2004年12月30日

宮内省文化庁

 今年最初で、かつ最後と思われる風邪をひいて、最近だらだらと過ごしながら更新も怠っていたが…もっとも全く無為にしているわけではなく、年内の目標であった個人的な政策理念のとりまとめ作業にも追われ(誰に追われるわけでもなく、誰に対し責任があるものでもないが ^^;)、ますますblogを更新する余裕がなかった。(もしわずかでも楽しみにしてくれている人たちがいれば、申し訳ないです ^^)

 ちなみに僕はそう風邪を良くひくというわけでもないが、しかし風邪を引くのが好きだったりする。 ^^)
 軽い風邪、つまりただの鼻風邪だったり、喉が痛いだけ、というのは嫌いだが、熱が出る風邪が好き。
 あの、関節がひしひし、むずむずする感じ、ぼーっとする感じが好きで、寒気がするのも好き。
 それで布団に横になってるのが何ともたまらない。 ^^;)

 と、近況や奇妙な嗜好などを聞いてもらっても仕方ない。
 で、本題(と言っても今日のところは短くだが)、

 僕はもともと、
天皇陛下が現在の皇居にお住まいであることに反対で、京都への御帰座、あるいは那須かどこかへの御遷座などを考えていたのだが、それとは別に、近頃、
天皇陛下による文化行政ということを考えたりしている。
 極論すれば、宮内庁と文化庁の統合ということになるのだが、現時点ではまだ政策というほどの信念も具体性もない。これから検討、あたためていくところである。


 今回のテーマでは余論となるのだが、まず先に片づけておくと、僕が現在の皇居に反対する理由は、それが城であるという一点に尽きる。
 天皇家は、神話においてすら、天孫降臨にあたって、民と床の高さを同じくして暮らせと訓戒をうけて降臨したとされており、建築技術の発展とは別に、天皇は常に平屋に暮らされてきた。また、その御所はいかなる時代においても、民に対する軍事的防御設備を持たない建築物だった。それこそは重大な伝統のひとつであり、天皇と国民の関係を表示するもののひとつでもあったと思う。

 明治において、大日本帝国を標榜し、西洋的な皇帝像の影響をもおそらく受けつつ、御所を江戸城(千代田城)へと遷されたが、江戸城とは言うまでもなく堀も石垣も備えた軍事城塞である。
 僕が明治維新期に生きていれば断固反対してねじ込んだろうと思うが、今日においても、誰も指摘しないのが不思議なくらいだ。
 天皇とは断じてそのようなものではない、いかな動乱にあっても、城壁に守られて暮らした天皇など存在しない。

 そうした意味で、少なくとも、新しく御所をご用意すべきと思うが、さらに言うなら、個人的には、京都御所へお還りいただいてもいいのではないだろうかとも常々思ってきた。
 しかしながら、現実問題としては、天皇の国事行為とは、法律、政令の公布、国会召集、衆議院解散、総選挙公示、大臣親任官の任免、大使公使の信任状認証、外交文書認証、来日首脳表敬、交流など、かなりの量にのぼり、政治中枢からあまり遠隔なのも都合が悪い。
 したがって、都内もしくは近郊への御所建設か、もしくは那須の御用邸の拡充などが現実的なのかもしれないが、もし本当に首都移転を行うのであれば、それに合わせての実施とすべきだろうとは思う。


 さて、今日の本題だが、
 天皇家とは歴史的に、我が国における最大の文化パトロンとしての顔を持ってきた。今日のところはここで詳述は避けるが、この点にあらたまって異論の声を大にする人はあまりいないと思う。
昭和天皇、
今上陛下、皇太子殿下や秋篠宮殿下といった方々も皆、学者としてのお顔をお持ちであるのも、今日なりの、天皇家の伝統の表れでもあろうかとも思う。

 今日天皇の政治的行為は、さきに述べた国事行為のような象徴的なものに限られているが、その中に、文化振興を含めるのはどうだろうかと、そうしたことを最近ふと思うのだ。

 さきに、極論すれば宮内庁と文化庁の統合という話をしたが、ちなみに文化庁の職掌とは次のようなものである。

 芸術文化振興(芸術文化振興基金、芸術拠点形成事業、芸術家等の養成研修、国際芸術交流支援事業、芸術祭、映画振興、芸術家の顕彰、舞台芸術国際フェスティバル、地域における文化の振興、国際交流・協力、企業等による芸術文化活動への支援、etc)

 文化財保護、文化財紹介

 著作権行政

 国際文化交流(日本語教育の充実、日本文学の翻訳・普及事業、文化財保護、国際文化交流懇談会、etc)

 国語施策(国語審議会、日本語教育、国語研究、etc)

 宗教行政(宗教法人設立、宗教法人実務研修会、宗教法人審議会、etc)

 文化庁HP

 これらの中で、著作権(知的所有権)行政を除けば、いずれも天皇の名のもとに行われて何ら差し支えないようにも思える(宗教行政も含めて!)。それどころか、芸術文化振興、文化財保護などについては、その方が良いかもとすら思える。

 仮に天皇の名のもとにと言っても、結局は象徴的に行うに過ぎないのだが(国事行為同様)、国家の象徴たる天皇が、特に文化芸術の育成と保護の象徴であるということは、日本の文化立国的側面を顕著にすることができる。そして実は天皇制自身にも、我が国文化の一部としての一面もある。

 平和と文化芸術の象徴としての天皇を象徴とする日本。

 仮にこうしたものを取り込むとすると、宮内省文化庁とでもいったところか。(防衛庁内の防衛施設庁のように庁内庁でもよいが)
 そしてここでは、文化芸術といっても何も古典的なものだけではなく、アニメやコミックのような新しい文化も、また映画や歌劇だけでなく、ポップスやDJといったものまでを対象にしたい。

 そこで例えばもし天皇が京都にお還りになったらどうだろう。首都は東京だが、文化の都としての京都があっても面白い。(むろん京都でなくても良い)


 とは言え、まだまだ思いつきの域を出ない。これから研究、修正、あるいは放棄といったところ。
 が、更新がてら、とりあえず紹介まで ^^)


posted by Shu UETA at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 天下-政策等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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