2009年04月10日

「誰でもできること」の練度


 さきの北朝鮮ロケット発射に臨んでの例の誤探知について、防衛省事務次官から、ヒューマンエラーであったとの発表があった。
 折から洩れ伝わっていたプロセスの経緯からも、それはそうだろうと言うほかない。

 ところで、この会見において具体的な話の中で、

 指揮所にあるSEWのモニターを確認せず、機械的に伝達した点に問題があったとしたが、背広組幹部が伝達役を担ったことについては、「軍事専門家でないと伝達できないとは認識していない」とした。
 (時事通信)


 とあるが、いわゆる「背広組」が伝達役を担ったこと、について、
 「軍事専門家でないと伝達できないとは認識していない」というのは一種の極論であって、
 そんなふうに言うのであれば、
 「大人でないと伝達できないとは認識していない」と言うことだってできる。
 あんなもの、ちゃんと教えて何度か練習すれば子供だってできる。
 じゃあ、子供にさせてもそれが適切か、というと、むろん左様なわけもない。

 「一塁手でないと一塁の守備ができないとは認識していない」というのは、代打や代走を重ねた後に一塁手がいなくなってやむを得ず一塁に入れた外野手が、三塁からのショートバウンドの送球を捕球し損ねたことについての適切な認識とは思わない。

 と、僕が言うのも、これはもちろん極論。

 しかし、単に「伝達」と聞いて、それは誰でもできるだろうと一般には思われるだろうけれど、そこにも「練度」というものがあることはある、ということを僕は言っておきたい。


 そりゃ、本職の一塁手じゃなくったって、一塁を守ることはできるだろうさ。
 外野手じゃなくたって、外野を守ることはできる。
 内野手が外野守備につこうが、外野手が内野守備につこうが、来る球来る球全部エラーするはずがない。たいていはそこそこちゃんと処理するだろう。
 だけど、何回かの守備機会のうちにエラーをする確率や、エラーとはならない悪守の起こる確率は、本職にくらべれば数倍に跳ね上がって当たり前だ。
 10回に1回しかミスしないとしても、100回に1回しかミスしない方を選ぶのが、勝負における心がけ。ビジネスであればそれは危機管理。

 単に「伝達」というけれども、そもそも指揮所活動とは「伝達」の束だ。
 そして、それを本来の「軍事的専門」事項だとまでは思わないが、しかし、自衛官は入隊後間もなくから、何度も何度も何度も、それこそ徹底的にこの指揮所活動をやっている。
 幹部はもちろんだが、曹士隊員であっても多少なりとも気の利いた隊員であれば隊の本部勤務経験もあれば指揮所要員経験もある。それがなくとも、平素の当直勤務も指揮所活動の雛形だ。
 年に何度もある非常呼集も指揮所を開く。
 台風対策だって指揮所を開く。
 演習はもちろん各級指揮所が開設される。
 毎日の当直勤務も整然とした指揮所構造だ。
 自衛官に限らず、およそ軍人というものは、こうした活動が骨の髄まで染み付いているはず。

 指揮所本来の情報分析、決心、命令という部分は幹部の任であるにせよ、それを支える報告・情報伝達の要領、着意事項というものは、僕の認識では3曹になるまでの間には身につけさせたい自衛官としての基本の基本。
 何度も叱り、注意を与えながら、身につけさせていく。

 そうしたことを思えば、これは頭の良し悪しとか、ましてや学歴、あるいは平素業務の出来不出来ということではなく、練度の問題なのだ。
 (外野手が一塁でエラーをしても、それは彼の運動神経が悪いという話ではない。逆に、凄い外野手だから三塁に入れても問題ないはず、ってのはおかしい。)

 僕の感覚では、指揮所活動(それも斯様に時間的猶予の厳しい事案の)における情報伝達ライン、まして結節点に、一般のデスクワーカーを入れるのは、ちょっと微妙。

 守備の話と一緒で、まずたいていは問題ないとしても、仮にその例えば10回のうちの1回が出るのがこわい。
 いなければしょうがないけれど、わざわざ使う必要もない。
 背広幹部には背広幹部の仕事というものがあるだろう。自衛官をもっては代え難いものだってあるだろう。

 だから今後事務職は外せ、とまでは言わないけれど、ライン上に配置するならするで、しっかり練度を高める必要がある。しかも、この手の練度においては、意識の問題も非常に大きい。
 (一塁に入れるのはいいけれど、だったらしっかり練習させろ、意識面も含めて、ということ。その必然性は疑問だけれど)
 (幹部であっても事務職員を入れるくらいなら、空曹でいいから警戒監視員あたりをつけるほうがはるかに安心。)

 また、今回の一件では、一部地方で、地方公務員たちが、やれ「ヘトヘト」だの何だのと愚痴を漏らすさまが報道されていたけれども、思うに、彼らがヘトヘトになる何をしているのか…。ほとんどが伝達業務だ。電話でありメールであり放送であり…。それの何が疲れるんだ?
 弛んでいるというのでない限り、であればそれも練度だ。練度を上げてもらいたい。

 (余談だが…地方公務員は、何事につけ愚痴や弱音の公言が多すぎる感がある。もっとも、マスコミがそういうコメントを引き出している面もあるんだろうけれど。もっと矜持をもってもらいたい。ほとんどの人について、まず民間企業社員のほうがもっと厳しい仕事をしていると思うし、かつ給与等待遇面では逆だと思う。)



 思うに、世の中にこういうことは多いと思う。
 聞けば誰でもできるようなこと、しかし練度というものが厳然とあること。

 会社で電話受けばかりさせられている人もいるだろう、コピー取りばかりさせられている人もいるだろう。たとえばこれだって、誰だってできる、と、聞けば普通は思うだろう。
 しかし、下手な幹部社員がうっかり電話に出るほうが恐ろしい、なんてことはいくらでもあるし、コピーなんて、もっとそうだろう。(危機管理的には電話受けのほうがコワイが)

 「わかってる」のと、「できる」の間には、想像する以上に隔たりがある。「できる」と「上手にできる」や「ほとんどミスがあり得ない」の間にも隔たりがある。
 このことも「わかってる」と言う人は多いだろう。
 しかしそれを実感としてもっていない人のことを、頭でっかちという。

 そして、こういう細かいところ、繊細なところを詰めていくのが危機管理だし、危機管理の結果はともかくも、「準備」においては、結果オーライという想定はあり得ない。



 話は変わるが、組織の「末端」といわれがちだが実は「最前線」にいる人々に、僕はプライドを持ってもらいたいといつも思う。
 さきの例の電話番だってコピー取りだって、目下のその自分の職務で本気のプロフェッショナルを目指してほしい。
 そこには間違いなく「練度」がある。練度を上げて、練度にプライドを持ってほしい。



 最後にもういちど元に話をもどしておくと、以前から報道でずっと気にかかってることがもうひとつある。

 「音声をモニターしていた官邸が発射と誤発表した。」


 音声のモニタリングをもって官邸への報告に代える(報告者側にそのつもりがなくても、少なくともそれで官邸が報告受理同様に動く)というのは、マズイと思う。

 時間短縮という気持ちはわかるが、だからモニタリングによる状況掌握は良いが、しかし必ず正規の報告をもって官邸は動くべきだ。時間短縮ならば、その報告が必ずしも口頭ましてや文書によらず、システム上の電子的なものでもいい。

posted by Shu UETA at 01:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 戦略戦術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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突然、失礼しました。
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Posted by hikaku at 2009年05月06日 20:10
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