2005年12月20日

(名将言行録) 緊張と弛緩への着意

マガジン「名将言行録」68号関連記事

 編集後記的なものをしたためるのは久しぶりとなりました。^^)

 さて、マガジン68号では、前田利家の、いわばこれも一種の人心収攬術とでもいいましょうか、家臣を怒らせて士気を高めたというエピソードが紹介されていました。

 この手のエピソードは古の名将の逸話としてしばしば見かける類のものですが、往々にしてそれらの「テクニック」は、自身の人間力やあるいは人間関係力といったものの裏打ちの無いままにただ真似ると、かえって関係を損なう危険も多々あります。
 今日は、そうしたテクニカルな(悪くすると小手先の手練手管に堕ちる)ところとは少し距離を置きつつ、筆者の経験から思うところを少し紹介してみたいと思います。

 それは、部下の心理の緊張と弛緩に対する着意というものです。



 本論にゆく前に、先ほど少し述べた手練手管の危険ということにも再度触れておきましょう。

 マガジン「4 部下を怒らせる」の項で紹介したのは次のような話でしたね。

 末森城(すえもりじょう)が佐々勢に攻囲されたとの報に接し、利家は、富田という家臣に命じて、不破という家臣への命令伝達を命じます。
 富田は、一散に馬を飛ばして不破に命令を伝えるのですが、戻ってみると既に利家は部隊を進発させているところ。
 利家は富田を見るなり言います。
 遅いではないか、いったいどこで寝ておったのだ。
 富田は怒って反論しますが、利家はまともに取り合いません。
 気の毒な富田は怒り収まらぬまま軍旅に合流すると、その日の合戦では半ば怒りまかせにも似た様で、一番槍をつけた。

 で、これは利家一流の、部下を鼓舞する術であったそうだ、と名将言行録には記されています。

 さて、実際にこの話が、真に利家の「術」であったのか、あるいはそれこそ利家一流の単なる「からかい」であったのか、それはわかりませんが、少なくとも利家は、そうした出来事も世上そのように解釈されるほどの将であったということなのでしょう。

 冒頭にも少し書きましたが、部下の心理状態をコントロールするような、名将と言われる人々のこうした手管は、しばしば目にします。
 しかしながら、先だっても注意喚起したとおり、この手のテクニックというものは、そのまま真似るのはあまりお薦めできない場合が多いものです。

 エピソード中にある人心収攬の達人たちは、ただテクニカルに「わざと怒らせる」とか「褒めて木に登らせる」といったことをやっているのではなく、自身の経験、世間知、人間力といったものの裏打ちを持ち、かつそうした表面的テクニックであっても、常に当座の状況や相手の観察、掌握ということを踏まえて繰り出しているものであろうからです。(あるいは真のnatural、本能的にそういうことができているか、です)

 そうしたものを欠いて、ただ表面的にテクニックを真似ても、かえってケガをすることも多々あり得るものです。
 これは、例えば巷のビジネス啓蒙書などで見たテクやセリフをそのまま職場で使って、逆に空回りしたりういてしまったりするのと同じで、場合によっては期待に反して逆に部下を一気に遠ざけてしまうことさえあります。

 恋愛も同じですよね。^^)
 世にさまざまなテクニックは紹介されますが、結局、自身で真に身にぴったりとついていない、何かワザのようなものは虚しいものです。虚しいだけならよいでしょうが、効き目の程も怪しく、場合によっては反感を買うことすらあるものです。

 この手のことは、表面的な部分を公式化してはなりません。
 敢えて参考にするならば、その表面事象の底にある構造を理解して踏まえたうえで、というべきでしょう。
 (ちなみに今回の利家と富田某のエピソードでは、こうした当人の性向や事態の状況等といった構造関係が載っていないため、そうした思索の資は欠いていますね)

 従来も書いてきたことではありますが、
 組織というものはマシンならぬ人間の組織です。まずは人間の理解ということが重要であり、それには自ら経験を重ねる中で世間を知り、人間というものを知り、自分のキャラということを知り、人間力をつけていくしかありません。
 ただし、その間において、平素そうしたことを考える姿勢があるか無いか、試行錯誤、フィードバックという試みがあるか無いか、そうした思索の有無によって、得るものは大きく違ってくるでしょうし、一定のものを得るまでに要する時間も大いに異なってくるでしょう。
 これが、1年の経験を他人の3年分にも5年分にもするということです。


 以上は今日お話ししたいことと言うよりは、(皆さんの多くにとって言わずもがなではありましょうが、念のための)注意書きといったものです。

 さて、で、今回のこうした話に関連して紹介してみたいという話は、仕事のうえでの部下の心理状態の「緊張」と「弛緩」への着意、とりわけ「弛緩」に関するものです。

 本来なら「コントロール」とでも言うべきなのかもしれませんが、そこまでの操縦性を言うものではありませんので、「着意」「注意事項」とでもしておきましょう。

 随分昔に、何かの本で、誰かのエピソードとして読んだことがあるのですが、申し訳ありません、皆目思い出せません。
 が、エッセンスは覚えています。それはこういうものでした。

 ある戦前の実業界の大物の方だったと思うのですが、ある時、部下に命じて緊急で書類か何かを取ってこさせたときの話。
 その部下氏は、なんとしても緊急の用に間に合わせるべく、必死で時間を嗣いで急行し、たしか箱根の山中かなにかを往復して息もからがらに無事、復命したところ、その困憊ぶりも気の毒なほどであったが、件の大物氏は、憮然とも見える表情で、苦労をねぎらうでもない。
 同行の某がそれを見咎めて一言問うたところ、答はこうであったと。
 疲れている人間をあまり褒めてはいけないんだよ。体調を壊したりするからね。

 これは、僕は非常に納得するところがあります。

 「疲れている人間をあまり褒めてはいけない」というのは、「疲れている人間の気持ちを弛緩させては危ない」ということなのです。

 仕事でたいへんに忙しく走り回ってきた期間の後に、ようやく一段落、ホッと、そういうときに風邪は引きやすい、こういうことについては経験上うなづく方も多いのではないでしょうか。

 僕が今日言う「緊張と弛緩」というのは、そうした「気の張り」と「解放」と言い換えることもできます。

 さて、風邪引きなどといったこと、あるいはより深刻な程度に体調を崩すということ、そうしたことに加えて、純粋に仕事上のミス、過誤ということがあります。

 たいへんな仕事の苦労を重ねて、最も難しいところを越えたあたり、目途がついた、もう八割方完成と、そうしたところでの気の緩みは、非常におそろしいものです。
 おそろしいというのは、失敗のインパクトよりも、そうした失敗が起こる頻度において、より怖ろしいといえます。

 とりわけ危機管理的な仕事においてはなおのことですが、最難関フェーズをクリアした時点、ほぼ完遂に近づいた時点、いわゆる目鼻が付いた時点、そうしたところでの安堵感が、最後の詰めにおける思わぬ失敗失態につながるということは、厳しい仕事の現場を経験している人なら多く了解されるでしょうとおり、普通に想像される以上の頻度で起こるものです。

 この時点で、「やー、本当にみんなよくやった、おつかれ」は、早いのです。
 もちろん「みんな」でなく、特定の頑張ってきた個人に対しても、です。彼は、まだ最後の二分を頑張らねばなりません。

 しかし、(人間心理としては非常に理解できるし、したくもあるし、実に同感なのですが)この時点で、皆の「張り」を解放して弛緩させることは、かえって彼らを苦しめる結果を招くことにもなりがちなのです。

 偉そうに言っていますが、僕自身、こうした失敗、煮え湯は幾度か飲みました。
 (だって、難所を越えたところで部下たちの顔を見回せば、一人一人肩を叩きたくもなるんですよね。そして、自身がつくったそんなウキウキ感が、皆を油断させることになるのです)

 「遠足は家に帰り着くまでが遠足ですっ!」
 実に落ち着きのない子供であった僕は、小学生の頃、遠足ではいつも先生にこう言われていました。
 ちょっとインパクトのある先生であったせいか、繰り返しさんざん言われ続けていたこの言葉、今も声までリアルに思い浮かびますが、僕は以前職場でつくづくこの言葉をかみしめたことがあります。^^)

 さて、と、こ、ろ、が、
 もちろんこれも「公式」ではありません。
 状況も千差万別なら、そこにいる人々も異なります。

 つまり、例えば全体の中での位置づけということ、例えばメンバーの疲労具合ということ、例えば個々人の能力、性質、キャラクターということ、等々々…
 そうしたことからさまざまに考えるべきことはあります。

 緊張と弛緩のメリハリを効かせるというのもひとつのスタイルです。(個人的経験上の結論的には僕はこれが最も好きですが)
 難所を越える、あるいは一定の進捗ごとに、思い切って弛緩し、再度テンションをあげる。
 ただ、これを行なうには、「再度テンションをあげる」技術が不可欠です。
 それは個々にスタイルがあるでしょうからここでさまざま列挙しませんが、ただし、覚えておいて良いだろうと思うことは、同じ組織であれば、こうしたパターンはクセ付ける、習慣化することが可能です。
 何度か繰り返していれば、組織自体が、こうした「緊張−弛緩ー緊張−弛緩…」といったメリハリを習い覚えて、組織に染みついていきます。いったんそうしたクセ付けができれば、「再度テンションをあげる」ことは当初より容易になっていきます。(ちなみに、うまく「弛緩する」ことも上手になっていきます)

 あるいは、部下たちには自然に喜びや安堵感を感じさせつつ、自身(あるいはナンバー2的レベル)は、平静を保つという場合もあるでしょう。
 (ただしこの場合、組織の状態にもよりますが、一般的に、「平静を保つ」だけでは足りず、どちらかというと不機嫌に見える、むすっとしてる、くらいでなければ効果がない、釣合がとれない場合が多いようにも感じます)

 人によっては、敢えて部下の報告に対して、嬉しそうな顔色ひとつ見せず、「そうか、わかった」の一言くらいで、部下を「あれっ?」と思わせるような人もいます。
 (全てが完了してから、ゆっくりも、力強くも、褒賞する機会は後にあるのです)

 公式ではない、と言ったとおり、こんな具合での列挙を続けるのは避けますが、
 あらためて、
 人心の「緊張」と「弛緩」への着意というものは、もっておいて良いものだと思います。

 (察しの良いひとであれば、この両者のバランスということは、他にもさまざま思いあたることがあるでしょう。例えば、「準備」と「本番」におけるこうしたバランスのタイミング調整も然りです)

 また、最初に例話したとおり、健康ということにも、実際に大きな影響を与えることがあるのも本当です。
 病欠できない立場にある人について、もちろん自分自身健康管理は大切ですが、それを使う立場にある人は、彼であり彼女でありの、健康までを直接世話焼くことはできずとも、その心理的緊張と弛緩(とりわけ弛緩のタイミング)については考慮してあげるべきだろうと思います。(してあげる、というより業務の上においても重大な関心でしょう)
 あるいは家族や友人、恋人であっても、(口に出して言わないまでも)あ、こういう時は風邪をひきやすいんだよな、と思って、かけるべき言葉や世話というものがあるものです。


 いつもながら、偉そうに書いてきましたが、あくまで個人的思索の一片ということで、なにか参考になる点でも、あるいは思索の触媒になることでも混じっていれば幸いです。^^)



 次週69号も引き続き、前田利家をお送りします。

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posted by Shu UETA at 18:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 名将言行録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
名勝言行録のメールマガジンが届くのを
いつも楽しみにしています。
とても面白くて、エピソード満載で、
私は歴史の本を読むことも好きですが
知らなかったことがたくさん書かれています。
(笑)発行、本当にありがとうございます。
これからも応援していますので、
ぜひ、続けてくださるよう望みます。
また訪れます。 m(__)m
Posted by らいと at 2005年12月22日 23:51
> らいと さん

 うれしいお言葉、ありがとうございます。

> 私は歴史の本を読むことも好きですが
> 知らなかったことがたくさん書かれています。

 そうなんですよね、僕もたいてい歴史モノを読むのが好きなんですが、「名将言行録」には、意外とあまり聞かないような話がしばしば載ってるんですよね。

 つたないものですが、まだまだ続けていこうと思っていますので、今後ともお楽しみいただければ幸いです。^^)
Posted by Shu UETA at 2005年12月22日 23:55
私の上司がいわゆる「笑って人を斬る」タイプで
普段甘やかして、失敗すると「あいつはダメだ」という事が多々あります。こういう上司のもとではNO2が非常に重要でありますが、嫌われるくらいなんて事ないという信念を持ったものでないと、すぐに組織はダメになります。緊張と弛緩ということ、すごく参考になりました。
Posted by ぷろPT at 2005年12月29日 19:48
> ぷろPTさん

 過分なお言葉を頂戴し、ありがとうございます。

 コメントをいただけましたおかげでぷろPTさんのblogを知ることもでき、興味深く拝見させていただいているところです。^^)


> NO2が非常に重要でありますが、嫌われるくらいなんて事ないという信念

 名将言行録には登場しませんが、ふと、新撰組の土方歳三を思い起こさせますね。

 組織の運営ということ、十全な機能発揮という課題は実に奥行きの深い問題ですが、どこまでいっても組織は「人間の組織」、人間というものの強さや弱さを見つめる目をもって、お互いよりよいところを目指して頑張ってまいりましょう。^^)
Posted by Shu UETA at 2005年12月30日 19:08
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