2005年06月12日

道州制におけるビジョン


 先日、第28次地方制度調査会専門小委員会の熊本での意見交換会の議事録が総務省のサイトにアップされたが 、参考人の一人、熊本日日新聞取締役編集局長の田川氏の述べている指摘意見にいたく同感だ。

 氏は5点に分けて意見しておられたが、僕が強く同感を感じたのは、道州制の構想におけるビジョンの欠落を指摘するものだ。

 (参考)
 第28次地方制度調査会議事要旨

 熊本意見交換会議事録

 議事の全文は、上記リンクで閲覧できるが、特に上述した田川氏の発言の該当部分を(前置き部分を付して)ここに紹介すると、

  田川でございます。きょうはよろしくお願いいたします。
 私は、ほとんど道州制の問題に限って、5点程度お話をしていきたいと思っております。
 まず1点目は、道州制の論議をなぜ地方制度調査会で行うのかという1点目。2点目は、道州制を導入するこの発想が逆ではないかと。加えて、連邦制を排除すべきではないというのが2点目です。3点目は、道州制論議で権限移譲あるいは財源の観点を主に論じられておりますけれども、どうすればそれぞれのブロックといいますか、州の産業育成ができるのかという観点がなかなか見えてこないと。4点目、国民的論議に展開していないと。5点目は、いきなり道州制あるいは連邦制ではなくて、これは知事も申されましたが、広域連合から入ったほうが現実的と。基本的には、道州制なり連邦制の賛成の立場で、あえてこういう提案を、あるいは疑問点を述べさせていただきたいと思っております。

  まず1点目の、道州制の論議をなぜ地方制度調査会でするのかという点です。皆様方、何を言っているのだという形で思っていらっしゃるかと思います。私は、今回のこの内閣総理大臣の諮問を読んでみました。地方制度調査会への諮問の内容ですけれども、道州制のあり方、大都市制度のあり方、その他最近の社会情勢の変化に対応した地方行財政制度の構造改革について、地方自治の一層の推進を図る観点から調査審議を進めるというふうにあります。
  しかし、この道州制というのは、明治以来続いてきました都道府県制を変える大改革であるということだと思いますね。同時に、国の役割を本来の外交とか防衛、安全保障、通商、年金とか、こういうのに重点化するというふうになっておりますけれども、もともとこの道州制論議こそが、この日本の新しい国のあり方そのものを変えようという大改革であるという認識になぜ立たないのかなという点です。それは私の勉強不足かもしれませんが、資料等いろいろ勉強しました結果、そういうところが何か欠けているような気がしてなりません。ゆえもって、どうして地方制度という形で限定するのかという点が、非常に疑問があります。地方制度に限定するという観点から見るがゆえに、国と地方の役割分担などの論議に終始されているのではないかと。この国をどういう国にするのかという非常に大切な部分が語られていないという構造になっているのではないかと思っております。



 これは僕などにしてみれば実に膝を打たずにはいられない正論だ。
 先に別件で書いた記事にも、国家像社会像のグランドデザインなくして個々の専門検討グループに思い思いの構想をさせる危険性を指摘したが、ここにおいても、田川氏の「道州制の論議をなぜ地方制度調査会でするのか」との問いは非常に核心をつく問いかけであると思う。

 実現への過程ではやがて地方制度調査会のようなものでの研究が必要だろうけれども、それはより上位のデザイン、田川氏の言葉によるなら「この国をどういう国にするのかという非常に大切な部分」が掲げられた後のことであるべきだ。

 そうした部分が前提されないままに行われる研究検討は、きわめて拡散した議論にならざるを得ないし、もしそれを避けようとすれば、地方制度調査会の構想が、将来国家像を規程するという本末転倒となりかねない。
 本末転倒というのはスジだけの話だが、実際には、一部特定分野における視点のみで全体を決定してしまうということは単に物事のスジの問題だけではなく、後々大きな危険を孕む問題だ。

 もっとも、そうしたことは諮問を行う側の問題であって、ここまで真摯に研究を続けてきている調査会メンバーの方々にしてみれば、いまさら横やりを入れられるような、田川氏のそれは意見ではあるが(そして故におそらく聞き流されることだろうが ^^;)、近頃万事につけあまりにもそうしたスジが疎かにされているのではないだろうか。

 僕は基本的に毎日、各省庁サイトの更新資料は全て目を通すように努めているが、当たり前ながら、日々、実に多くのさまざまな作業がさまざまな次元で行われており、ざっと斜め読みするだけでも、日によっては相当の時間を要する。(余談だが、未だに更新情報のメールなどを配信していない省がわずかにある。実に不便… --;)
 各担当大臣であってもそれらすべてを監督することは不可能だろう。まして総理大臣はなおのことだ。マスコミも、ニュースにするのは、日々行われ発表もされているそれらの活動のごくごく一部でしかない。
 そうした個々の構想、活動を括るような、統制するような何らかの基本理念がなければ、全体で見たときにそうした活動は非常に効率を欠きもし、また、「この国の行方を決めているのは誰なのか、どこなのか?」という混沌としたものとなり、政策、国のビジョンは、個々のプレーヤーの思い思いの行動の結果としての、複雑系予測の対象になってしまう。^^;)

 会社組織や軍隊組織においては、指揮系統が明確に組織を通っており、また価値観や理念の共有ということが相当に実現されているが、政府については、このあたりが実に覚束ないところがある。
 会社や軍隊においても、取締役や将官が、組織各部の行動を逐一直接に監督し、指示を与えるということはないし不可能でもあるが、しかし、「何を目的とするのか」「何を目指すのか」「どのような理念を追求するのか」ということが示されており、かつその枠組みの中で、各部門ごとに業務であり任務が付与されているものだ。

 会社でいうところの取締役は、政治においては国民であるべきだが、つまりは国民の意思を代表すべき政治家(代議士)がその任にあるといえる。

 今回の意見交換会における田川氏の指摘は、最早ことがここに至っては指摘されたとてどうしようもない性格のものではあるが、重く受け止めるべき何ものかを含んでいると思う。
 故に、紹介まで。




 ところで話をかえて、
 道州制もしくは連邦制について、僕も個人的に研究はしているが、やはり地方制度というよりは、日本の政治機構改革として考えている。

 まだ発表できる段階にないが、(時間も不足、早く専従スタッフを雇いたい ^^;)
 イメージとしては、「州(仮称、今日研究される「広域圏」に相当)政府」とその内部の「市庁」を政治の基本単位とし、各地方行政においてはむろんのことだが、国の行政機構についても、これら州政府、市等が職掌に就く(固定ではない)というもの。
 中途半端な説明は誤解のもとだが、例えば江戸幕府のシステムにおいて幕閣枢要のポストは大名をもって任じていたような。(例えというほどの適切な例えではないので、あまりここを深く考えないでください ^^;)
 かつ、雛形としてやがては国際連邦的制度にも敷衍し得るものを考えている。

 きわめて斬新性が高く他の類似も無いため、説明するとなれば相当慎重かつ詳細に述べる必要があり、今しばらく時間をかけ、さらに研究を進めてから紹介してみたいと思う。

 いずれにせよ、僕の個人的研究などはおいておいて、例えば「改憲が必要になるから連邦制は想定外」というような中途半端な姿勢で、かつ地方制度に限定した視点での、しかもビジョンなくして一調査会に構想を委ねるような、そうした態度ではなく、目下の政府こそ、大きな国家像、ビジョンを示して改革に臨むべきではないだろうかと思う。
 タイミング的に僕が間に合うならば、僕のビジョンとプランを将来世に問いたいものと思っている。^^)


posted by Shu UETA at 13:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 天下-vision・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ボトムアップでやれるところまでやって、少しまとまってから方針を出すというつもりではないかと思うのです。

政府: 「小さな政府めざします。つきましては丸投げするのでよろしく」
自治体:「まるなげするなー。こっちはヒモがついてない財源が欲しいだけだ」

てな感じでしょうか。財政の問題から出発して、つまり自治体に財源をわたすということはイコール権限の委譲も行うということで、じゃあ道州制ねってことになってきたのではないかなと思います。グランドデザインなど無いのでしょう。これは僕の印象ですが(^^;

一応、知事会の資料を読んだりすると、「道州制は、国のあり方を変えることと同じであることをを十分に認識する必要がある」(うろ覚え)というぐらいの認識はあるようですが、実際に道内でも市町村長レベルになると、冷たい反応が多いようです。というのは、これも国と同じで、北海道の将来像がなにも見えてこないから、というか示されていないからなんだと思います(おそらく北海道はモデルとして道州制特区になるでしょう。区域が広がらない北海道にしてもこの状態ですので、県合併などが発生して区域が広がるようなところは大変でしょうね)

ボトムアップでやるということであれば、都道府県制において問題があって、その問題ひとつひとつを是々非々で解決するか、あるいはそれではダメだから、その先に道州制というオプションも考えよう、というのが自然な流れだと思います。道州制にするから、まずはメリット・デメリットから考えましょう、みたいな今の動きは変だな、という気がします。どうしてもやりたければ広域連合や連携にてテストしてみるという方法はあると思うのですが。

道州制そのものに関しては、僕自身は“現状”では反対です。以前、こちらでも話題になっていたと思いますが、教育など好き勝手に特色を出されても困りますし、日本として外交や防衛、教育等を含めた確固たる将来像が無いのに、大胆な分権が行われることは危険ですから。
Posted by toybox at 2005年06月13日 14:43
> toyboxさん

 たしかに北海道の様子には注目が集まっているところですね。遠く外から見ていると、なかなか北海道では盛り上がっているのかと思っていましたが、道より下のレベルではやはりそうでもないのですね ^^;)

 僕は、実は組織の意志決定におけるボトムアップ的なものはわりと評価するほうなのですが、組織全体に関わる問題であるにもかかわらず特定セクション系統あるいは分野系統での限定された視野で行われるものには、指導方針なり指針が示されていなければ、有意義なものにはならないと思っています。

 組織全体に関わる構想等については、やはりボトムアップにしても横断的な参加によるものでなければ。(会社等であれば横断的プロジェクトチーム的なもので行われるように)
 そうでなければ、方針が示されていなければ、と。

 道州制とはいっても、地方と中央のとらえ方、希望の持ち方にはかなりの温度差があるようですが、中央(国)が考えているものは、省庁の地方事務のようなものを地方に移す程度の認識しかないようにも思えますね。
 であれば、早い時期から連邦制が排除されつつあるのも当然ですね。

 もしいずれ道州制が具体的になってきた場合、仰るとおり、分権のありかたは非常に重要なポイントになりますね、文字通りその後の国家のあり方を左右するような。
 相当に慎重に、将来に対して想像力を働かせながら考えなければならないと思います。

 以前話題になった通り、教育にしても同感ですが、要は、地方自治法の1条の2の2項(参考 http://www.houko.com/00/01/S22/067.HTM#s1)における「国家が果たすべき役割」の考え方でしょうね。
 僕の考えでは、国民の基礎教育は、国家における(広義の)安全保障のひとつであって、住民自治に属する問題とは思えません。
 教育以外にも、このあたりの線引きが、たいへん重要なポイントになると思います。
Posted by Shu at 2005年06月13日 16:40
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