2005年12月30日

(名将言行録) 「仁」

マガジン「名将言行録」69号関連記事

 マガジン「名将言行録」第69号(配信が遅れ、申し訳ありませんでした ^^;) では引き続き前田利家、その第二回をお送りしました。
 今号では、秀吉に佐々成政を赦せと進言したくだり、そして利家が仇敵の弟を懇ろに扱った際の世評と、いずれも「仁」という徳に関わるエピソードだったといえるかもしれません。

 そこで、あらためてではありますが、「仁」という徳について、とりわけ武将、武士にとっての「仁」ということについて、今日は少しお話をしてみたいと思います。

 さて、「仁」というと、皆さんはどのようなイメージをもっているでしょうか。



 「仁」というと、「仁愛」であるとか「仁恩」という言葉もあるとおり、他者に対する思いやりの心であるとか、慈悲、慈愛ということが思い浮かぶかもしれませんね。

 大辞林や大辞泉によると、このようにあります。

 
<大辞林>
(1)己に克ち、他に対するいたわりのある心。儒教における五常の一。
(2)愛情を他におよぼすこと。いつくしみ。おもいやり。
「―の心が厚い」
(3)〔仁の道を行う人の意から〕ひと。かた。

<大辞泉>
1 思いやり。いつくしみ。なさけ。特に、儒教における最高徳目で、他人と親しみ、思いやりの心をもって共生を実現しようとする実践倫理。「智・―・勇」
2 ひと。→御仁(ごじん)




 大辞泉が云うように、「仁」とは儒教における最高の徳目、最も中心的な徳目であり、大辞林・大辞泉がともに述べるとおり、他者に対するいたわり、慈しみ、思いやりといったものだといえるようです。

 さて、しかし実は、儒教に掲げられるような「仁」の観念と、武士の間で尊ばれた徳としての「仁」の観念は、少しく異なる点があるように思われます。

 それは何でしょうか。

 実はそれは、立場に対する感覚ではないかと思います。
 武士がいう「仁」とは、あくまでも「強者の徳」という面が色濃いものです。

 強者とは、戦いに勝利した側であり、あるいは戦うまでもなく強い側であり、
 あるいは戦いを離れてみれば、それは「治者の徳」ということもできます。

 今回のエピソードで、秀吉や利家、あるいは当時の世人が称賛したという「仁」はいずれも、勝者たる秀吉あるいは利家が、敗者に対して向けた志を指しています。

 武士の「仁」とは、とりわけその当時にあっては江戸期以上に文字通り「戦士の仁」であったでしょうが、それは、単に他人を思いやるとか、他人と親しむ、まして儒教の観念として大辞泉が上に述べているような「共生を実現する倫理感」などでもなければ、あるいは博愛ということでもありません。助け合いということでもありません(武士には「相見互い」や「見継ぐ」という同朋間意識がありますがそれは「仁」とは別の話です)。

 それは、勝者が敗者に施す思いやりであり情であるのです。強者としての慈悲であり、あるいは為政者としての仁愛であったのです。

 今回号のエピソードにおけるものもしかりですが、武士の時代が終焉した後であっても、例えばより有名なものとしては、日露戦争における乃木希典の水師営の会見などが思い出されるでしょう。

 日露戦争は、開戦から終戦まで、まさに世界中の注目を浴び続けて戦われましたが、故に各国の観戦武官のみならず、世界中のプレス記者が取材に参じていました。

 からくも旅順をおとした乃木将軍でしたが、敵将ステッセルの降伏会見に際してはマスコミの写真撮影を許可せず、
 敵将を辱めるわけにはいかない、会見の後に既に友人となって同列に並んだところの撮影なら許そう、そう言ったのは有名です。

 また、海軍がバルチック艦隊を破った翌日、司令部での祝宴ではこのようにも述べたといいます。

 
 我が聯合艦隊のため、我が勇敢な海軍軍人と、東郷提督のために、祝盃を挙げるのはこの上ないことだ。
 天皇陛下の御稜威(みいつ)によって、我が海軍は大勝を得た。
 しかし忘れてならぬことは、敵が大不幸をみたことである。
 我が戦勝を祝すると同時に、又我々は敵軍の苦境に在るのを忘れないようにしたい。
 彼らは強いて不義の戦をさせられて死に就いた、りっばな敵であることを認めてやらねばならない。
 それから更に我が軍の戦死者に敬意を表し、敵軍の戦死者に同情を表して、盃を重ねることとしよう。



 今日においてはスポーツにおいてもそうした感覚を理解できる人は多いと思いますが、およそ戦闘においても、勝負というものは所詮は相対的なものに過ぎません。そうした恬淡とした思いを、往時の侍たちは実感として持っていたのではないでしょうか。
 「勝負は時の運」とはさまざまな文脈で口にされますが、戦いの後に、勝利した側から深々と振り返られるものでもあります。
 あるいは「明日は我が身」という言葉は、今日においてすら死語にはなりきっていない、日本人の感覚に深く根ざした言葉ではないでしょうか。

 さてあるいは、過去においては建前においてすら、強者とは治者でありました。
 その治者が領民を思いやる政治が、仁政というのです。

 上記のようなかつての武士の徳たる強者の徳としての「仁」などということを思ったことのない人でも、このあたりの感覚は、実は今日でも残っているのではないでしょうか。
 なぜなら、もし今、たとえば小泉首相の仁政であるとか、自民党政権の仁政などということを言えば、たいへんな違和感を感じるはずです。怒る人もいるでしょう ^^;) しかし怒るのが正解です。
 民主制においては(実態がどうであれ制度の本質、少なくとも建前として)政治は強者による支配ではないのですから。
 しかし、上杉鷹山の仁政であるとかといえば違和感はないでしょう。


 しかし、だからといって、こうした「強者の仁」は、相手を見下しているものではありません。自らを勝者であるとか強者であると悦にいるものでもありません。
 先ほども触れたように、そこには、強弱であるとか勝敗ということに対する無常観であったり、あるいは謙虚さというものがあります。

 さらには、そこに弱者に対する「責任感」のようなものが生まれてきます。
 勝者として、あるいは強者、優者としての自らが、敗者、あるいは弱き者に対して配慮する、いたわる、そうした感覚はやがて責任感へと高められていきました。
 「窮鳥懐に入れば云々」ということは日本人が好んで使い、また実践してきた言葉でもあります。
 あるいは平和の江戸期を通じて残った、武士の慣習法としての「武家屋敷駆込人の保護」ということの一端にもそれは見ることができるでしょう。
 そして当然ながらそれは、それこそ「仁政」への志向性を持ってもゆきます。


 さて今日この話をしたのは、ただ単に武士道における「仁」のニュアンスに関する一考察を開陳することが目的ではありません。
 せっかくです、さきほど述べたように、今日においても実は漠然とわれわれ日本人の感覚に残っているこのある種のDNAを、今日においても自らに実践しない手はないだろうと、それが今日言ってみたかったことです。

 実践、そう聞いてまず何を考えるでしょうか。
 どう実践するかということをちょっと考えてみると…

 そうです。実践するためには、まず自分が強者にならねばならないのです。勝者にならねばなりません。

 かつて武士が義や勇と並べて仁を掲げ、自らを律する目標としたとき、この「仁」は、「勝者たれ」「強者たれ」という要請をもその概念の内に含んでいるのです。
 (ここまで突き詰めるなら、なるほど武士道とは甘っちょろいものではないようです)

 そうして僕らも、
 まずは自らを自らの足で立てるようにすること、そして自分の道において自分の力を磨くこと、そうして、仁を発揮できる立場に、まずはなること、それが大事なんだろうと思います。

 コミック「ワンピース」最新刊ではルフィもこう言っています。^^;)
 「おれには、強くなんかなくたって一緒にいて欲しい仲間がいるから…おれが誰よりも強くならなきゃ、そいつらをみんな失っちまう」

 もうひとつ、
 どんな勝負であれ、ビジネス上の競争であれ、僕らは勝ってなお敗者への配慮を欠かさないでいたい、とも。
 それはただ美談だの何だのということよりも何よりも、僕ら自身が油断に陥らないでいられるように、勝って兜の緒を締めることを忘れないことにもなっていくでしょう。

 それから、
 既に部下や後輩をもつ立場にあれば、僕らは、彼らに対する責任感ということを忘れずにいたい、と。


 最後に余談ですが…
 近年取り沙汰される国際協力活動といった国家の行為も、日本のかつての伝統的感覚でいうならば、それはまさに「仁」という観点から見るべきところもあるかもしれません。
 もし「(幸いにして)強者たる日本」の責任ということがあるならば、それはまさに「仁」であるでしょう。


※武士道の概念として個人的には全面的に賛同ではありませんが、この「仁」という徳目に関しては、福田和也氏の「なぜ今、「武士道」か 日本及び日本人の復活」での記述がたいへん納得させられます。(さらに関心を持たれた方は一度手にとってみられてもよいかもしれません)



 新年、次週70号も引き続き、前田利家をお送りします。

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posted by Shu UETA at 19:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 名将言行録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
旧年中は、大変面白いメールマガジンの発行を
ありがとうございました。m(__)m
今年もどうぞ発行をよろしくお願い致します。
とても楽しみにしております。
多少、発行の日が遅れるのは、納得のいくまで
推敲を重ねておられるからだと思っています。
大丈夫ですよ。^^

「仁」については、ここでうーん、と考えましたが、宿題にしてください。
私は、大谷吉継という武将が大好きでして
いつか熱く語っていただきたく思います。
一方的なリクエストを書いて申しわけありません。
本来ならば、メールすることを考えたのですが
blogの方では、はるかに多様なことが補足
書かれているために、こちらにコメント
致しました。どうぞお許しください。m(__)m
また訪れますね!



Posted by らいと at 2006年01月02日 18:41
> らいと さん

 かたじけないお言葉を、ありがとうございます。
 新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。


> 「仁」については、ここでうーん、と考えましたが

 いわゆる武士道、武士の道云々なるものは、
 武士の掟などとも云われつつ、しかし決して本来の「掟」のようなものでも戒律のようなものでもなく、不文律であり行動をもって示されるものであり続けたため、
 彼らの時代においてすら、ああではないこうである、そうではないああである…とさまざま議論され続けた(武士道の吟味)ものですから、
 まして今日においては(も)さまざまに見解し得るものであろうと思います。^^)

 彼らが「武士道」に関する学者であろうとしたわけではないのと同様、僕たちも、この問題に学者として取り組んでいる人以外は、各自個々にそれについて考える(吟味する)(あるいは行動する)ことに、あるとすればなにがしかの意義があろうと思います。^^)
 よって僕の個人的見解につきましても、格別拘っていただく必要はありませんので、お気軽にお聞き流しくだされば結構です。


 さてところで、
 大谷吉継は素晴らしい武将ですね。
 せっかくのご希望にそえますよう、近いうちに取り上げようと思います。
 しばしお待ちを ^^)

 なお、メールに関しては、メールマガジンに関わることに限らず、雑談であれ何なりと、ぜひお気軽によこしていただいてokです。
Posted by Shu UETA at 2006年01月03日 01:05
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