2005年05月10日

第二次世界大戦という用語


 ロシアによる「第二次世界大戦勝利60周年祝賀式典」が無事閉幕したようだ。

 ロシアが「対独戦」と言わず「第二次世界大戦」などと一括するのは不愉快極まりないが、欧州人も、知識は別としても感覚としては欧州の戦争をもって第二次世界大戦との印象を強く持っているだろう。

 このあたりのことから、第二次世界大戦という用語について、少し考えてみた。

 まず、第二次大戦とはいっても、ロシアにとってみれば(当時ソ連としての)対独戦と対日戦でしかあるまい。
 しかも、対日戦についてはよく知られる通り、ロシアの領土欲による不法な侵略戦争以外のなにものでもない。
 日ソ中立条約の不履行を言うまでもなく、連合国側の共同宣言においてロシアは大西洋憲章の義務(領土不拡大)を受諾し、また日本の固有領土の保証を謳ったカイロ宣言をも受諾しながら、そのいずれをも平気で無視して日本に侵攻、今日も千島列島において不法占領を続けている。さらには北海道の割譲を米国に掛け合ったのも有名な話だ(米国はこれを拒否)。
 先日7日の産経新聞への伊藤憲一氏の寄稿であらためて思い起こされたが、氏の指摘するとおり、第二次大戦で領土を拡大した戦勝国はただロシアだけなのだ。

 対独戦であれ対日戦であれ、またそれらを第二次大戦と言おうとも、ロシア(ソ連)がそれに勝利したのは事実であるが、上述のような対日戦の状況からすると、プーチン大統領が豪語してはばからない「ファシズムとの戦いの勝利」とは、その後もある意味ファシズム以上の恐怖体制を続けたソ連を思い合わさずとも、その厚顔ぶりにはあらためて感心する。
 しかも我が国首相はいそいそとお祝い言上に馳せ参じている。

 第一次の大戦後の苦境において、経済、資源その他の事情はあろうとも、ナチス・ドイツの周辺国への侵攻は、ざっくり言えば領土欲による侵略戦争であり、周辺国の戦争とは、それに対する防衛戦争であったろうし、それはソ連にとっても同様だった。
 ファシズムを打破するなどというような美しい正義の戦争ではなく、ただそこには脅威と防衛があったに過ぎない。
 ましてソ連は現に独ソ不可侵条約を、プーチン大統領の言うファシズムであるナチスとの間で締結しているではないか。(後に破られたが)

 それを今日においてさも「民主主義とファシズムの戦い」であったと美称して悦にいるさまを、厚顔であると言うわけだ。ソ連は勝ち馬に乗ったに過ぎない。
 まして対日参戦にいたっては、逆に、勝ち馬に乗り得たことを利用して、今度は自らの領土欲で日本を侵攻している。その後のシベリア抑留も含め、日本からすればむしろ当時のソビエトこそが、国際社会として許すべからざる全体主義的侵略国家である。

 しかし冒頭述べたように、欧州人の感覚としてはやはり大戦とは欧州大戦であったのであって、今回の式典におけるロシア大統領の宣言についても、面映ゆい気持ちはあったとしてもそれは気持ちよく耳に響くだろう。

 さてところが一方、アジアから太平洋では、日本軍との戦いが戦われていた。
 しかし欧州人の感覚では、それは植民地防衛の戦いであって、欧州の戦場とはまるでその性格は異なる。

 日本人であるから日本を弁護しなければなどということでは全くなく、客観的に、ナチスドイツの戦争と日本の戦争ではこれも性格が異なる。

 日本が行った侵攻は、資源欲を領土欲に含めれば、そうした領土欲によるものが、アジアの西洋植民地に対して行われた。

 一方で、対中戦争は中国軍閥とソビエト・コミンテルンによって巻き込まれたものであって、戦後に毛沢東が日本に感謝していると常々公言していた通りのことだ。(むろん今日中国では国民に対しても伏せられているが)

 対米戦争については、米国の恫喝と現実の物理的脅威に対し(策の妥当性はともかく)先制を加えたものだ。故に、マッカーサーをはじめ、今日にいたるまで、米国自身が日本の防衛戦争性に言及する由来だ。
 ドイツに対してそうした脅威を与え国家防衛に立たざるを得ない状況に追い込んだ隣国はない。むしろ初期においては英国をはじめ、逆に非常に甘かったとすらいえる。

 (付言の必要はないだろうが、朝鮮については、この大戦以前すでに日本であったため、また別の話。ゆえに韓国・北朝鮮は戦勝国に入っていない)

 パール判事は、当時の日本のような状況に置かれれば「モナコ王国、ルクセンブルク大公国でさえ武器をとって立ち上がっただろう」と言っているが、そうした複雑深刻な状況があるだけに、ドイツのように単純にただただ謝罪をし、かつ今回のような式典にも敗者として参列するには、一部の日本人には忸怩たる思いがあるのだろう。(僕もその一人だが)

 中国の策に乗り、あるいは小泉首相の謝罪に乗って、先日などはマレーシア議会でも対日謝罪要求が取り沙汰されたが、敢えて耳にしづらいことを言えば、東南アジア諸国への侵攻そのものについては、法的には日本が謝罪すべき相手はむしろそこを領有していた英米蘭仏らであって、今日の東南アジア諸国にはこの件の当事者資格などない。
 日本敗戦後(つまり大戦後)においてすらなお欧州列国は日本に簒奪あるいは開放されたアジア諸国を植民地として奪い返そうとしているし、その戦いにおいて植民地国に対して日本はなおも非公式、個人レベルで多大な支援すら行っている。
 日本の侵攻は、まさに西欧諸国にとってこそ迷惑千万な話ではあった。

 中国についても、彼らの主張の力点は日本による(彼らの主張によれば)残虐行為であって、なにも侵略国として日本のみを攻撃しているわけではないようだ。およそほとんど全ての列国に侵略はされていたわけだが、戦後から今日の国際戦略上の必要から、あるいは国内統治上の要請から、日本を攻撃する必要があり、注意深く日本のみを抽出し得る論拠を主張しているようだ。彼らの教科書においても、また若者のインタビュ等でも、彼らが声を大にしているのは侵略そのものよりも残虐行為についてである。

 ところが日本側については、侵略に力点を置いて謝罪している。
 ここでは前述もしたように(詳細は省くとしても)「侵略」ということ自体に、中国については単純化できない問題もある(明らかに侵略と単純に言えるのは東南アジア諸植民地に対してだ)のだが、そうした部分については、今日ではあきらめがついているというか、素直に謝罪するに吝かではないというのが、最近の日本の主流な感覚ではないだろうか。

 一方で、中国が主張する残虐行為とやらには眉唾な部分も非常に多く、その点に対する不満のくすぶりが日本人には今も厳然と存在し、そうしたところからくる発言が中国を刺激してもいるところだろう。


 ちなみに大戦とは無関係だがついでに触れておくと、韓国については、併合に関して日本を非難しているが、これも敢えて耳にしづらいことを言えば、これは国際的には通用しない話だ。これは当時においても今日においても、侵略行為ではなく瑕疵なき正当なものと国際的に認識されている。
 そこで韓国も中国並みに、うまくその他の矛先を模索するものの、中国のような残虐行為を見つけることも、あるいは今さらでっちあげることも不可能であり、ネタ探しに努力しているところだが、国際的にではなく少なくとも日本に対してならば、この日韓併合をもって十分日本がへこたれるので、大いに声を大にしているところだろう。


 さて、ドイツの戦争、ロシアの対日戦、日本のアジア植民地侵略、日中戦争、日米の太平洋戦争、これらのものを、俗語的に一括して第二次世界大戦とは言うものであるけれども、教育や学問の上で、また政治等において、安易にそうした解像度の低い呼称を使用するのはいかがなものかと、そう僕は思う。
 今回のモスクワにおける式典での厚顔無恥ぶりに際し、ふとそうしたことを考えた。

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posted by Shu UETA at 18:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 天下-vision・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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