2010年11月18日

自衛隊は暴力装置です


 珍しく久しぶりにblogを更新するのは、ほかでもない。
 かの仙谷官房長官の暴力装置発言について、余程言わねばならぬことがあって、

 などということでは全くなく、

 近く、とある企画をスタートさせることもあって、
 ぼちぼちとblogも書き始めるかな、
 というタイミングの問題。


 ということで、さほと深い感慨や思い入れがあるわけではないけど、
 件の「暴力装置」発言について少々コメントを。

 僕自身は、あの文脈でこうした表現が使われても、何ら違和感を感じない。

 自衛隊は、国家における----より適正には、国際関係において国家が担保するところの、「暴力装置」そのもので間違いない。

 あらかじめ言っておくと、ごく個人的には、仙谷氏は好きではない。かなり、好きではない。
 能力的に評価してもいない。

 が、それとこれとは別として、
 図らずも弁護する形にはなってしまうが、
 上述のように考えるばかり。


 文脈を問わず、自衛隊が暴力装置であることには、理性的にも感情的にも違和感はないが、

 とりわけ今回の文脈では、
 自衛隊員の中立性確保のための施策、という流れの中での話となっている。

 自衛隊や軍の政治的中立性であるとか、あるいは文民統制などを語る折には、
 軍機関は、国家機能における暴力装置であるが故に云々、という考えかたをするのは、むしろそれが自然だろうと思う。

 暴力装置では失礼であり、実力組織ならok、という話が出ているが、

 実力組織であるから厳にシビリアンコントロールが求められる、
 とか
 実力組織であるが故にその政治的中立性が厳しく問われねばならない、
 というのは、

 もちろんそれでも意味はわかるが、

 文脈上は、「暴力装置」とか「武力組織」などと言ったほうがよほど論旨と整合する。

 …と、僕などは思う。


 一方で、
 各種報道によると、当の自衛官らがインタビューに応えて、

 「非常に残念」「いい気持ちしない」

 などと答えているとのこと。


 僕自身の感覚では、これはかえって情けない。
 僕ならば、何ら違和感がない。
 人並み以上にプライドをもって任にあたる型の人間だけれども。

 (おまえは自衛官じゃないから気持がわからないんだ、との指摘もあるかもしれないが、あえてそこには返答を保留しておくことにする。 ^^;)


 こうした話をする上でのある程度の政治学上の教養があれば、違和感はないと思うのだけれど、
 もしそうしたものがなければ、
 (そして多くの自衛隊幹部も、そうした方面は持ちあわせていない。)
 単に生活語の範囲で文字通りに受け取って、
 あたかも悪意を含んだ言葉と聞くかもしれない。

 インタビューで憤ったり、肩を落としたりして答えている自衛官は、善き普通の人間としてのそうした人たちではないかと思う。

 あるいは、暴力装置なんて表現、普通使われる言葉じゃない、と言っている人がTVのコメンテーターでいたけれど、
 ちなみに僕自身は、隊員に向かって、その言葉を使って、その自覚を促したこともある。


 自衛隊は暴力装置だし、そうでなければ困る。
 そして当然その自覚を持っていなければならない。
 隊員の立場に起因する各種の義務や制限は、そこからくるのだ。
 同時に、であればこそのプライドだってあるんだ。


 警察をはじめとするそうした暴力を管理するのが国家であって、国家は国家としてそれが故に憲法をはじめ、その暴力の運用にあたってはさまざまな制限を自ら課している。


 と言ったら、果たしてここで警察官諸君も怒るだろうか?
 暴力ではなく強制力と言い換えないと是非にもマズイだろうか。


 かつて天皇機関説というのが紛糾をもたらしたことがあると聞くが、
 あのときに「機関」と聞いて怒った人々の大部分は、おおかた、その理路よりも、単に生活語感覚で聞いたその感じの不敬感に憤っただけだ。
 (もちろん、その説くところの趣旨そのものに反論した人もいた。)
 (一方で、
昭和天皇ご自身は説に全く納得しておられたと聞いたことがあるが。)


 かたじけなくも陛下を「機関」呼ばわりとは許せない、
 というのは、
 統治機構上の学問的な話をしているときにはまことに的外れな非難だ、
 というのは、
 今の人々はすぐにわかることだと思う。


 今回の「暴力装置」が自衛官に無礼ではないか、というのは、僕には、どうもそれと似たレベルの話に思えるのだが。


 まあしかし、
 それぞれの人のバックボーン次第で現にこのようにして、あるいは傷つき、あるいは立腹する場合があるということは、
 あらためてよくよく心に留めておこうと思う。

 その真意であると、ある種の分野における常套であるとに関わらず、
 現に今回一部の人々が気分を害した、
 その気分を害したこと自体は事実なのだから。

 言葉を使うというのは、難しいな。



 ところで今回の本論ではないけれど、
 そもそもの話であった、「隊員の中立性確保のため」に、一般文民等による、たとえば来賓等の、式典等における自衛官向けの話について、その内容を制限する、要すればそのために事前にスピーチ原稿を確認する、というのは、僕個人としてはあまり納得できない。
 事前の確認と訂正の要求、それを検閲であると非難されても仕方ない面があるのでは。

 その論法を突き詰めれば、
 自衛官が購読する書籍等についても(影響度から考えればあるいはそちらこそ)、検閲しなければならぬということにもなる。

 誰かが、「そんなことを言えば自衛隊では産経新聞をとることもできなくなる」と言ったそうだが、まさにそういうこと。 ^^;)



posted by Shu UETA at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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