2005年04月12日

(名将言行録) 心理掌握、叱責(後)


 (前編からのつづき)

■叱責の場面

 さて話はかわって、今日のもうひとつのテーマです。
 それは、今回のエピソードで言うならば、任せられていた城の失陥という失態をおかした日向大和に対する信玄の対応からです。
 普通に考えるならば、これは当然ながら叱責、譴責の対象となる場面です。
 しかし実際にここで信玄が叱責しなかったのは、先のテーマにあるような、彼の戦力化という観点からの士気振作であったこともありますが、そうしたことを踏まえつつ、叱責というものについて少しあらためて考えてみましょう。

 さて、組織において指揮官、上司の叱責というものの目的は一体何でしょうか?
 自分なりの見解を即答できる人は、意外に少ないのではないでしょうか。それほど、ごく日常的、当たり前的なものとして、深く考えられていない傾向が往々にしてあるようにも思います。

 これはあくまでも僕個人の見解であると先に断っておく必要がありますが、
 僕自身は、(組織における上司の)叱責というものの目的を次の二点と考えています。

 1 組織の価値観の涵養
 2 部下のモチベーション振作

 まず前者、組織の価値観涵養ということですが、それはこういうことです。
 指揮官(上司)が、何を叱り、何を褒めるかということは、組織の目的であり、価値観を部隊(組織)に認識させる大きな手段です。いや、手段というよりも、そうした認識がなくとも自然にそうした効果、影響を組織に与えてしまいます。(である故に非常に恐ろしいのです)

 たとえば明文化された形で組織の目的であり、手段の適否、倫理、価値観等が示されていたとしても、あるいはそれらが平素から指揮官の口から語られていたとしても、実は何よりも影響力を持つのは、何が叱責され(罰せられ)何が褒められる(褒賞される)かということなのです。
 しかもこの影響というものは、多くのメンバーにとって、意識されないまま、効果を与えていきます。

 よって、指揮官(上司)の立場にある者は、このことをよくよく認識した上で、叱責あるいは称賛ということを自覚的、選択的に行わなければなりません。
 組織に明確な価値観の基準を涵養するためには、こうした自らの叱責、称賛ということにも、内心明確な基準と一貫性をもつ必要があります。その基準であり一貫性というものは、つまり、自分がどのような組織をつくっていこうと考えているかということに照らして設定されていなければなりません。

 人に上司たる立場の人々は、ぜひ、叱責称賛をする際には一瞬、一呼吸の間で、これをチェックする習慣を持つべきだと思います。

 故に、最悪なのは、その場その場の感情で、まさに感情的に怒り、喜ぶといったことです。
 これは例えば、子育てについても重要な着意であることが知られています(かつ、しかし一般に難しいものです)。
 子供が同じことをしても、親が機嫌がよいある時にはさほど叱らず笑っていて、機嫌がよくないある時には非常に怒る、こういうことが日常化すると、子供はさまざまな悪影響を受けます。
 たとえば、善悪の感覚よりも他人の顔色をうかがうという子供になりやすいのも当然でしょう。

 親であれ上司であれ、腹が立っていなくても叱るべきは叱る(それが「怒る」との違いです)ということが大切であり、その「叱るべきとき」というのは、どのような人間に育てようと思っているか、どのような組織にしようと思っているか、というところから考えられるべきことです。


 さて、二番目、組織のモチベーションということについて。

 あるいはこちらの方が余程わかりやすいかもしれません。
 要は、叱責することで尻をたたき、褒めることで木にも登らせる、ということでしょうか。(いや、どうも表現がいまひとつですね ^^;)

 非常に原始的ではありますが、叱られないようにしなければ(叱られたくない)とか、褒められたいとかという欲求は、個々人によりその程度の差こそあれ、子供に限らず、大人になっても誰もがある程度もっている心理です。
 こうした意味で、ポジティブにもネガティブにも、組織あるいは個人のモチベーションを操作するという意味での価値をも、叱責はもっているでしょう。


 さて、僕の考えるところの叱責の目的というものを二点紹介しましたが、この二点に則って叱責という行為を考えることで、ある程度さまざまな状況で適切な判断をすることができるのではないでしょうか。

 例えば、叱責や称賛の仕方にさまざまな状況設定と、その適否ということが言われます。

 人前で叱る、他人のいないところで叱る、人前で褒める、本人がいないところで褒めてやがて本人に伝わる。たとえばこれは、他人のいるいないという条件で場合分けしたようなものですが、一般的には、人前で叱るのはよくない、ということが公式のように言われがちです。しかし、これも先に述べた人間心理の問題と同じく、状況により千差万別ということもできます。実際に部下を持ったことのある人ならば、そこにうなづかれる方も多いのではないでしょうか。

 あるいは、しょぼくれてる人間をあまり叱らないほうがよいということが言われることもあり、叱ってばかりでは叱ることの効果が薄れていく(インフレですね)ということもあります。

 これらは一例ですが、さて、もし一定の判断基準があれば、ある程度状況に臨機応変に対応しやすくなるのではないでしょうか。

 たとえば、信玄は例のエピソードでは日向大和を全く叱責していません。
 これを仮に上述の僕の「叱責の目的」に照らすと、どうでしょうか。

 まず、組織の価値観涵養という点ですが、
 状況で、日向大和の打ちひしがれ振り、気落ち振りを見ると、価値観に照らした本人の自覚というものは既に十分になされています。
 また、この状況は、居城の居間で諸将が一同にそろっているような場面でも、兵たちの環視のもとという場面でもなく、本人への叱責を通して組織全体に何らかの意志を浸透させようという舞台でもありません。

 また、モチベーション振作という点で見ると、
 この状況では本人の落胆の度合いがひどく、モチベーション振作という原点において考えれば、叱責が効果を持たないこと、むしろ意に反した労りであり、戦闘参加の許可、それも先鋒と馬印の栄誉ということの方がはるかに士気振作には効果的であろうことが明らかです。

 こうしてみると、信玄の対応というものは、単に人柄ということで片づけるのではなく、合目的性の点で実に妥当であると考えられます。(現に、信玄が「人柄」で片づけられるような甘っちょろい人間でないことは周知のとおりでしょう ^^;)
 もっとも、こうしたことをその場でつらつらと考えて、ということではなく、半ば自動的に咄嗟にそのような判断ができる域にたどりつくことが「センス」的なところでしょうけれども。

 ちなみに僕は、叱責の量という考え方をもっています。
 たとえば、上記基準のうち「価値観涵養」という点について考えると、その涵養状態をコップの水の量に例えてみましょう。
 コップに水がほとんど入っていない状態では、相当に入れ足してやる必要があります。しかしながら、ほぼ水が入っているならば、足すにしてもわずかでよく、あふれさせる必要はありません。

 ここから、たとえば、十分に失態を認識している者をあまり強く叱る意味はない、ということも僕の主義の一つでした。しかし、個人単位ではそうであっても、組織単位で認識が不十分であれば、強く叱責することが必要な場面もあります(そうした効果が期待できるシチュエーションであれば)。個人レベルでのフォローのやりようはいくらでもあるので。

 したがって、組織の練度が高ければ高いほど、指揮官は声を荒げて叱責するということは必要がなくなっていきます。

 優れた上司、指揮官には、異動等により配置先が変わるごとに、まるで別人のように印象が変わる人が多くいますが、それは、その部署の組織の状況に的確に臨機応変することができる故であろうかと思います。
 (土方歳三は、新撰組時代と異なり、函館では仏のような人だったと証言されていますが、それも、ただ人間が丸くなったというようなことではないだろうと僕などは思います。)

 僕自身を振り返っても(いや、優れた上司と自賛するつもりでは毛頭ありませんが)、4つの配置で指揮をとりましたが、うち1カ所ではさながら鬼のように、1カ所では仏同然でした ^^;)。それは僕の人間性の変化ではなく、組織の違いということであったのは言うまでもありません。
 (もっとも、最初の職場では、まだ未熟、自分自身が模索中であって、部下の叱責ということもほとんどできませんでした。部下のほとんどより年が若かったこともあるかもしれません。今思い返しても後悔というか恥じ入る思いです。給与泥棒だった時代です ^^;)


 いずれにせよ、これらはあくまで僕個人の(それも現時点での)考えに過ぎませんが、もし多少なりとも参考になれば幸いです。
 皆さんもぜひ、自分なりに「叱責」ということの目的を考えてみてください。そして、その目的にあくまで沿って、部下であり後輩でありを叱責もし、指導するようにされることをお薦めします。無軌道、単なるその場の感情ということでは、せっかくの理想や理念も人々に通っていきにくいものですから。


※ 次回37号も武田信玄が続きます。お楽しみに。> マガジン読者の皆さん


posted by Shu UETA at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 名将言行録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。