2005年01月14日

身体フロンティア(後)

music Body / Public Image Ltd.

(前編記事からの続き)


 僕は、こうした「身体操作」というものを、日本人皆の共有するものとしたいのだ。

 さいわい、今日ではこうした動きが活発になり、身体操作を研究するさまざまな活動が行われている。そのほとんどは武術などではなく(主催者に経験者が多くはあるが)体操のようなものがメインである。そして逆にそうした体操的手法が、武術界に逆輸入されつつあるのが今日の様子だ。

 (イメージングの一助として、たとえば「胴体力」開発で有名な伊藤氏の飛龍会などはそうした身体操作の教室のようなものの好例。僕自身は講座に参加したことはないが、飛龍会の「胴体力」開発手法のいくつかを試し、非常に効果があった。武術界をはじめ各種スポーツ選手、ダンサー等の間に既に実績も高く、安心できる教室だ。なお、当会創始者の故伊藤氏が著した「スーパーボディを読む」は素晴らしい名著。)

 学校では体育の授業があるが、スポーツマンになることを前提とするのでなく国民全員が受ける授業としての体育というものを考えるならば、こうした教育をぜひ取り入れたい。
 そうすれば、肩こりなどに苦しむ人は半減するに違いないし、マクロ的に見れば日本人の精神や発想にも良い影響が生まれるのではないだろうか。さきの音楽家の例などを見れば、無数の分野でさまざまな効果が期待できるかもしれない。そしてスポーツの道を選ぶ人にとっては、質の高い動きの基本が身に付くだろう。

 併せて、先に述べたような、各種の身体操作関連の教室や研究会を助成したい。

 これが、僕のいう身体フロンティア構想の趣旨である。

 ちなみに「身体のフロンティア」ということは、運動科学総合研究所の高岡秀夫氏が提唱しておられる概念だ(この言葉を使う以上、いずれ仁義を通しにご挨拶にいかねばなるまい、かつ氏のご協力も必要だ ^^;)。
 この概念は、もはや地上にフロンティアのなくなった今日(そして宇宙フロンティアにはまだ間もあろう)、そうして自分の外の世界の支配に向いていた視線を、自らの内側に向けようではないかというものだ。自らの身体には、まだまだ開発し得る余地が途方もなく広く残っているのではないか、と。


 まだどうもイメージが湧きにくいかもしれないが…

 あなたは、前腕の橈骨と尺骨を意識できるだろうか?それが意識して使えるようになれば、手作業は格段にラクに、かつ細かくなる。

 あなたは、肩胛骨を意識できるだろうか、動かせるだろうか?それが意識して使えるようになれば、肩こりにはならない。腕をより長い腕として使える、腕をラクに動かせる、スポーツなら投球や打撃の威力が変わるだろう。

 あなたは、背骨の26個の椎骨を意識できるだろうか?それができれば、身体はしなやかになる。雑踏で人と肩をぶつけもしない。一日の疲れもはるかに減る。また、背骨の感覚向上は、脳の空間認識力を高めることがわかっている。

 あなたは、骨盤と背骨と肋骨を区別して体感できているだろうか?
 足の大腿骨は一本だからわかっても、膝から下、頸骨と腓骨を意識できているだろうか?

 仰向けから腹筋を使わずに起きあがれるだろうか。
 アイスバーン上を転ばずに歩けるだろうか。

 こうしたことを扱うのが、僕のいう身体操作というものである。
 僕は、こうしたことを体育に取り入れたい。そこで身につけた身体は、それこそ一生ものだ。

 僕は剣の稽古に限らず、たとえば掃除をするにも、食器洗いにおいても、その時にテーマとしている身体各部の操作の稽古をしているが、動きの質とは、本当にみるみる変わる。そして、うまく伝えられないのが悔しいが、気持ちや発想に与える影響も自覚できる。
 天使の羽とは意味深なもので、肩胛骨が翼のように感じられる日の気持ちのよさといったら、実に筆舌に尽くしがたい。^^)


 ラクな精神はラクな身体に宿る
 自由な精神は自由な身体に
 自由な発想は自由でラクな身体に…
 心の余裕も、細かい仕事も、美しい音も、パフォーマンスも。

 身体フロンティア構想は、それを求めるための奨励、助成策、そして学校体育への導入などを研究している。


posted by Shu UETA at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 天下-教育・科学・文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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