2005年06月23日

コンフェデ終了:雑感


 サッカー、コンフェデ杯、実に無念。
 もちろん、ブラジル戦が非常な健闘であったから、その惜しさの故の無念ということ。そして、あの幻の1点目のことがあれば故のなおさらの残念でもある。
 もっとも、おそらく多くの人々と同様、1次敗退とはいえ、ブラジルとの善戦振りに、何かそこはかとなくまんざらでもない気持ちでもある。ようやく日本の今後が少し見えてきた心地も。

 ことさらコンフェデに限った話ではないが、少し日本代表のサッカーについて感じるところを少々。

 お気づきの人もいるだろうけれど、ここで僕がサッカーの話をするというのは珍しい。^^;)
 野球の話はしばしば、そしてシーズンであればアメフトの話はしても、サッカーの話はあまりしてこなかった。
 おそらくは熱心なプロ野球ファンであって、サッカーへの興味はいまひとつなのだろう、そう印象しておられる方もいるかもしれないが、さにあらず、もちろんサッカーも熱心に観戦している(もっとも日本チームについては国際大会のみだが)。

 しかし実は、サッカーというスポーツは(特にプロの)あまり好きでない面もあるのは事実。
 何がかというと、言葉は悪いかもしれないが、その「きたなさ」だ。^^;)

 サッカーファンの人は、聞き捨てならないと言うかもしれないが、しかし本当にサッカーをよく知る冷静なファンであれば、サッカーの小汚さ(失礼)は普通に承知しているのではないかとも思う。

 反則はその行為故にではなく、審判が見ているか見ていないかが選手の関心。つまり見ていなければok。
 いかに上手く敵に転ばされたように見せるかに汲々と。転げ回るが、審判が採らないとみるとしぶしぶ立ち上がる。
 普通に素直に育ってきた子供、人間であればサッカーというものを知るまでは素朴に「卑怯」と思われることでも、「これはうまいこと反則をとりましたっ」とアナウンサーも褒めたてる。
 ボールは相手に当てて外に出すのが定石。
 リードしていれば時間稼ぎも作戦のうち。

 まあ他にもいろいろあるが、とにかく、基本的には美学ということからは程遠い競技だ。^^;)

 こう書いてくると、ますます「こいつはしょせん野球派か」といった感はますますつのるところだが、実は僕は一応サッカー部出身であって小学校から地域のチームに。が、野球は遊びでしかやったことがない。^^;)
 なのでむしろ(特に自分がやるぶんには)サッカーにこそ余程の愛着がある。

 それでも、さっき書いたようなことは、(特にプロや世界のレベルになれば)見ての通り本当のことだ。

 しかしもちろん選手個々を非難しているのではなくて、そうしたことはサッカーという競技においてはやむを得ないことだと思っている。
 ある社会の人間の行動や価値観というものは、その社会のルールのあり方によって決まってくる。(正確には、個々人の単位では必ずしもそうではないが、大勢としてはそうなる)
 サッカーという競技の特質とルールの中では、プレーヤーの行動様式は自然にあのようにならざるを得ない。
 勝たねばならない(勝ちたい)以上、環境に適応しないわけにはいかない。
 かく言う僕だって、選手なり監督として参加すれば、当然そのように振る舞うことを避けるわけにはいかない。
 それは、例えていうならば、近代資本主義社会においては、それ以前の時代におけるある種の徳や美学が失われていくのと同じともいえる。

 そうしたことから、僕は「国会中継と同じくらい子供の教育に悪いスポーツだ」なんてことも冗談するのだが ^^;)、しかしそうした勝負に無関係の感想を別にすると、日本選手は海外チーム選手にくらべてまだまだこの種の「あくどさ」が足りない面もある。

 そして実はこの世は(少なくとも現時点では)、サッカーのフィールドのような場所であって、野球のグラウンドのような場所ではない(特に一歩海外に出ればなおさら)。
 だから、どのような分野であれ世界に出て海外の国々や人々としのぎを削るためには、本当はサッカーは子供の教育によいということも言える。^^;)
 政治においても、外交官や政治家は、サッカーのフィールドで闘えるような種類の強さとクレバーさがなくては話になるまい。大切なのは、それをしかしいかにスマートに行えるか、ということ。

 こうした複雑な心境を伴って観戦しているため、サッカーには他のスポーツほどに心からどっぷりとのめり込めていないというのが僕の様子。
 しかしながら、もちろん非常な関心と応援を向けてはいる。

 (ちなみに、今日のテーマではないので詳説しないが、今日の組織への参考ということでは、やはり野球などよりも、サッカーのような競技こそがさまざまに参考になる点が多いと思う。そうした意味でも、サッカーは素晴らしい研究対象たり得る。今日そして将来においては、野球のように厳密にfixされた役割や、一球一球指揮官の指示を仰げるような組織では戦えない時代になっている。監督としてサッカーチームをいかに強いチームにするかということは、大部分がほぼそのまま、あなたの組織を強くする方法にも応用できるはずだ。そうしたことに心当たりある立場にある人ならば、ぜひ今後そうした視点でサッカーを研究してみることをお薦めする。僕もいずれ記事で詳述してみたい。)

 さて、しかし今日の社会と同様、サッカーにおいても個人の単位で見ていけば、そうしたサッカー全体の傾向の中で、ある種の美学への意志を持っている選手もいる。わかりやすい例で言えば、中田英寿選手などはそうした面が実に強い。
 僕は自分がサッカーをやっていたころから、転んですぐに立たないやつは大嫌いだったので ^^;)、転んで審判に視線を送るあの眼差しを見ると虫酸が走るのだが、仮にこの点だけをもってしても中田英は大好きな選手だ。
 彼は転ばされて、そして本当にかなり痛くても、ボールとプレーから目を切らず、とにかくすぐに立ち上がり、もしくは立ち上がろうとして、立てるならば立ってから痛そうにしながらもプレーに目を向けている。

 僕は、この社会というフィールドにおいて、たとえば彼のようでありたいと思っている。もちろん、政治の世界においてであっても。むろん敗北しない範囲において、ではあろうけれど。


 さて、せっかくコンフェデを観たので、特にブラジルの良さから見習い得る点について少し考えてみた。
 もちろん、十分に拮抗した試合をしたのは事実であって、何でもかんでもブラジルが優れていてそれに引き換え日本は…なんて話をするつもりはない。
 しかし、相手の良い点は参考になり得る。まして日本と引き分けたとはいえブラジルは素晴らしい力を持っている。

 特に僕が着目してみたいと思ったのは、
 シュート力、スペース力、判断スピード、この三点。

 シュート力というのは、成功の確度と、撃つ数に分けられるだろうけれども、そしてそんなことは何もブラジルと比較するまでもなく選手誰しも認識していることだろうけれど、単に技術の問題のみではなく、シュートへの意志というものの強さ、これは多分にメンタルな分野だろうけれども、そこに日本チームはまだまだ伸びる余地があると思う。
 ちなみに、今回のギリシア戦、ブラジル戦においては、そうしたものが非常に高まってきたように感じる。かねてから僕は、ゴン中山が去って以来の日本代表FWに最も欠けるもののひとつにこの点を考えていた(一時は、レベルではFWよりもMFをFWに使った方がましではとすら ^^;) が、今年は目に見えて(FWに限らず)そうした意識が高まってきたように思う。


 スペース力、あるいはフリーになる力ということについても、ごくごく常識的な話であって真新しさはないかに見えるが、例えばブラジル選手のフリーになる力、フリーでパスを受ける力というのは大したものだ。

 そうした方法論のあくまで一つとして、アメフトのパスプレーを参考にしてみてはどうかと思う。
 アメフトではQBがパスを投げるわけだが、パスはレシーバーが居るところに投げるわけではない(いや、もちろん投げることもあるが)。そうしたプレーにおいては、パスのキャッチポイントに向かってレシーバーは走り込んでパスをとる。その際に、レシーバーはキャッチポイントに真っ直ぐ向かうのではなく、(実に多数の種類があるのだが)さまざまなマニューバーをとって、キャッチポイントでフリーになるように動く。

 サッカーにおいては、例えば攻撃起点がQBのようなものだ。

 サッカーの話でアメフトの話などをすると、いかにも安易な素人考えと感じる向きもあるかもしれないが、欧州のサッカーチームの監督には、NFLの試合をアメリカまで観戦しにいって研究している人も多いのだ。
 日本ではあまり意識されていないが、一般的には、スポーツの新しい戦術はすべてアメフトから流れてくるとも言われている。


 最後に、判断スピード、これはブラジルは本っ当に素晴らしいと思う。
 単に個人技術の次元でのドリブルやパスのタッチということではなく、例えば特に敵ゴール付近での判断スピードだ。

 これは、身体能力よりも思考能力に近いものだ。

 人間は周囲の状況を全て脳でキャッチし、判断し、行動に移すわけだが、このサイクルの速さが、その人間にとっての時間の流れを決定づける。
 つまりこのサイクルが相対的に速い人間Aと、相対的に遅い人間Bがいた場合、同じ時間の流れが、Aにとっては長く、Bにとっては短く感じられることになる。
 (もし知っているひとは、「サイボーグ009」の009と002の加速装置を想像してもらえばいい。あれは極端だが ^^;)

 これは、軍事において「IDAサイクル」と言われているものと同じだ。
 (IDA:information、decision、action 情報→意思決定→行動→情報→意思決定・・・)
 今日いわれるIT-RMAがもたらす最大の変化は、このIDAサイクルの高速化だ。したがって、RMA化が進んだ部隊とそうでない部隊が戦えば、後者は常に後手後手にまわることになり、その不利を跳ね返すことは非常に困難となる。
 (これについても、いずれ別に詳述してみたい)

 さて、人間個人の話にもどすと、この判断速度、IDAサイクルというものは、基本的にはいくらでも高めることができると思う。
 それは、とにかくスピードを意識することだ。平素の練習のときからだ。
 そのスピードというのは、慌てて動くということではない。動きの肉体的なスピードの問題ではなく(そこに意識を置くと、ただ慌ただしいドタバタした動きになるだけだ)、「脳」のほうの問題だ。

 いくらでも伸ばすことができると言ったが、IDAのうち、D→A(判断→行動)の部分についてはそうそう後天的に速めることはできない。
 着目するのは、I(情報=状況認識)→D(判断)の区間だ。ここは純粋に脳の働きであり、かつそれは意識的に磨くことが可能だ。

 例えば中田英が高校時代から既に独自の考えに基づいて、ただのパス練習においても、受ける前蹴る前に顔を振って周囲を確認するという練習をしていたのは有名だが、これも「I」の認識力を高め得るものだろうと思う。

 「D」においては、二つのアプローチがある。
 ひとつは、純粋に思考速度を高めることだ。これは、鍛えようとする人が少ないだけであって、鍛えれば確実に伸びる。
 いわば筋肉トレーニング同様(種類は異なるが)負荷によって伸びる。いままで10の時間で考えていたことを、8の時間で答えを出す、さらに7、6と。
 10かかっていたことを5の時間で決着できるようになれば、10の時間内に2つのことを検証することができるようになる。
 サッカーの場合には秒単位であろうし、仕事や勉強であればさらに分〜時単位になるだろうけれども、原理は同じだ。そしてこのことは大いに本人の意識に関わっている。(特に仕事や勉強方面でのことであれば、とにかく本を速く読むだけでも効果がある。「負荷」という以上、常に限界付近での負荷積み上げでなければならないが。最初は読み飛ばしや記憶違いが出ても構わない。)

 しかし、こと今サッカーでのプレーを前提にするならば、上記のアプローチは、具体的な努力の方向をイメージしにくい。
 そこでもうひとつは、判断パターンを数多く用意して、とっさに適切なものを取り出せるようにすること。つまりは、引き出しを増やすということだ。(常々引用するが、「大事の思案は軽く」ということとも似ている)
 おそらくは、見た印象からすると、ブラジル前線選手のIDAサイクルの速さも、この引き出しの多さに拠るところが大きいように思える。

 聞けば簡単だが、実際には、この「引き出しを増やす」ためには、ただ漫然と経験を積めばよいということではない。自分の関与した1プレー1プレーについて、さらには他人のプレー、他チームのプレーについても、1プレー1プレーを真剣に検討し、その「状況」と「判断」を頭にファイリングしていかなければならず、これにはきわめて強い意志が必要だ。


 あらかじめ表題にも「雑感」と断ったとおり ^^;)、きわめて雑多に思いつきを並べたような話になってしまったが、日本サッカーの前途は明るいと信じている。
 ジーコ監督は、ブラジルでもプロ化してからW杯獲得まで25年かかった、しかし日本はもっと短いかもしれないと言っているが、それはあながち夢想ではないと思う。

 最後に、あまり脚光を浴びていないが、つい先日、MBC国際ユース(U−13)大会で日本が優勝したのも明るい話題だ。イングランドにもブラジルにも圧勝しているのだ。

 楽しみにしていたい。^^)


posted by Shu UETA at 23:18| Comment(2) | TrackBack(2) | 千葉ロッテ/sports | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コンフェデ杯も(日本にとっては)終わって、ああやっとゆっくり眠れるとむしろ安堵したのですが、W杯予選のちんたらした試合運びとはこれが同じチームかと目を見張るほどの積極的なプレイ、なるほど中田英の言うメンタルってこういうことなんだろうかと素人考えながら少しだけ腑におちたのでした。
サッカーが教育的でない、というのもなるほどその通り、ボーイスカウト的にスポーツを見てしまうのが日本人の長所でもあり短所でもあるわけですが、どこまでフットボールマインドを我々が取り込むことが出来るか。これは外交においても、軍事においてもそうですね。
そういう意味ではフットボールマインドも教育的ではありますけど、初等教育的ではないですよね。
「兵は拙速を尊ぶ」よりも「急がば回れ」の方を日本人はより好んできたように思いますが、それではもう通じなくなってきています。
ユースではむかしから日本は案外いい成績を残してきていますけど、「拙速」という突き放した判断力が求められる場面ではどうもうまくいっていなかったんですが、この辺り、ジーコジャパンによって変わってゆくのでしょうか。
Posted by standpoint1989 at 2005年06月24日 08:31
> standpoint1989さん

> 拙速を尊ぶ

 ああっ、まさにそれでした!
 特にFWをはじめ日本の前線にいつも不満であったのは。
 相変わらず、さすが、ものごとの本質的なことを端的に指し示されますね… ^^)

 もちろんただ拙いことを願うわけではありませんが、「兵は…」と仰る通り、サッカーでは「巧遅」が意味をなさないほうが普通であり、逆に「拙速」の積み重ねが点に結びつくことが多いもので、とりわけ敵ゴール前で大切にいきすぎる傾向が日本代表には見られがちでしたから。

 今回は(推測に過ぎませんが)例のワントップ採用時に、中村も含め前線MFの意識転換に大きな影響があったのではないかと思います。
 (ちなみに僕個人は長い目で見れば中村はチームにあまり良い影響を与えないと思っているのですが…かつてのトルシェの判断を支持します。まあこれは別の話ですね)
Posted by Shu at 2005年06月25日 01:03
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●The match ended in a 2-2 draw
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