2004年08月02日

日本の低投票率「主要国並み」 義務化には異論も

日本の低投票率「主要国並み」 義務化には異論も


  • 国政選挙低投票率が続いているといわれ、先の参院選でも56.57%(選挙区)
  • だが諸外国と比較すると投票率は“主要国並み”
  • 02年の米上下両院選の投票率は39.3%
  • 投票率低下傾向の英仏加韓では、直近国政選挙投票率は60%前後
  • 投票を「義務」と定め罰則を設けている国では投票率も70-90%台と極めて高い。
  • 日本でも民主党の菅直人氏が義務投票制を口にしたことがある
  • 義務化してまで投票率を引き上げるべきかどうかをめぐっては議論が分かれる。


 ニュース記事中において山田助教授が、
 「高ければいいというものではない。縁故などで投票される農村部での選挙を考えると、投票率が高い地域だからといって民主的で理想的な選挙が行われていると言い切れない。低投票率というのは一つのシグナルとして、政治について考えるきっかけになる。義務投票制ではその機能が弱くなる」
 と述べているが、シグナルとしての低投票率ということは考えねばならないと思う。

 選挙のたびに、特に野党代議士諸氏は、低投票率を仇のように言うことが多いが、そもそもそれ自体が、国民の意思表明のひとつであるのであって、自分に票を入れてくれないことを非難するのに似た発言だと思ってほしい。

 たしかに国民的な国政への無関心ムードは看過してはならないが、しかし、政治の質そのもので雰囲気を改めていかねばならない。
 人々の中には、なるほど全く何ら関心を持たず投票に赴かない人もいるが、しかしなお、どう考えても投票したい対象がないという状況で、結局行かなかった、という人が多くいる。
 そのような人々に常々私は、それでいい、と言っている。それ自体が重大なシグナルとなるのだから、と。
 真に関心があるテーマが争われ、また、期待できる政党なり個人がいれば投票には行くものだ。

 また、いずれにせよ選挙権を義務とするのは、おかしな議論だと思う。まして、オーストラリアのように罰則を罰金にするなど、本来の目的を履き違えた言語道断の制度だと思う。

 シンガポールは、罰則として選挙人名簿からの抹消としているようだが、私は一歩進めて、前向きな意味での制限選挙というものを研究している。

 現在はもちろん普通選挙で、成人国民に等しく選挙権が与えられているが、これを改め、選挙権を申請した者に対して付与するようにしたらどうか。

 本来、権利に義務はつきものであるはずだが、現在の選挙権にいかなる義務が伴うのか?(昔の制限選挙は悪そのもののように言われるが、納税を通しての国家経営参加等の責任と引き替えであった点では余程真っ当な考え方であったかもしれない)

 ただし往時の制限選挙とは異なり、誰でも申請すれば選挙権を得られることとし、しかし選挙権保有者は行政へのボランティア参加(裁判員制度や私の提唱する徴師制度、その他、林野庁なら森林保全のボランティア作業など各分野行政上の各種サービス)及び定期的な政策問題講習会への参加を義務づけ、
 しかし併せて、何らかの行政上の優待権を付与し、行政報告資料を定期的に受け取ることとする、など。

 上記はイメージを伝えるための例え話であって、現時点でまだ具体的に構想を持っているわけではないが、問題は、選挙権希望率が成人国民総数の70%程度を期待し得るような条件設定であろうと思う。(困難な目標だ ^^;)

 さらにこれより踏み込んだ構想も温めているが、いずれ機会があれば稿をあらためて述べてみたい。


posted by Shu UETA at 15:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 天下-vision・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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