2005年05月08日

MD迎撃指揮統制権


 ミサイル防衛における迎撃指揮統制に関する報道があったので、ささやかながら少々思うところを。

 緊急時ミサイル防衛、航空総隊司令が迎撃指示へ(読売)

 詳細不明であるため断じることはできないが、多少気になるのは、総隊司令官に代わる発令権者として、イージス艦長、高射群司令と案出されている点について。
 個人的には、原則として総隊司令官の代理権者は、総隊指揮所における次級者であるべきと思う。

 記事の概要は次のとおり。
 
  •  政府が06年度末から導入するミサイル防衛システムの部隊レベルの指揮命令系統の全容が7日、分かった。
  •  航空自衛隊の航空総隊司令部と、イージス艦の戦闘指揮システムや地上配備の警戒管制レーダーを無線で結び、原則として、航空総隊司令官が着弾予想地域が日本の領域と重なっていることをモニター画面で確認したうえ、迎撃ミサイルの発射を指示する。
  •  政府が今国会に提出した自衛隊法改正案では、防衛長官が期間を定めて迎撃命令を出す規定がある。
     航空総隊司令官が兼務する「ミサイル防衛任務部隊指揮官」が長官の命令に基づき、迎撃ミサイル発射の要件としている「弾道ミサイルが我が国に飛来するおそれ」の有無を確認することで、法律の厳格な運用を確保する狙いがある。
  •  ただ、司令官がモニター画面の前にいない場合は、イージス艦の艦長や高射群司令にも発射を指示する権限を与える方針だ。



 ミサイル防衛システムは、現在まで航空自衛隊が維持整備してきた航空警戒管制システムを基盤に整備されることもあり(これに陸海のシステムを連接)、従来から仮定されてきたとり、任務部隊指揮官を航空自衛隊の総隊司令官とすることはきわめて妥当であると思う。

 一方で、総隊司令官が不在の場合(作戦時に不在ということは原則としてあり得ないが、ミサイル防衛における判断猶予時間の至短性(10分以内)を考慮すると、司令官がコンソールについていないということは当然あり得る。関係指揮官、上司系統との報告・調整等も日々あることだし、トイレにだって行く)、司令官に代わって指揮統制を行う者を指定しておく必要があるが、記事に報道されている通り、それを任務部隊指揮所(つまり事実上総隊指揮所)を離れてイージス艦長や高射群司令に移転するというのは、果たしていかがなものかと思う。

 こうした判断、指揮統制には一定の基準と経験蓄積が求められるのであって、それを指揮統制系統上全く別の次元にある指揮所に容易に移転するのは、現実の部隊運用の常識に照らしても不合理であるし、いらぬ煩雑と誤ちのもとではないか。
 また、責任の所在にしても、こうした判断の結果の責を総隊司令官が負うということは難しい。

 当然ながら、任務部隊指揮官(総隊司令官)の代理は、当該指揮所における次級者に実施させるのが、組織学上も最も合理的だ。
 これがやむを得ず統制下のイージス艦や高射群に移譲されるのは、任務部隊指揮所が壊滅もしくは機能を喪失した場合であるべきではないだろうか。

 もし案にあるとおり、総隊司令官不在の際の発令権がイージス艦長に移るとしても、実際の運用上、結果的に状況分析から判断に至るプロセスは任務部隊指揮所(総隊指揮所)において行うことにならざるを得ず、イージス艦長はただ上申を受けて確認し発令するだけということにもなり兼ねない。

 もっとも、今回報道に断片的に見られるだけで、詳細は不明であるため、あまり多くを断じることはできないが。


 ちなみに話はかわるが、
 昨年来一連のミサイル防衛における迎撃指揮に関する政治と報道の大騒ぎを見てくると、いったいに、ミサイル防衛における迎撃ミサイル発射ということを、必要以上に政治的に重大視し過ぎではないだろうか。
 武力の発動とはいうものの、これほど防衛的なウェポンはなく、全く別の戦略的意図からミサイル防衛に反対している一部の国と、国内の反対派に過敏になり過ぎではないのかという印象も僕は常々受けている。

 総理や長官の判断がなければ、また部隊においても総隊司令官がトイレならイージス艦の艦長に云々などと、現実の対応時間の中で、それはどれほどの必然性からくるべきものなのか。

 この迎撃ミサイルというものは、当然ながら弾道弾を撃ち落そうとするものであって、いかなる国の国土も国民も傷つけるものではない。まして我が国に着弾が見込まれるミサイルについて、これを撃ち落としたからといって人道的にも国際ルール的にも一体何に抵触するのか。
 撃ち落とされて不愉快であるのはそれを発射した国であろうが、我が国に向けてそれを発射した国の不快感、あるいは経済的損失を考慮せよというのか。(もちろん、そんな相手国の人命が損なわれるわけでさえない)

 あるいは、日本に着弾すると思ったものが実は日本に着弾しないものであるかもしれない、それを撃ち落としてしまっては集団的自衛権の行使になってしまってまずい、という点についても、あまりにも現実離れした考え方ではないだろうか。
 ただでさえ迎撃猶予時間のない弾道ミサイルに対して、それを撃破して国民の生命と財産を守ることも至難の業であるところに、日本に着弾すると絶対の確信が持てる場合以外は撃ってはならないというのは、一種の夢想論にも近づきかねない。

 もっとも、その撃破が何らかの人命に関わる場合であればもちろん止むを得ない、相手の人命を誤って損なうよりは、間違って日本の国民が傷ついたほうが良いということも言えないことはない。しかし、何度も言うが、ターゲットはミサイルだ。これを誤って撃ち落としたとしても、誰の人命が損なわれるわけでもない。
 日本への着弾が計算されたためこれを撃破したが、結果的にそれはある国が日本ではない別のものを狙ったのだとしても、そして集団的自衛権を行使するつもりではなく、その迎撃が誤射であったとしても、それが国際ルールにおいても人道においても断じて看過できないようなものだろうか。

 上記のような、こうした「重大な判断」が必要だというのだろうか。

 ちなみに僕の感覚では、たとえ日本に着弾しないことが計算されたとしても、我が国上空を予告なく不法に通過する、もしくは領域をかすめるようなミサイルは日本としては撃破すべきだろうと思う。
 不適切な例ではあろうが、先日の鉄道事故に見るとおり、そうした日常的かつローテクなものに対してさえどれほど安全意識が重要であるかということをあらためて考えても、弾頭に大量破壊兵器を搭載しているような物体が、我が国上空あるいは領域付近を通過するのを、発射国の技術力に信頼して黙って通過させるということはあり得ない話ではないか。
 そんなものを事前に撃墜したとて、それは集団的自衛権などではなく、断じて日本を守るための行為であると、政治家は何故堂々と言えないのか。あらかじめそうした対応原則を国際的に宣言しておいてもよい。
 (米国に着弾するものについては知りませんということが国際通念として道義的にどうか、ということはこの際措くとしても)

 任務部隊指揮官が迎撃を命じるのは原則としては長官から日本着弾の弾道弾は撃破せよとの命令を受けている期間においてである。
 本来の部隊運用感覚から言えば、やれ総隊司令官がトイレに行っていればどうするだの、そうした議論はくだらないものだ。
 作戦間における敵戦闘機に対する地対空ミサイルの発射は将官どころか高射群では1尉、2尉の尉官が命令することだ。(馬鹿らしいがあえて言えば、戦闘機には無論人が搭乗していることが普通であるし、その攻撃意図は弾道弾に比べれば余程断定できない)

 もっといえば、実際に他国の武力攻撃を受けている作戦実施間において、航空作戦指揮の頂点にある総隊司令官が、作戦会議中であろうと何であろうと、敵の攻撃のうち弾道弾についてはいちいちこれを自らコンソールについて確認して一発一発迎撃を命令するということの非現実性を考えてみることだ。
 おそらく、そうした作戦間は想定してもいないのだろう。

 以前から任務部隊指揮官には総隊司令官をという案が示されていたが、その他の対処実施と同様、部隊においてはあくまでも総隊司令官の権限のもとに、司令官の指定した担任指揮官が判断するということが当然想定されているのかと考えていたが、今回の報道の具合からすると、そうではないらしい。
 核ミサイル発射でもするような、何か映画の見過ぎでは?なんて茶々も(いささか品が悪いが ^^;) 入れたくなってしまう。
 (それともあるいは、報道にある「総隊司令官がモニターの前にいなければ…云々」という部分が読売の誤認であるか…それなら安堵だが)

 発令権者はあくまでも任務部隊指揮官、その数分の間に指揮官不在の場合は、あらかじめ指定を受けた指揮所内次級者。
 そして指揮所部隊は情報入手から分析、判断に至るプロセスを平素から徹底演練の上、対領侵措置におけるDC先任管制官に相当するような担任運用指揮官を配置する、これが適切であろうと思う。


posted by Shu UETA at 18:44| Comment(3) | TrackBack(0) | 天下-安全保障・外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> たとえ日本に着弾しないことが計算されたとしても、我が国上空を予告なく不法に通過するミサイルは日本としては撃破すべきだろうと思う。

ですよね…
素人考えでは、運用上「0.001%の日本領土への着弾の可能性を否定できないので撃墜」としてしまえば問題なさそうですが、実際のところ可能なのでしょうか。

また自衛隊の指揮分掌についてはわからないのですが、通常の組織でも上級者が不在の場合は、次級者が代行するというのは当然で、例外的な指揮命令系統を作ってしまうと、現場は混乱しそうですね。
Posted by toybox at 2005年05月09日 10:24
> toyboxさん

 例えば半島付け根からであれば、そこから真東以北に(つまり例えばアラスカなどに)向かって行くものはともかくとして、我が国領空の上空を飛行もしくはかすめるようなものについては、我が国としては全て撃ち落とす、くらいのことを言っておいて良いと僕は思うのですけどね。

 これに対する反論としては、いったん大気圏外に出て飛行するものについて、領空上とは言ってもそのような高々度の飛行コースをそこまで危険視する必要があるのか、明らかに集団的自衛権行使ではないのか、ということもあり得るとは思うのですが、しかし、載ってあり得るものが載ってあり得るものだけに、そうした意志はおして強弁することはできると思うのですが。

 まして日本海からの潜水艦発射ともなると、もはや発射されたものは全て撃ち落とすくらいのつもりがなければ、到底見定めている余裕などありませんし(もっとも、潜水艦発射となると最早その探知も困難ではありますけれど ^^;) (ちなみに中国のみならず、北朝鮮もロシアから潜水艦発射技術を得ているという情報もあるようです)

 本文中にも書きましたが、ものごとの判断にはバランス感覚も必要でしょうけれどミサイル破壊というものはせいぜい誤撃墜しても経済的損失しか与えないわけですから、大量破壊兵器搭載(の恐れがある)弾道弾については、なんであれ落とせるものは全て落とすということを、国際的に宣言するというのも良いのではないかと思います。
 集団的自衛権という枠組みではなく、例えば核のような兵器を、「人類に対する攻撃」と見てこれを許さないという新しい枠組みというか発想を提示してみるというのも画期的かと。
 米国に対しても、例えば非核3原則の延長ではないですけれど、反撃ではない核の先制使用については、日本領空上のコースを許さないと言って、整合と一貫性をとってもよいのではないかと。
 時代遅れとは言え、やはり核の相互確証破壊という抑止力は必要ですから、反撃は認めるとしても。

Posted by Shu at 2005年05月09日 10:52
> 米国に対しても、例えば非核3原則の延長ではないですけれど、反撃ではない核の先制使用については、日本領空上のコースを許さない

これが実行できたら、どこの国もぐうの音も出せないですね(^-^。非核平和主義者たちもなにも言えない。

許可無く領土を侵犯するものはいかなる国籍のものといえども撃墜しまっせ、なんて言える日が来るのは一体何年後かはたまた何世代後か。それまで日本があれば、という条件がつきますが(--;
Posted by toybox at 2005年05月10日 23:46
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