2009年03月17日

戦術の勝負(雑記的)


 WBC日本vsキューバ、昨朝も午前5時のプレーボールからしっかり観戦。
 結果的には日本の快勝、
 そして韓国にコールド勝ちした時に「実力差はほとんど無い」と言ったのに比べると、キューバはやや劣る感があった。一言でいうなら、現代野球としてはキューバの(今回のチームの)野球は、粗野に過ぎるきらいがある。
 野球であれサッカーであれ、強いチームが勝つのではなく、上手に戦ったチームが勝つのだ、とはよく言われることだが、キューバは個々の選手レベルでは「強い」のだが上手に戦わない。
 日本チームは、今大会でもし再度キューバと対戦する場合には、今度も彼らの「強さ」を「上手く」かわし、さばいていくことが肝心だろう。

 ところで、今回の勝利の報道で、サンスポに次のようなくだりがあった。

 狙い球を絞らずに来た球を打つ、天才肌の打者をそろえた日本。原監督は「(WBCは)相手を観察する時間はない。自分たちの野球をすれば、戦える自信がある」。この日も先発攻略への細かな指示は出ていなかった。だが、制約を課さないことが、逆に好球必打の姿勢を研ぎ澄まさせているようで、選球眼の良さが際立っていた。


 たしかに、選球眼のよさ、そしてそれ以上に、球種やコースに関わらず来た球に反応する能力では、まさに選りすぐりのメンバーというほかないと思う。(ファールの多さ、そして空振りの少なさに顕著だろう。)
 (ちなみに前回WBCで名を売ったロッテの西岡は、今回の選にもれたことを大いに発奮材料としてるが、実は彼は、あまりこうしたタイプではない、もしくはその点では未熟だ。しかし、目下のオープン戦での日々のコメントでは、来た球に自然に反応すること、それをテーマにしていることがわかる。ひょっとすると本人は、発表されたメンバーリストから、自分に欠ける部分をしっかり自覚しているのかもしれない。それが思索であれ本能であれ、だとしたら偉いものだ。)

 「天才肌」という表現は抽象的に過ぎるが、
 より具体的に、「狙い球を絞らないタイプ」の選手ということでは、なるほどと首肯するところがある。
 奇しくも、中継放映中に解説の槙原氏も、はたと思いついたといった様子で、「ひょっとすると選考基準にそういうのがあったのかもしれない」とつぶやいていた。

 実際にどうであったのかはわからない。
 しかし、もしそうしたことが意図的に行われていたのだとすれば、それは天晴れ実に戦略的だと思う。

 で、ひさしぶりに少し戦略・戦術ということについて徒然に。



 一般的に多くの人々にイメージされる以上に、戦略の大きな柱のひとつは、戦力の造成だ。
 こういった大会では、その構成(選抜)がそれにあたる。

 どう戦うかというデザイン(方針)に沿って戦力を造成することが、戦略的な態度といえる。(むろん、有する戦力でどう戦うかという逆方向のフィードバックと互いに相関するものではある。)
 わかりやすい例をあげれば、日露の戦争をピンポイントに想定して行われた日本帝国海軍の戦力整備は、まさにその実例であり、世界的にも成功例のひとつとされる。

 さる北京五輪において星野ジャパンに多くの野球ファンが抱いた漠然としたフラストレーションの中には、そうした意味での「いったいどういうチームにしようかというのかがよくわからない」ということもあったろうと思う。実際には何らかの明確な意図のもとに選考されていたのかもしれないが、非常にわかりにくい…あるいは理解し難いものだった。
 (前回WBCの際の王ジャパンは、今回のチームとは似ているが微妙に異なるものの、しかしどういう野球をしようとしているかということは、野球ファンならば誰の目にもわかりやすかった。当時それは small baseball と喧伝されていた。)



 ところで、
 「戦略の失敗は戦術では補えない」
 「戦術の失敗は戦略で補える」
 ということが一般的に言われる。

 これは、もっともなことであり、原則としては認識しておかねばならないことだ。

 しかし、ともするとこれが戦術の軽視につながることが多い。そしてそれは危険だ。

 実際の闘争では、戦術レベルでの精強さがものをいう場面は、上述の原則的理屈以上に多い。

 戦略次元での理想は、戦術次元以下での能力に依存することなく勝利できるだけの枠組みを準備すること(あとは誰がやっても勝てる状態)だが、「理想」というとおり、つねに戦略が瑕疵なく理想的に構築されるとは限らないのは神ならぬ人の身の常だ。

 まして、真に何でもあれに限りなく近い本当の戦い(究極的には戦争)と違って、スポーツやビジネスといった場での競争においては、数多くの制限があり、戦略のみで勝利まで計算することは不可能だ。

 スポーツであれば、必ず選手個々の戦術的能力が必要だ。
 いかに営業戦略を適切に策定しても、個々の営業部隊ひいては個々の営業マンの戦術能力を問わないなどというレベルに至ることはない。


 そしてまた、戦略上の膠着、状況の膠着を打破し得るのは、戦術であることが多い。
 つまり、動きがない、動きが読めない、といった場合には、とりあえず石を投げてみて様子を見るということが必要だが、それは、状況へのリアクション能力に信頼、自信がなければなかなかできないことだ。
 相手のリアクションであり、状況の変化に対して適切にリアクションをとり、状況を有利に展開していくというのは、戦略レベルからみれば、それは戦術レベルにまつことになる。
 (混戦の中で地力の差が出る、というのもまさにこれだ。)

 今回のキューバ戦を前に、原監督が、「正々堂々と胸を合わせて」という表現をしていたが、あるいは前述のサンスポ記事にある「自分たちの野球をすれば、戦える自信がある」ということも、格別細かな指示も出さなかったということも、それは、(仮にベンチレベルを戦略レベルと呼べば)今回の試合では戦術能力での勝負に信頼したというふうに、とらえられる。


 くりかえすが、戦略重視はむろん間違っていないが、戦略マニアは戦術軽視に陥りがちだ。

 真の戦略家であれば、まず第一に、手持ち部隊の精強化に余念がない。
 故にいつの世も軍の将校の任務の第一は部隊訓練なのであり、すぐれた企業は常に社員の教育訓練に熱心だ。

 今回は仮に戦略−戦術という構造で話したが、こうしたことに興味のある向きならご承知のとおり、戦略・戦術というのは相対的な次元の問題だ。
 国家の大戦略にとって軍はその戦術的な位置づけになろうが、その軍には任務を達成するための戦略があり、そのコマとなる戦術部隊にはその部隊の戦略があり…。
 だからこの話は、通常で言うところの戦術レベルと作戦レベルの間でもいえることだ。軍でいえば再末端の作戦レベルは分隊だろうが(編成単位部隊という意味ではない)、分隊長は(さすがに分隊レベルまでくると戦略とは慣習上言いづらいが)自分の方針の適否だけではなく、分隊員の個々の能力を信頼せねばならぬことが必ず多々ある。だから平素から鍛える。(自分の戦闘遂行方針に適するように訓練する。)

 戦術に頼らねばならない場面は実に多い。

 ここは人により好悪も是非判断もわかれるところではあるが、僕は基本的には、

 戦略レベルで真に甲乙つけ難い選択肢がある場合には、どちらでも大差ないと考えて差し支えないことが多いと思っている。あとは戦術で勝負する。
 本当に甲乙つけ難いデートコースなら、どっちを選んだって同んなじだと腹をくくるべき。あとは楽しい会話をすることだ。
 (参謀はこの限りではないと思うが、指揮官にはこの決断力が必要だ。)

 状況が膠着、あるいは状況や敵情が混沌として見通せない場合には、とりあえず石を投げてみるべきと思っている。その結果生まれた新たな流れを見定めて戦略を再構築するまでの間を支えるのは戦術能力だ。
 あの子とうまい具合に接点をもつ機会もなく、情報も乏しい、趣味や嗜好もわからない、で何かうまいチャンスを延々待ち過ぎるよりは、えいとばかりにとりあえず話しかけてみることだ。ただし、そこそこの会話能力やリアクション能力と一定程度の好印象性が自分になければその手に出れない。

 剣にいう「後の先」も、自らのリアクション能力に絶対の自信があってこそだ。

 だから、世の多くの人がステレオタイプに抱いているイメージとは異なって、
 軍における優れた兵士であり将校というのは、上官の命令に服従するだけのものではなく、状況に応じてよく上官の意を体して自ら判断、適切にリアクションできる者なのだ。そのリアクション能力に信頼できればこそ、上官の選択肢の幅は広がる。


 ここまでを再度まとめてみると、
 もちろん戦略の理想は、「誰が実行しても成功できる」ような、隷下の戦術能力を期待しないものである。
 しかしながら、そうした理想的状況は常に実現できるものではない(むしろ、通常は実現できないだろう)。その際には、程度の差こそあれ、戦術能力に期待すべき部分が多々でてくる。
 ゆえに、戦術レベルでの精強化はきわめて重要な課題だ。
 (「誰が実行しても成功できる状況」の準備も戦略の成功だが、一方で「どう戦っても勝てる戦力」の準備もやはり戦略の成功なのだ。信長も秀吉も前期は前者、後期は後者の傾向が強い。特に信長には、ごくごく初期の頃から、部下人材の発掘及び教育訓練にかける熱意が著しい。)


 さらにところで、
 一般的なイメージでは、戦略(もしくは上位の方針)がまずあって、その実行単位として戦術(もしくは下位の方針)があるととらえられるが、仮にこれを積極的戦略処置と言うとすれば、
 一方で、消極的戦略処置というものを考えることができる。

 この消極的戦略処置というのは、戦術上の失敗もしくは(でき得ることならば失敗以前の)戦術上の危険に対して(でき得るならあらかじめ)対処するものである。

 原監督は、「自分たちの野球をすれば、戦える自信がある」とは言っているものの、
 たとえば次の韓国戦で、日本が先日ゼロ封を喫したあの投手が再度先発してくるならば(その公算は高い)、今度はあらかじめ何らかの策を指示する必要があるだろう。


 個人の中にあっては偏にバランスの問題だが、
 組織にあっては、
 戦略担当者は戦術指揮官の負担を軽減すべく頭脳を絞る、
 戦術指揮官は戦略の不備を補ってやるくらいの意気で自らの戦術能力を発揮する、
 それが各々の心意気だろうと思う。

 そうしたものが息づいている組織は強い。


 ちなみに、
 漠然とではあるが、人には戦略担当者タイプと、戦術指揮官タイプ(いずれにもあたらない戦略指揮官タイプも僕は類型するが)があるような気がする。

 能力的には両方を兼ね備える人もいる(優れた人材であればそうだろう)が、
 性格的には、どちらかに分類される場合が多いように思える。そして自らの性向と逆の任につくとなかなかストレスがたまるものだ。

 僕の勝手気ままなざっくり類型では、

 織田信長は戦術的にも戦略的にも稀有の能力者だろう。
 しかし性向的には明らかに戦術指揮官タイプだ。

 秀吉も両能力に長けるが、キャラ的には戦略担当者タイプではないか。

 源頼朝は、能力的にも性向的にも戦略指揮官タイプだ。
 義経は、これも全面的に戦術指揮官タイプだろう。

 尊氏は能力的には戦略指揮官タイプだが、性向的には…ひょっとすると戦術指揮官タイプかもしれない。
 義貞は、全面的に戦術指揮官タイプだろう。

 ナポレオンは、戦術的にも戦略的にも優れているが、性向的には戦術指揮官タイプだろう。

 アレキサンダー大王は徹頭徹尾、戦術指揮官タイプに見える。

 東郷平八郎は、絵に描いたような戦略指揮官タイプ。これは能力的にも性向的にもそう見える。

 秋山真之は、絵に描いたような戦略担当者タイプ、その鑑ともいえる。
 秋山好古は、能力的には戦術指揮官として優れているが、キャラ的には戦略指揮官タイプかもしれない。

 西郷どんは戦略担当者としても優れているが、性向的には戦略指揮官タイプに思える。
 大久保は全面的に戦略担当者だろう。

 竜馬は難しいが…案外戦術指揮に優れてる面も見せている。キャラ的にも案外そうなのか…。あるいは戦略指揮官タイプかのいずれかだろう。

 高杉晋作は、これはもう戦術指揮官タイプだろう。
 桂は戦略担当者型。

 土方は戦略担当者的にも戦術指揮官的にも優れた実績を残しているが、性向的には判断が難しい。三者のどれであってもおかしくない。これは本人に、どういうポジションがいちばん好きだったかきくしかないだろう。

 現代人は難しいが、
 小泉さんは全面的に戦術指揮官タイプでは。
 小沢さんは難しいな。しかしあの人は少なくとも性向的には本当は指揮官タイプじゃなくて、参謀タイプのような気が僕はする。そういうときのほうが、生き生きしてるんじゃないかな…。

 特に熟考を経ていないごく無責任な評でした。^^;)

 僕自身は、性向的には明らかに戦術指揮に任じているときのほうが、部隊にせよ今の仕事にせよ生き生きと充実感がある。能力については自評は避けよう。^^;)

 みなさんはどうでしょう。

posted by Shu UETA at 02:23| Comment(0) | TrackBack(2) | 戦略戦術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/115769471
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック

RE: 戦術の勝負(雑記的)
Excerpt: Shu’s blog 雌伏編 「戦術の勝負(雑記的)」 より 真の戦略家であれば、まず第一に、手持ち部隊の精強化に余念がない。 故にいつの世も軍の将校の任務の第一は部隊訓練なのであり.....
Weblog: BIASED?
Tracked: 2009-03-18 17:42

RE: 戦術の勝負(雑記的)
Excerpt: Shu’s blog 雌伏編 「戦術の勝負(雑記的)」 より 真の戦略家であれば、まず第一に、手持ち部隊の精強化に余念がない。 故にいつの世も軍の将校の任務の第一は部隊訓練なのであり.....
Weblog: BIASED?
Tracked: 2009-06-02 00:02
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。