2004年08月08日

義務教育6・3制を弾力化、地域の裁量認める 文科相案

義務教育6・3制を弾力化、地域の裁量認める 文科相案
  • 文科相は義務教育6・3制を市町村が独自に変更できるようにすることなどを盛り込んだ義務教育制度改革案をまとめた。
  • 国が制度を支える原則を変えないまま、地方ができるだけ自由に学校教育に取り組めるようにするのが目的。
  • 教員免許の「更新制」導入など、学校への信頼回復に向けた施策も盛り込んだ
  • 近年、不登校やいじめなどの問題行動が中学校に入ると急増することから6・3制は現代の子どもの心や体の発達度に合っていないといった声が出ていた
  • 一定期間ごとに教員の適性を見極める免許更新制には、授業や指導をする力に乏しい教員を減らし、学校の信頼回復に大きな効果があると期待
  • 教員の資質を高めるため、教員養成の専門職大学院を創設することを検討

<改革案の概要>
  • 9年で身につけるべき資質や能力の到達目標の明確化
  • 市町村が6・3制小中学校の区分を柔軟に決定
  • 教員養成のための専門職大学院の設置
  • 教員免許に有効期限を設けて更新制を導入
  • 保護者や住民が学校運営に参加する「学校評議員」「学校運営協議会」の全国的な設置促進
  • 教員人事や学級編成の権限を都道府県から市町村、学校に移譲
  • 機会均等、水準確保、無償制という義務教育の根幹は国が守り、国が示す基準は必要最低限にとどめる


 義務教育9年間の割り振り方やクラス編成基準の権限を市町村に移すことについては、特に賛成するほどの理由も反対するほどの理由もない。
 ただし、記事にあるような、いじめ等の問題が中学入学後に多発することと6・3制の関連などは無いと思う。児童生徒の心身の発達の過程で、より顕在化、悪質化しやすい時期がちょうど現行の中学入学後にあたるだけで、小中学校の切れ目をずらしたところで、そうした事態が無くなるわけではあるまい。
 教育に対する各地域での参画意識を高めること、またさまざまな自由な取り組みの中で、種々の方法論が実証され、地域相互に影響、淘汰されていく可能性については、有意義な面があるかもしれない。

 教師の資質という点については、難しい問題であるが、専門職大学院や免許更新制などは、ほとんど何の効果もあるまいと思われる。
 教育科目に関する学力の不足などはあり得ない(はず)であり、単にテクニカルな意味での教育技術なら大学の教職課程で十分対応可能であるし、そうあるべきだ。
 児童心理をはじめとする事項等や指導力といった点は、ある程度学ぶことはできても(現行の大学で十分)、それ以上については本や教育で学問的に学べることというよりは、当人の人格、人間力の問題である。
 これは当人の素質の問題もあるが、仮に図抜けて素質が高くなくとも、通常ならば社会の中でさまざまな経験により磨かれていくものである。しかし一般に教師にはこうした経験を積む機会が乏しく(教師のせいではないが)、世情にも無知であることが多くなりがちである。
 私はこの点を最も重視しているので、「徴師制(仮)」なるものにより、実社会から学校への環流をつくりたいと考えている。(「徴師制(仮)」については、近日中に政策案投稿予定)

 保護者や住民が学校運営に参加するという「学校評議員」や「学校運営協議会」の全国的な設置促進という点については、地域独自性を反映するということなのだろうが、最初の項に述べたように、地域全体での教育参画意識の向上、地域相互間での影響、手法の淘汰という点では良いのかもしれないが、日教組はもちろん、極端な左派グループ、プロ市民団体等の介入単位を無数に近く増やし、これらとの議論、摩擦、混乱を微少単位で全国に拡げる怖れがある。怖れというよりは、ほぼ間違いなかろう。
 文科省は、学力到達目標等については最低限の基準を設けることとしているが、果たして、学力以外の点についてのnational minimumについてどう考えているかが疑問である。この点を堅固に考えているのなら特に反対する理由はない。

 いずれにせよ、今回の案は、まだこれから検討、具体化を進めていく段階であり、行方を見守りたい。


posted by Shu UETA at 19:06| Comment(4) | TrackBack(0) | 天下-教育・科学・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
教師への適性というのは厳然として存在すると思います。あこがれだけではできない仕事だし、公務員という身分的な魅力のためにやる仕事であってはならないはずです。私の個人的な意見としては、教師は全員非常勤でいいんじゃないかと思います。給与や待遇で不満があっても、教師の非常勤は十分人が集められています。自分が教師として適性や自信がなくとも身分的安定からしがみつくというのは問題でしょう。全員アルバイト化すれば人材も否応なく流動的になるでしょうし、教育の世界はもっと社会経験のある人間の出入りが多い方がいいと思います。その中で、本当に適した人だけが残ればいいのではないでしょうか。
Posted by spice boy at 2004年08月08日 20:46
> spice boyさん
 なるほど、非常勤講師の需給状況はひとつの資料になるかも…ちょっと調べてみます。

> 自分が教師として適性や自信がなくとも身分的安定からしがみつくというのは問題でしょう

 たしかに。
 僕の場合、考え始めたそもそもは、大学の頃、周りで教師になるという人たちの動機や雰囲気を苦々しく眺めていたころに遡ります。^^;)
Posted by Shu at 2004年08月08日 22:20
すみません、非常勤講師の雇用状況については東京学芸大学の教職志望の学生達が話していた情報にすぎないので、根拠としては正確さを欠きます。ただ、教職志望の学生が就職浪人としてあぶれている以上、供給については過剰にあると思います。私としては現在の教職志望の学生はしっかりした人が多いと思いますよ。
Posted by spice boy at 2004年08月08日 23:20
了解ですっ
僕の頃はまだバブル末期でしたしね ^^;)
Posted by Shu at 2004年08月08日 23:41
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