2004年08月02日

(名将言行録) 天才生む土壌

第3号で、北条早雲の神仏尊崇の訓示がありましたが、それで思い浮かべた文章があります。

 これは、平成14年7月10日の産経新聞「正論」欄に寄稿された、藤原正彦氏(お茶の水女子大教授)の文です。


「天才生む土壌失いつつある日本」

 南インドのチェンナイ(旧マドラス)から南へ250キロほどの所に、クンバコナムという小さな町がある。数年前に私がこの町を訪れたのは、ここが天才数学者ラマヌジャンの故郷だったからである。
 高卒のラマヌジャンは、「夢の中で女神ナーマギリが教えてくれる」と言って、次々に何千もの定理や公式を発見した。ついには宗主国イギリスのケンブリッジ大学に招聘され、第一次大戦下の当地でいくつもの画期的論文を発表した。彼は発見した定理の証明を書かなかったから、彼の死後、多くの人々がそれに取り組み、1997年になってやっと半数強の証明が完成し、五巻本として刊行された。
 クンバコナム出身の天才は実はラマヌジャンだけではない。ラマン効果でノーベル物理学賞に輝いたラマンや、20世紀を代表する天体物理学者のチャンドラセカールなども、すぐ近郊の出である。
 天才というものは世界のどこにでも出現するものではない。特定の地域に偏っている。クンバコナムはその著しい例である。私は天才たちの生まれ育った土地を調べるため十数カ国を訪れたが、そこには共通の土壌があるように思えた。
 第一は自分を超えた大いなるものに対しての「ひざまずく心」である。クンバコナム辺りはインドの他の地域に比べ、バラモンの人口比率が高い。バラモンとは二千年来、司祭、サンスクリット学者、托鉢僧といった職業についてきた人々で、先ほどの天才三人もそうである。彼らはヒンドゥーの幾多の仕来りや戒律に従い神々にひざまづくことを、幼少時から貫いている。幼い頃からラーマーヤナやマハーバーラタといったヒンドゥーの大叙事詩を、親から読み聞かされ暗唱させられ、神への尊崇を教えられている。
 第二は、「精神性を尊ぶ」である。彼らは質素な生活の中、サンスクリットをはじめとする学問などへの憧れを強く抱いている。ラマヌジャンの両親も、朝食を抜かしたり近所から米を恵んでもらうという極貧の中で、いい年をして働きもせず、生活の糧どころか将来の希望にもつながらない数学にふける彼を、何年間も温かく見守っていたのである。
 第三は「美の存在とそれを尊ぶ伝統」である。インドはお世辞にも美しいと言えない所だが、この地方は例外である。ここは10世紀後半から3世紀間、チョーラ王朝が栄えた地帯で、美しい寺院が数え切れないほどある。富裕なチョーラの王様たちが競うように建築したから、クンバコナムだけで18もある。近くのタンジャブールで見たブリハディシュワラ寺院は、息をのむほど壮麗なものだった。ラマヌジャンの公式群は「この世のものと思われぬほど美しい」とケンブリッジで評されたが、この寺院に備わる美と調和は、私にとってまさにラマヌジャンの公式を思い起こさせるものだった。

 天才を輩出する地域は、南インドに限らず、大体この三つの条件を満たしている。イギリスは、シェイクスピア、ニュートン、ダーウィン、ケインズを挙げるまでもなく、戦後だけで40以上のノーベル賞を出した地である。
 ここには古くからの仕来りや伝統に「ひざまづく心」、紳士道からくるのであろう、金銭を低く「精神性を高く見る」、という価値観、そして絵のように「美しい自然」がある。たしかに三条件を満たしている。
 日本も独創の国である。文学においては紫式部や芭蕉をはじめ大天才が目白押しである。芸術においても東大寺四天王像の作者である国中連公麻呂とか運慶、快慶など天才がひしめいている。数学に目を転ずれば、江戸時代の関孝和、建部賢弘から現代に至るまで世界的天才に事欠かない。この日本には自然や神仏に「ひざまづく心」があった。金銭を低く、名誉や「もののあはれ」などを高く見る「精神性」もあった。四季に恵まれた「美しく繊細な自然」と、それに対する世界でも図抜けた感受性があった。三条件を満たしていた。
 天才とは普遍的価値である。普遍的価値を生む国だけが、風格ある国として尊敬される。近年我が国では経済至上主義のもと、役に立たないことを尊ぶ心が稀薄となりつつある。天才を生む土壌が急速に失われつつある。イギリスは一世紀以上にわたる経済斜陽を経てなお風格を保っている。我々もまた、一世紀の経済不況を覚悟してでも、先人の築きあげた風格ある国家を守り抜かねばならないと思われる。



posted by Shu UETA at 21:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 名将言行録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「天才生む土壌失いつつある日本」
いい文章ですね!納得するものがあります。

故か「米百票」の話を思い出した。当時の武士の生き方を説いた戯曲らしいのですが・・・。
やっぱ精神かなと・・。
Posted by 「ダ・ヴィンチ」よりも「天使と悪魔」 at 2004年08月08日 14:59
 米百俵の話は知ってたけど、戯曲になってるとは知りませんでした。
 ちなみに、やはり「天使と悪魔」のほうが面白いのかな。
 「ダ・ヴィンチ・コード」もまだこれから。読んだらまたコメントします。
Posted by Shu at 2004年08月08日 17:57
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