2005年01月31日

教育基本法改正先送り(後)


(中編からのつづき)

 もうひとつ僕が常々思うこと、そして近代民主主義的感覚をもつ(それこそ洗脳済みでは?などと僕は思うが ^^;)多くの人と僕との間で話がかみ合わない理由とも思うのだが、それは、皆が何故に国民と国家を対立的にしか考えないのかという疑問だ。

 前掲の木村氏も、「愛国心を持たせるのではなく、愛してもらえるような国にするということでしょう。国政に携わる人よ、もっと真面目にやれ」と述べている。
 あるいは先に引用した各団体も、「国家の個人への干渉」ということを言う。
 小森教授は、国家の陰謀を説く。^^;)

 昔の幕府、徳川家ならいざ知らず、今の時代に、国民と対置される「国家」とは一体、具体的に何を指すのだろう。
 そもそも王権の制限から近代国家の芽が育まれたとして、そのような王権のない今日、何を国民の敵だとしたいのか。
 自らの利益のために国民を犠牲にするという「自ら」とは何者を指すのか。
 与党政治家を指すのか?国家公務員を指すのか?
 しかし政治家は国民の中から国民が選んでいるのだろう。国家公務員も、ごく普通の国民の中から希望する者が就職しているに過ぎない。
 公務員としてでも何らかの権力を持つことになれば、それが国民の敵の始まりだと、少なくとも退職するまでは国民の敵だと言うのかもしれない。あるいは、敵となり得はする、と。

 僕は、国家とは僕たち自身だと思っている。
 みんなで社会を運営しているのであり、その執行部として代表を選んでいるわけだ。どうしてその選んだ代表者たちに協力しないことがあろう。
 学級委員だって、自治会の役員だって(たいてい皆あまりやりたがらないが ^^;)、別に彼らは敵ではなく、自分たちの社会の役員であって、ときに意見が対立することはあっても、それが甚だしければ違う人が選びなおされるだけの話、基本的には力を合わせてやっていくのだ。

 もちろん、学級委員であれ自治会役員であれ、自分が投票した人物が選ばれるとは限らない。しかし、自分が投票した人でないから協力しない、などというのもいかにも幼稚であり、それこそ民主主義理念に反するだろう。
 僕はたいていの意味でアメリカ合衆国を軽蔑しているが ^^;)、しかしこの点に関しては彼らは実に素晴らしいと思う。

 念のためだが、もちろん「協力」とは「無批判」ということを言っているのではない。批判もすれば論難もするが、それは敵対ではなく、戦いでもなく、よりよき国をつくっていくための仲間と仲間の議論だ。(このblogを見る限りにおいても、僕が執行役員に無批判な人間だとは思われまいと思うが ^^)

 憲法にしても、それは国民が自分たちのために制定するのであって、自分たちが、かくありたいと思うから憲法にするのだ。少なくとも今日、国民でない誰に憲法を改正、制定することができるのか。少なくとも現行憲法の改正には国民投票も必要だ。
 国権の制限ということについても、それは執行部の人々のできることと、できないこと、してよいことと、してはならないことを皆で定めておく約束事であって、世の多くの識者が言うように、あたかも敵の自由を奪っておかねばというような見方をする必要などない。突きつけるべき王も将軍もいない今日、時代錯誤もはなはだしい。当然、誰もが自分だって執行部役員になるかもしれない。(これも、自治会同様、なろうとする人は少ないが ^^;)
 むしろ、今の時代、憲法は国民の敵の自由を奪っておくためのものというよりも、自分たちは自分たちの代表になっても、こういうことはしないでおこうという「自主規定」のようなものではないのか。あなたはこういうことをしてはならない、と王様に渡すようなものではない。そういう渡す相手はどこにも存在しない。

 自民党の改憲案にしても(実際にはまだ改憲案は出ていないが)、やれ国家による国民への干渉だ何だと騒がなくても、彼らは執行役員として僕らの代わりに叩き台をつくっているだけであって、何も国家の立場で国民に対して憲法を示そうというものではない。気に入らなければ、国民投票で否決すればよく、かつ続く選挙で自民党を否定し、与党をやめさせればよいことだ。
 つまりは、どうせ最終的に決めるのは国民なのだから。(もちろん改憲案をつくっている彼らも国民だ)

 いや…このあたり、中編後編で書いてきたことには、異論反論は十分承知してる。言ってもらわなくとも、おそらく反論の内容もわかっているつもりだ。^^)
 が、多分にメンタルなことなのかもしれないが、僕はどうしても、僕らの社会を、「国家」なるものと「国民」がにらみ合っているような社会とは思いたくないし、そうさせたくもないのだ。
 「国家」とは僕らみんなのことであって(だって「家」と書くんだ)、そしてそこに政府があっても、それは僕らの代表であって、政府と国民が同じ方向を向いて手を携え智恵を、力を出しあっていく社会でありたいと思うのだ。その「同じ方向」という視線の先にあるのは、僕たちが理想とする社会であり国の姿だ。
 その姿を求めて、進むべき方向が議論にもなるだろうが、それは敵との戦いなどではなく、それぞれが良かれと信じる信念の切磋であって、仲間と仲間の議論なのだ。


 話はかわる
 日本人は農耕民族であるから和を重視して個性を抑圧する国民性がある、とする浅薄な論はよく口舌にのぼる。
 一方で、僕が面白いなと思ったものに、聖徳太子が十七条憲法の筆頭においてまで「和を持って尊しとなせ」としたのは、当時の日本人にはあまりにも和を重んじる気風が欠けていたからだ、とする論がある。

 現教育基本法の制定時の国会答弁を見ると、こうした意味でも非常に興味深い応答がなされている。(教育基本法制定時の帝国議会における各条文に関する主な答弁

 たとえば、「よき日本人の育成、祖国観念の涵養といった観点が欠けているのではないか」との質疑に対し、答弁は次のとおり。

 <高橋国務大臣答弁>
 「個性ゆたかな文化の創造」、此の「個性ゆたか」と云ふことは、博士の御解釈になりますやうに、単なる個人的のものばかりでございませぬので、日本の国民性の十分に現はれた所の文化の創造と云ふ意味に私共は解釈して居るのでございます。尚此の基本法なるものは、十分に普遍的なものと同時に、日本的なもの、特殊的なものをも求めて進んで行かなければならぬと云ふ精神に基いて出来て居るものと申上げて差支えなからうかと考えて居ります。

 <辻田政府委員答弁>
 それで教育の目的の中には色々な徳目、或は掲ぐべき必要なことがあらうと思ひます。従来我が国の比較的欠陥と言はれて居つた所、或は現在の状態に於ても欠陥と考へられて居る所と云ふやうなものを特に強調致しまして、「勤労と責任を重んずる」、「責任」と云ふ字を特に入れ、又「自主的精神に充ちた」と云ふやうなことを特に強調致しまして、此の我が国の国民として特に教養すべき点を掲記したのでありまして、此の中に有らゆる徳目を掲記すると云ふことは、必ずしも適当でないと思ひますので、それ等に付きましては「人格の完成」と云ふ中に包含してある訳であります。

 この当時、「祖国観念」などは社会、国民意識のうえで相当に自明のものであり、特に強調すべきものではなく、むしろ欠けている傾向が強いものを強調した、というのは至極妥当なことだろう。

 ところが、今日においては、状況の逆転現象が生まれており、「欠陥と考へられて居る所」が変わってきていると認識されはじめているのだろう。おそらく当時ならば、今回俎上にのぼっているような「愛国心」であるとか「公共心」というものは、あらためて強調する必要もなかったろう。

 今日においてもやはり問いうる問、「教育理念を法律の形で規定することの意味は何か」ということもしっかり質問されている。^^)

 これに対する答弁はこのようである。

 <金森国務大臣答弁>
 (教育に関する基本方針を国会において法律として定めるのは、)国民の共同意識、謂はば国民の代表者に依つて現されて居りまする所の全国民の納得を基本として、実行上然るべき基準を規律して行かうと云ふことでありまするが故に、先づ大体の見地から申しまして、国の法律として定めると云ふことが、余り程度を越えさへしなければ然るべきことのやうに存じて居ります。

 <高橋国務大臣答弁>
 一部に於きましては、又国民の可なり大きな部分に於きましては、思想昏迷を来して居りまして、適従する所を知らぬと云ふやうな、状態にあります際に於きまして、法律の形を以て教育の本来の目的其の他を規定致しますることは、極めて必要なことではないかと考へたのであります。

 高橋大臣の、太字部分は、あるいは今日においても言えることではないかと、はたと僕は思ったりもしたのだが、皆さんはどうお感じだろうか。

 ただし僕自身は(冒頭付近で後述するとしていたが)、必ずしも教育基本法において、教育理念的な事項は不要なのではないかとは思ってはいる。それらは憲法において示す、もしくは理念としては読み取れるようにすればよいのではないか、と。
 国家という次元での社会の理念は、憲法をおいて他にはあるまいだろうから。したがって、「準憲法的」なものをつくらずとも、「憲法」でよいではないか、と。


 いずれにせよ、少なくとも今年1年間は議論をする時間がある。
 十分議論を重ねていけばよいと思う。
 それにしてもやはり、まずは憲法が先だろうと僕は思うのだが。


posted by Shu UETA at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 天下-教育・科学・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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