2004年12月09日

軍の装備不満

music HELP! / The Beatles

 本日のニュースに、面白いものがあった。

 イラク行き米兵、国防長官に装備不足への不満訴え

 戦地にある軍の兵士が、装備の不足を国防長官に直訴、とでもいったもの。


 内容はこうしたものである。

 
  •  イラク派遣米陸軍部隊の待機地であるクウェート北部の軍キャンプをラムズフェルド米国防長官が訪問し、兵士との質疑応答を行った。(参加米兵2300名)
  •  質問の一つに、軍用車両の装甲板の不足と、ごみ捨て場から材料を見つけて急場をしのがなければならない実態を説明したうえで、「なぜごみ捨て場をあさらなければならないのか」と訴えるものがあった。
     米兵から拍手が巻き起こったとのこと。
  •  長官は答えて、「陸軍は、製造会社に可能な限り早く生産するよう急がせている」と釈明したうえで、さらに、「皆さんがご存じの通り、戦争には将来、そうなることが望ましいという兵力ではなく、今の兵力で向かわなければならない」と述べた。
  •  ドッド上院議員(民主党)が「全く驚きだ。受け入れがたい」と強く批判したことも付記されている。


 よくも悪くも、いかにも米国、米軍らしい風景だ ^^;)
 こうした「兵隊が長官にモノ申す」的な機会の設定は、あたかも民主的な傾向と受け取って、「さすがは米国」と感じる向きもあるだろうが、実際には、こうしたイベントは兵士の不平不満のガス抜きを図り、士気の維持を狙うものでしかない。この意味で「さすがは米国」と見るほうが正しいだろう。
 そうした意味ではこの舞台での長官はスケープゴート的なものであって、謝意や説明で安心させることはあっても、兵士に口答え ^^;) すべきではない。今回の長官の応答の拙さということで僕が感じることのひとつはこれである。

 実際に作戦にとっての装備の不足等については、当然ながら正規のルートで要請、調整が行われているはず(べき)であって、何も兵士から長官が聞かねばならないことではないし、そんなことは当の部隊もよくわかっているだろう。
 あくまで、兵士のガス抜きである。不平不満を受け止めるとともに、兵士の雰囲気、士気の実際を感じ取ることが、この場合のVIPのすべきことだろう。


 次に、長官は「戦争には将来、そうなることが望ましいという兵力ではなく、今の兵力で向かわなければならない」と述べたとある。
 これに対して、件の記事は「開き直りとも取れる発言」と記し、また上院議員の批判を載せているが、これは「開き直り」というものではないと思う。なぜならば、この発言内容自体は、きわめて正論、軍というものの鉄則に近いものだからだ。

 ちなみに The New York Times によると、長官のこの発言は、こうである。
 「You go to war with the Army you have, not the Army you might want or wish to have at a later time」

 軍は、無いもの、理想の状況を言うのではなく、現にあるもの、現にある状況で戦い、勝利するのが使命である、これは軍人の鉄則だ。あれが無いから負けた、これが相手より少ないから負けた、という言い訳は軍人には許されないものだ。
 戦闘は公平な競技などではない。持っているもので勝つ、それが軍に要求されていることだ。

 また、「戦場には、悠長に完全な状態を整えてから赴くものではない」という意味においても、正しい。

 こうした意味で、長官のさきの発言は正論だ、と言うのである。

 しかしながら、それらはすべて、軍人が自戒すべきこと。
 軍を派遣する側の立場で言うことではない。
 これが、長官の発言の拙さを思う理由のその2といったところ。

 戦術レベルにおいては、もてる戦力でいかにして勝つかということが任務だが、戦略レベルにおいては、いかに勝てる戦力を用意するかということが任務となる。
 国防長官が後者の立場にあることは言うまでもない。

 本来さしてコメントが必要とも思えない些細な記事について、ふと僕が感じた些細なことである。

 ただ他国の些細なニュースではあるが、もって他山の石とすべきことへと敷衍できないものではない。

 文民統制は今日不可欠な国家の仕組みであるが、文民による統制という点で十分に着意されねばならないことの、これが一つである。そうでなければ、前述したようないわば健気な自戒をもって戦地に臨む軍を苛酷な運命に追いやることになる。
 軍がたどる苛酷な運命とは、国家自体の苛酷な運命へとつながり得るものであり、かつ、軍とはすなわち自国の国民であることを忘れてはならない。

 余談ではあるが、イラクへ派遣される自衛隊諸官の身についても、政府がどのように考えているか、気になるところではある。
 自衛官は文句は言わない。しかし、彼らという国民を「苛酷な運命」へ追いやらないだけの着意は常に持っていてもらいたいと思う。


posted by Shu UETA at 16:48| Comment(4) | TrackBack(0) | 戦略戦術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
国防長官の発言が、自らの立場をわきまえたものではない、というお話、非常に納得です。
日本においても、出すからには、自衛官が不安に思うことのない装備を送ることが、
後衛にいる政府や我々のできることなのだと、重ねて認識を新たにさせられました。
Posted by spice boy at 2004年12月11日 03:51
> spice boyさん

 そうなんですよ…
 自衛隊派遣の是非を措いたとして、派遣するならする、しないならしない、いずれにせよ、政局のダシに中途半端な形になることを僕はいつも怖れます。
 撤退論についても同様、たまたま現時点で僕自身は撤退する必要を感じませんが、仮に撤退の必要が出た場合に果たして政府が速やかな意思決定を出来るかどうか、そういう不安も感じています。
Posted by Shu at 2004年12月11日 17:28
>しかしながら、それらはすべて、軍人が自戒すべきこと。
 軍を派遣する側の立場で言うことではない。

日本では、米兵の厭戦気分といった調子の報道しかないですが、こういう部分を読みとるのは、流石ですね。
翻って、わが自衛官諸君の健気なこと。派遣の是非とは別に、せめて十分な装備をもたせてやってほしい。それが、送り出す側の最低限のモラルでしょう。
今般、守山からもサマワ行きがでるそうです。また、おそらく、クウェートへ向かう空自の練習飛行が続けられています。わたしは、空の色に塗った輸送機を眺めては、無事帰国されることを願わずにはいられません。
Posted by nagoyan at 2004年12月12日 20:34
> nagoyanさん

 そういえば小牧には輸空が居ますもんね ^^)

 学ぶべきことは多々あれど、それが決して悲劇から学ばれるのでないよう、僕も、彼らの無事を切に願います。
Posted by Shu at 2004年12月12日 22:05
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