2004年08月09日

外交問題としての靖国参拝問題抜本的解決の必要性


 さきのサッカーアジアカップにおける中国人ファンの姿勢が物議をかもしたところだが、大会後においても、中国では、小泉首相の靖国参拝をこそ原因と主張する記事が出ている。

 記事には、「ファンの叫び声を無礼と言うが、小泉首相が靖国神社のA級戦犯に頭を下げる時、中国の国民が叫び声を上げているのを知らないのだろうか」とあるが、少なくとも一般国民のレベルで、「A級戦犯に頭を下げる」という認識が普遍的にあることは事実なのだろうと思う。

 この問題は、そう根の古いものではなく、中曽根内閣の頃から先鋭化してきた問題だが、果たして、これまで政治家はどのように中国政府に説明してきたのだろうか。

 個人的に、靖国参拝問題に関して繰り返される過剰な反応は、基本的に内政干渉以外の何物でもないと思うが、しかし、これが多分に人間の感情に根ざす問題であることと、中国の態度の当否は別として外交上の重大な問題であることは事実であり、放置しておくことはできない。

 解決するために、どのような方策が考えられているだろうか。態度は次のようなものしか現在のところ見えないように思える。
  • 放置:内政干渉は不当。しかし参拝方法は遠慮がちに。
  • 戦犯を分祀すれば中国の意向に沿うものと考え方法模索

 前者は基本的に解決「策」とはなっていない。
 後者は、単なる妥協であり、昭和28年の国会議決を後世勝手に無視したものであり国政上のすじが通らない。(わが国に「戦犯」なる者など存在しないはず)

 今日の政治は、万事につき、手練手管による猪口才なその場しのぎを好むが、この外交問題としての(宗教上の問題については今回は措く)靖国参拝に関しても、正面から抜本的に取り組むべきではないだろうか。まずは中国政府にしっかり向き合い、両国間の認識の相違点をよく了解し、真摯に説明するべきである。中国側も既に数年にわたりここまで振り上げた拳を、何の外交イベントもなく下ろせようはずもない。

 中国にしてみれば、内容に関わりなく日本非難のネタを持っておくことは、政略上の必要もあることで、真摯な説明を受けたからといって必ず納得するわけでもないが、少なくとも手練手管はそれからの話だろう。

 僕は、中国政府にいちど次のような提案を行いたいと思う。
  1.  わが国要人の靖国参拝あるいはさまざまな発言により貴国民が度々非常な不快感を覚え、それに伴う貴国の発言、国民の態度等にみられる過剰な反日姿勢により、また我が国民に反中的感情が芽生えるという今日の悪循環は、近隣親しい両国にとっても、また今日両国が占める国際的地位に照らし、国際社会のためにも、誠に憂慮すべき状況である。

  2.  上記のような意志の不疎通が起こる主たる原因は、極東軍事裁判及び「戦争犯罪人」なるものに対する貴国とわが国との間の認識の相違と、また、当時のわが国が戦争行為に至った主たる動機に関する見解の相違にあると思われ、これらに関し、貴国が常々言う過去の歴史の反省に立って、両国間で認識をともにしたいと考える。

  3.  貴国もご承知の通り、軍事裁判とは戦争行為の一環であり、わが国は、国際的通念に従って、講和条約締結による戦争行為の終了とともに、当該条約に約された手続きに則り、関係国了解のもと、当該軍事法廷により裁かれた戦犯について赦免手続きを行い、国内においてそれらの罪を認めないとの国会決議をしており、わが国に戦犯者なる者は存在しない。

  4.  極東軍事裁判による戦犯者は、当時被害に遭った貴国民と同じく、戦争の犠牲者であったと考えている。(例えば「中国侵略の罪」により処刑されたA級戦犯者土肥原賢二は、命令を受けた一指揮官に過ぎず、やはりA級戦犯として絞首刑に処せられた広田弘毅元首相は、終始戦争回避に尽くした人物である。)

  5.  それらの責任は当時の日本人全体の責任であると考え、その反省を込め、二度とあのような悲劇を起こすまいと、当時被害に遭った諸外国に誓うと同様に、国家の犠牲となった英霊たちにも日々誓っているところであり、靖国神社は、わが国を代表するそのような施設となっている。

  6.  ところで、かの極東軍事裁判には貴国からの代表者が招かれていない(中華民国からは梅汝敖氏が参加)。上記のようなわが国の認識と貴国の認識の溝を埋め、両国の相互理解と友好を深めるべく、また人類共通の反省材料として、日中両国共同の学術会議を設け極東軍事裁判の研究再評価を提案したい。

  7.  併せて、われわれ日中を含むアジア諸国が、国際社会の中で当時いかに不当な扱いを受け、どのような苦境に陥っていたかを両国民が認識し、今後は将来に向け、手を取り合ってアジアと世界の平和安定に寄与するための資としたい。

  8.  わが国は、戦時中において現在の中国地域をはじめとするアジア諸国に被らせた苦痛について些かもこれを肯定するものではなく、二度とそのような事を行うまいという決心を、戦後日々新たにしているところであり、それが靖国参拝などと何ら矛盾する感情ではないことを、上記活動によって明らかになることを願うものである。

また、非公式的なコメントとして、
  • 貴国との友好親善が深まれば、東アジア地域ひいては国際社会の平和と安定に対し、より一層貴国との協力関係において当たっていけるものと考え、またその用意がある
  • 成果を踏まえ、友好シンボルとして日中共同製作映画なども

 もちろん外交である以上タイミングは必要で、概ね、次のいずれかを満たすようなタイミングが必要と思う。
  • 反日感情の行き過ぎに中国政府が手を焼くような事態
  • 中国の政局あるいは国民に反米気運の芽、あるいは高まりが見られる状況
  • 江沢民氏の失脚もしくは引退

※極東軍事裁判自体をあまり知らない人のための参考資料等については別記事にて投稿する。


posted by Shu UETA at 20:10| Comment(5) | TrackBack(2) | 天下-政策等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TBさせていただきました。平和のために自分たちでできることも模索しているグループです。
興味を持っていただければさいわいです。
Posted by はせやまん at 2004年09月06日 05:40
> はせやまんさん

 はじめまして。
 せっかくのお誘いにより、貴ページ拝見しました。
 過去のご活動記録等より察せられるご活動主旨に照らし、私のblogにT/Bいただくとは正直些か驚きました。^^)
 一視点に偏らない姿勢を志しておられるなら、感服します。今後とも、意見交換などできたら幸いです。
 (ご活動でのテーマ、講者等はやや偏しておられるようですね ^^;)
Posted by Shu UETA at 2004年09月06日 10:05
初めて書き込みます。
 外国の総理への個人攻撃に共感して総理を攻め立てるなど。世界中の物笑いの種。
 中国や韓国の言いなりでは、国ではなくて、属国も同じ。
 ここで言いなりになったら、他の国も先進国の日本を思い通りに出来ると思って無理難題を言ってくると思われる。
 当然、中国、韓国、マスコミも騒ぎ始める。
 日本外交は、腰砕けの負け犬。
 無視するのが一番。
Posted by 月夜裏 野々香 at 2006年01月18日 05:45
 はじめましてっ

> 外国の総理への個人攻撃に共感して総理を攻め立てる

 いわゆる(語弊は承知ですが)反日的思想などと揶揄される勢力とは別に(もちろんそれもさることながら)、
 特に政治の場においては、民主主義にとりわけついてまわる「足の引っ張り合い」という力学もあるのでしょうね。
 何であれ他者の足を引っ張る材料に常時虎視眈々という世界ですから。

 いずれにせよ、そうしたことも含め、何かと複合的に厄介な問題ですね。

 国内はともかくただし中国に関しては、仰る通り、こちらがいちいちとりあうが故に、よりいっそう格好のカードとして使ってくるということはあると思います。
 きわめて現実的な彼ら中国の外交というものは伝統的に、相手が強い態度に出ればあっさりそのカードは捨てるということが常ですから。

 まだまだ悶着はありそうですね。もとより国内国外からの挟み撃ちですし。--;)

 無視し通すだけのブレのなさも当面期待できそうにないですし、ならば…と、なにか各陣営それぞれに対して一定程度耳を傾けさせ得る策を考え中です。
Posted by Shu UETA at 2006年01月19日 21:52
人間、無視されるのが一番辛いものです。
存在そのものを否定されるということですから。
国家も同じだと思います。
ですが、どうしても何かやりたいのであれば・・・
日本が、韓国防衛に関与しないという声が強くなれば、相当。こたえるはずです。
アメリカは、慌てる。
中国と北朝鮮は内心、喜ぶでしょうか。
たぶん、何も出来ませんが静観するでしょう。
Posted by 月夜裏 野々香 at 2006年01月22日 06:38
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

中国と日本の足跡を辿るトークライブ開催のお知らせ
Excerpt: 『過去に何があったのか、ぼくらは、どうしても見たいんだ』 〓今、語りたい、中国
Weblog: 平和のために「もっと知り隊」!
Tracked: 2004-09-06 05:38

広田弘毅
Excerpt: 広田弘毅広田 弘毅(廣田 弘毅)(ひろた こうき、1878年(明治11年)2月14日 - 1948年(昭和23年)12月23日)は日本の外交官、政治家。第32代内閣..
Weblog: あすかのblog
Tracked: 2007-08-15 08:45
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。