2006年01月14日

国際テロ容疑者の司法管轄等


 ドイツの新首相メルケル氏が、米国との関係の完全修復を掲げ、このほど初の訪米をしたとのこと。

 独首相が初の訪米 関係完全修復を強調

 は、よいとして(彼女は選挙戦の折からこうした方向へ方針を示していたことでもあるし)、
 それはそれとして、一方で、もうひとつの記事の方が、目下の大きな国際的懸念事項に触れている。

 容疑者収容所問題で平行線 米独、人権で相違浮き彫り

 国際テロ容疑者の拘留、取り調べ、及びその後の司法手続きについて、ブッシュ政権が独自の路線を強行しているのは周知のとおり。
 すなわち、クアンタナモ基地をはじめとする軍事施設への拘留、さらには軍事法廷に管轄させようというもの。
 こうした姿勢に対する国際的(とりわけ欧州及び人権団体等)非難は年来強いのだが、今回の「平行線」というのも、この問題についてだ。

 ただ、この問題は、ひとり米国のみの問題ではなく、やがては日本を含め、いずれの国にとってもきわめて重要な課題をもっているように思う。



 一応、前掲(後者)の記事の要旨を引いておこう。

 
 独首相は、テロ容疑者を司法手続きなしに収容するキューバのグアンタナモ米軍基地問題を取り上げたが、大統領は「米国民を守るのに必要」と従来の主張を繰り返し、人権に対する両首脳の考え方の違いを浮き彫りにした。

 会談後記者会見で首相は、ジュネーブ条約が規定する戦争捕虜に当たらないテロ容疑者の扱いについて、国連などが中心となって国際法を改革し、法的保護を受けられるようにすべきだと強調。
 対して大統領は、テロ容疑者は軍事法廷で裁くのが最善と主張、首相の疑問は「認識の違い」からだと述べた。



 ブッシュ大統領は「認識の違い」と言っているが、単純に言えばそのひとつとは、テロを犯罪行為とみなすか、戦争行為とみなすかということだ。

 犯罪行為とみなせば、一般の司法手続きに則らない軍事基地への拘留や、容疑者の弁護士接見を認めないなど、現に米国が行なっている容疑者の取り扱いは到底看過し得ない人権問題だ。

 目下の米政府は、これら国際テロ容疑者を犯罪者ではなく「enemy combatant」(敵戦闘員)と呼び、彼らの活動を「戦争行為」とみなしている。

 かつ、その場合、この「戦争行為」への従事者たるテロリストたちは、ジュネーブ条約に照らすに「捕虜」たる要件を満たさず(それとわかる明確な徽章等を表示し、統一的指揮系統が確保された正規軍ではない。例えれば、かつて日本軍も苦しめられた便衣兵のようなもの、いやそれ以上か)、かつ攻撃態様が戦時法においても戦争犯罪に該当する。
 故に彼らに捕虜としての権利はなく、一方で戦争犯罪が裁かれねばならない。
 と、ざっくり言えば米国はそう主張している。

 ところが、少しく記憶をたどってもらえば思い出すだろうとおり、クリントン政権は、こうした国際テロも「犯罪」として扱い、一般の司法手続きに則って立件訴追していたはずだ。
 93年の折のほうの世界貿易センタービル爆破事件も、そのようにして粛々と一般法廷に持ち込まれていた。

 これを、単に政権や政党の性格の問題とするかどうかは、判断しようがない(実際にクリントン政権あるいは民主党政権が同じ状況下でどう考えるかはわからない)が、少なくとも米国(ブッシュ政権)の苦悩は次のようなことにもあったろうと見られる。

 さきの93年世界貿易センタービル爆破事件もそうだが、これが一般法廷で取り扱われる場合、当然ながら被告人の権利というものは手厚く保護されているのであり、自らに不利な証言は拒否できるし、黙秘で通すこともできる。
 その一方で、訴追側(政府当局)は立件のために数々の資料を提示していくことになる。その過程で、機密に関する事項が公開法廷で提出されることになり、これを提出しなければ、証拠が不十分となる。
 このジレンマにおいて、米政府は原則的に機密の保持や情報源の秘匿を重しとした結果、多くの容疑者を証拠不十分による釈放に決着させている。
 ちなみに先の例のセンタービル爆破事件では、公判において開示された政府側資料が、後に9・11においてテロリストに活用されたという指摘が多くなされたのはご存知のとおりだ。

 公判という話ではなく、もっと以前の段階の話だが、日本においてさえ、かのオウム真理教への破壊活動防止法適用をめぐってそれが公安審査会に付された折、やはり秘密保全の観点から、非公開情報が開示されず、審査できなかったということがある。


 ところで、今回奇しくも独首相が詰め寄っているが、米国としては、そのドイツをはじめとする欧州でこそ、過去どれほどの国際テロ容疑者たちが証拠不十分等で釈放されているか、歯噛みする思いもあるだろう。
 「ドイツは快適」だ、とまでうそぶく釈放容疑者もいる。^^;)
 それは氷山の一角、一例に過ぎないが、例えば以前ひところ話題になったマムン・ダルカザンリ容疑者の件もある。

 (【ドイツ】アルカイダ容疑者を釈放

 (ヨーロッパ逮捕令状法(ドイツの国内法)の合憲性


 そこで米国は、「やむを得ず」(と、思われる)苦肉の策を採らざるを得なかったはずだと思われる。
 現在の方針が、人権問題に深々と抵触し得ることくらい、誰が考えてもわかることだ。ブッシュ政権とて無論それを思わぬはずはない。
 が、しかし「スジ論」と「現実論」において、スジを措き、現実問題をとるべく、敢えての理論武装が「テロリスト=敵戦闘員」論なのだろう。
 (もっとも、「テロ=戦争」と一貫して主張してきたこととは整合しているが)

 敵戦闘員であれば、これを軍事施設において尋問し情報提供をさせるのは当然であるし、また前述のようにテロリストが国際法上の戦時捕虜の資格を大いに欠くことからすると、適切な捕虜の待遇をもって遇する必要もない。
 また彼らの戦闘行動からすると、かれらは敵戦闘員の中でも「不法戦闘員」とすべきであるが、軍事法廷においては機密事項の保全が適切になされる。

 と、それは理屈ではあるが、やはり無理がある(と考えるのが普通、といおうか正常だろう ^^;)
 やはり人道上も、法治の観念からも、異常な行為というに近い。
 いわば超法規的に軍事施設に逮捕拘留され、弁護士との接見も許されないというのだから。

 米国内においても、いくつかの連邦控訴裁判所が政府に対して、そうした拘留者の釈放と、正規手続きに則った再起訴を命じているし(政府は上訴)、今回の独首相に限らず、欧州はかねて以前からきわめて強く申し入れている。
 例えば、<欧州会議>米国への容疑者引き渡しを拒否 人権保障されぬ限り

 とは言え、スジはスジとして、もう一度、現に政府として現実対応問題を考えてみれば、たしかに、それでは埒があかないのも事実だ。
 スジ論と、現にここにあるクライシスとの葛藤において、言わば一種の超法規的判断にも似る。

 であれば、一部の人々も主張するように、早急に法整備をするべきだろう。
 そこにしか解決点はないはずだ。


 まず、「敵戦闘員」に指定するならするで、その指定基準と指定手続きが法令によって明確に定められる必要があるだろう。

 また、いかにテロリストといえども(しかもその時点では「容疑」者に過ぎない。これは一般の重犯罪「容疑」者と同じだ。)、保護される権利の範囲が明確に定められるべきだ。
 弁護士をもつ権利は必須だろう。

 そのうえで、法廷における機密保持規程(弁護士については機密取扱資格制度を整備すべき)を立法する。あるいは場合によっては、こうした件に特化した特別裁判所を設置する手もあるだろう。(以前、米国で「テロ裁判所」のような特別裁判所設置を提案する意見があったと思うが。)

 かつ、これらのことが国際条約的に国家間である程度共有されることがのぞましい。
 そうでなければ、国際テロ容疑者たちの広範な活動範囲に照らすと、一国や一部の国のみでは到底囲い込めないし、例えばこの国なら大丈夫、なんて「安住の地」があっては意味がない。^^;)

 日本は、米国の(というと建前上の語弊もあるか…もとい、「日米の」 ^^;) 対テロ戦争に与力するにあたって、例えばこうした方面で米国を助けることも(同時に諫めることでもある)できるのではないか。
 こうした国際的司法枠組を提唱し、多国間を調整、主導してもよいのではないか。
 そういう貢献もある、というより、相当に大きな国際貢献だと思われるが。もちろん相当なエネルギーは要る。


posted by Shu UETA at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 天下-安全保障・外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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