瞬の大事なときに生きます。ムダになるようなこともたくさんありますし、自分が絡んでいないプレイでたくさんの予測をしているとすごく疲れるのですが、自分が疲れるからといって投げ出してしまっていてはプレイヤーとしての能力も止めてしまいます。

  •  特別なことをするためには、ふだんの自分でいられることが大事です。
     たくさんの予測をすることを常にやって、それを『ふだんどおり』というふうにしていかなければ、特別なプレイというのはできません。特別なことをするために特別なことをするのではないのです。

  •  何かを達成した後は気持ちが抜けてしまうことが多いので、打った塁上では、「次の打席が大事だ」と思っていました。
    (2004年、日米通算2000本を達成した直後の言葉)

  •  ヒットを続けて打ったとしても、過去のものだとふりはらえれば、次の打席に集中していけますから。
     過去のいい打席をひきずっていると、ダメでもいいかという気持ちが生まれてしまうわけです。なかなかいい結果が出ないときも、表情や態度に出てしまうことはあると思います。そこをぐっと我慢をして、変わらない自分を作るべきです」と語ったときの言葉です。

  •  同じ練習をしていても、何を感じながらやっているかで、ぜんぜん結果は違ってくるわけです。
     同じ形を真似たとしても、そこで本人が何を感じながらやっているかというのが、結果に大きく関わってくるとは思います。

  •  満足の規準は、少なくとも、誰かに勝ったときではありません。自分が定めたものを達成したときに、出てくるものです。
    (2004年10月、大リーグ安打記録を達成したときの言葉)

  •  勝っているなかでも犯しているミス、防げるはずのミスを把握できているかなんです。勝ってしまうと、ミスは見逃されてしまうものですが、勝っているなかでそれに気づいているかどうかです。

  •  ぼくのいちばんの目標は「あれをやっておけばよかった」ということがないようにすることです。そこにはいつも手抜きがありません。

  •  やりたいと思うからプレッシャーがかかります。やれると思うからプレッシャーがかかります。

  •  自分の力を完全には発揮できない時は、それを相手に悟られないようにしないといけません。
     本来の自分でない状態にあると見せた時点で終わりです。

  •  安打にできるはずなのに、それを自分の主体によって凡打にしてしまっています。僕は極めて打ち損じが多いと思います。相手にやられるのではなくて、自分は捕らえられるのに、何かの狂いで凡打にしてしまっています。完全にやられていればあきらめもつくのですけれど。

  •  どうやってヒットを打ったのかが問題です。たまたま出たヒットでは、なにも得られません。

  •  自分の「形」っていうものを見つけてからは、練習をしなくても打つイメージができているから、打っている感覚を取り戻すのも早くなったのです。

  •  自分の「形」ができていない状態では、いろいろなことを感じられません。

  •  パワーは要らないと思います。それより大事なのは、自分の「形」を持っていないといけないということです。
     ウエイト・トレーニングをして体を大きくすることは、ぼくにとってはムダだと気づけたことはおおきかったです。

  •  世の中の常識を少しでも変えるということは、人間としての生き甲斐でもありますから。







posted by Shu UETA at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 武士道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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