2005年03月23日

韓国の公言についての注意喚起



 韓国、教科書の項目別修正求めず・中学の歴史など(日経)

 歴史教科書:韓国政府、修正要求せず見解を表明へ(毎日)

 上記はいずれも同じことを報道した記事だが、日韓両国双方の主張は別としても、国際的通念に照らしても到底看過し得ない韓国の公言が報道されている。
 他国への内政干渉というと通常は「口出し」というレベルのものが一般的であり、それであっても普通の国であれば大いにそれを問題視するところだが、今回のものは、単なる口出しという干渉ではなく、相手国内部においてその干渉を具体的に画策するということを公言している点で、きわめて異常だ。

 マスコミはもっとこの点を注意喚起してもよいのではないか…
 政治家・官僚は、聞いて聞かぬふりであろうけれども。
 国民はもっと危機感を持たねばならない。

 上記報道記事には次のようにある。

 
   日韓両国の政府関係者によると、韓国政府は修正要求の代わりに、検定結果の総合的な分析と「遺憾の意」などを日本側に伝える方針。その後は韓国政府が問題視する教科書の採択率を最小限に食い止める活動に全力を挙げるという。(日経)


 韓国政府は22日、4月初めに予定される扶桑社発行の日本の中学歴史教科書の検定について修正要求を日本側にせず、採択率が下がるよう全力を挙げる方針を決めた。
 (中略)
  修正要求をしない代わりに、検定結果に対する韓国政府見解を盛り込んだ声明を発表する。さらに韓日議員連盟や韓国の市民団体の力を借りて、採択率を下げる活動に取り組むという。(毎日)


 実際、これまでも現に特定の教科書採択を妨害する活動はこれまでも国内の市民団体によってさまざまな悪辣な方法で行われてきたが、まあ韓国政府が「全力を挙げる」と決意のほどを公然と宣言したということだ。

 「韓国の市民団体の力を借りて」というのは実質的には、そこと連帯する日本の市民団体の力を借りてということと同義だ。

 今回は教科書のことだが、そのことは措いて、教科書であれ何であれ、こうした異常な振る舞いそのものについて、異常を異常なものとしてもっと現実的に違和感を国民は感じるべきだと思う。
 国民が突き上げねば政府は何の反応も示しはしない。

 ついでながら、かの人権擁護法案にしても、現状の案(つまり前回廃案時の案)のままで成立すれば、こうした韓国の日本国内工作にもいくらでも使える重宝な法律にもなり得る面がある(それは北朝鮮にとっても同様)。

 軍事学等では常識とされることではあるが、あらためて言うと、一般的に「侵略」というものの定義は、軍事的な直接侵攻のみを指すのではない。
 ゆえに自衛隊の任務規定においても「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし」とあり(隊法3条)、さらに具体的には同78条で治安出動の根拠として「内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。」としている。

 もっとも、自衛隊が対応するレベルの間接侵略とは、「国外からの支援に基づく騒じょうの激化」であり「国外からの人員、武器の組織的な潜搬入等の事態」や「わが国周辺海空域における非公然武力行使」そして領空領海侵犯等といった、武力的なものに限られる。

 しかし、この武力的強度より低強度のレベルでは、警察公安が常時不断に間接侵略防止に目を光らせ、所用の措置を行っている。

 先述のように他国の国内浸透勢力が母国政府の指示に従って母国の国益実現のための組織的行動を他国内でとるというのは、さらに低強度のレベルにおける間接侵略行為に限りなく近づく。

 今即座に間接侵略などという言葉を用いてヒステリックな反応をする必要はもちろんないが、しかし、上記のような認識を日本人は頭のどこかにはちゃんと置いておかねばならない。

 他国からすれば本来であればそういうことは黙ってやればよいことであるのだが、それを政府が公然と公言するところに、韓国という国(少なくとも現政府)の、よく言えば幼稚性、悪く言えば異常性があるのであって、そうした国とどのように付き合っていくべきなのかということを国民は考えねばならない。

 ちなみに竹島問題では、早くも既に韓国国内において、過剰な竹島問題反応で日本人の韓流ブームへの影響や、日韓経済関係への悪影響を心配する声が高まっているようだ。

 対米関係においても、韓国政権(特に大統領だが)の北朝鮮核保有容認発言や対北無条件経済援助など、米国が韓国説得をあきらめて韓国無視の決断を考慮しつつある。

 日韓関係を損なって最も(というよりただ一人というに近く)困るのは韓国なのだ。

 経済規模にしても、意識していない人も多いが、韓国という国は、目下衰えたりと見える日本の、しかしやはり10分の1程度の経済規模しかない国なのだ。自慢の地下鉄の建設は資金も技術も日本の援助なくしては実現できなかった。あれほどごり押しして割り込んできたWカップ日韓共催にしても、金のない韓国のワールドカップスタジアムは日本のお金で建てられている(韓国人には知らされていない)。しばらく以前の通貨危機の際にも、IMFまでが見捨てようとしたところを、日本によるウォン保証で韓国は死なずにすんだ。

 日韓関係に最も効く薬は、「もう相手はしてられない」ということを日本が雰囲気だけでもにおわせることだ(敵対ではない。過去記事でも提唱してきた「超然」ということだ)。いわゆる日韓友好派も、本当に日韓友好を考えるならば、しばし心を鬼にしてでもその策をとるべきではないかと思う。
 あるいは米国と歩調を合わせて韓国passingを装ってもよい。
 心配せずとも、韓国に意地を張り通す根性はあるまい。敵愾心は不安の裏返し、気の弱さの別表現でもあるのだ。
 現在の日本政府、外務省の方針は、かえって彼らを気の毒なままにしておくだけであり、日韓の真の友好など実現させ得まい。急がば回れということに思いを致して欲しいと思う。

 おっと、「ちなみに」からまたしても脱線が長くなったが… ^^;)
 話しを元に戻して、
 今回のような異常な内政干渉宣言には、もう少しマスコミも国民への注意喚起を図るべきではないかと思う次第。


posted by Shu UETA at 11:46| Comment(0) | TrackBack(1) | 天下-安全保障・外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

歴史認識
Excerpt: 教科書問題が今年も騒がれだしました。 歴史認識というものは、国によってその視点は当然異なるものであるはずです。すべての国に共通する普遍的な歴史観などは、ありえないものだと僕は考えます。 日本に..
Weblog: MAC'S GADGET
Tracked: 2005-03-26 23:28
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。