2005年12月12日

絶品「能に学ぶ身体技法」


安田 登
発売日:2005/10
価格
あまなつShopあまなつで見る同じレイアウトで作成

 この本は、少なくともこのblogを始めて以来最高のお薦め本かもしれない(ただしあくまで「武術/身体」という分野において)。ゆえにタイトルでも「絶品」と冠してみた。
 凡そ書物を指して「絶品」なんて表現は馴染まないが、「傑作」なんてのもかえって陳腐、あるいは少しく異なるニュアンスも出てくるので、敢えて「絶品」で。

 無駄話は措いて、さて、本書のテーマを端的に示すと、
 「能の身体操法」と「ロルフィングの技術」によって「深層筋の操作」を身につけよう、というもの。

 武術や舞踊を稽古する人なら手にして決して損はない良書、スポーツをする人にもきわめて有益、その他一般の人にとっても、僕が平素主張する「身体操作力が精神と思考に与える影響」という意義のもとに、益するところはある書だと思う。
 (が、自覚的に身体を見つめる目と感覚がないと、という意味で、武術はもとよりスポーツ等にあまり触れることなく、平素(もしくは過去に)そうした習慣を持たない人にはちょっと難しいかも。興味ある人には、メールでもくれれば別のを紹介します。^^;)

 基本的には太鼓判、お薦めっ ^^)v



 実は僕は当初それほど大きな期待を抱いて買ったわけではなかった。
 ただ、僕はもとより能や舞いの身体操作を武術的に取り入れることに関心があったので、端的に「能に学ぶ〜」というタイトルからほぼ自動購入だった。(類書が少ないジャンルにおいては、多少でも触れていれば目を通そうということで、こうした購買態度になる)

 もっとも、著者の安田登氏については、これまで雑誌等で何度か記事や論文を読んでおり、ロルファー兼能楽師という新鮮さから印象には残っていた。(そして僕は目下ロルフィングにも関心を高めているので)

 かかる著者の手になる本書であるから、冒頭付近に書いたとおり、解説は、能の身体操作とロルフィングの両者を適切に取り入れ組み合わせて構成される。

 まずは例により目次を紹介。

 
第一章
和の身体技法「能」と深層筋の働き
 part1 能楽師とサムライとアスリート
 part2 深層筋を活性化させるための予備知識
 part3 ロルフィングとは?
 ■ スポーツの動きを本書で紹介している身体技法で解析!
 ■ 身体操作の達人に学ぶ@ 津村禮次郎(観世流能楽師)
 ■ 身体操作の達人に学ぶA 藤本靖(ロルファー)

第二章
深層筋を活性化させる6つの身体技法
 ■ エクササイズのやり方
 part1 大腰筋を目覚めさせよ!
 コラム「サムライは死に臨む前に能を舞った!!」
 part2 立つ
 コラム「能の主人公は幽霊!?」
 part3 すり足
 コラム「能の起源は何処にある?」
 part4 指シ込ミ・ヒラキ
 コラム「能は真剣勝負のジャムセッション」
 part5 呼吸
 コラム「舞歌に秘めたる力」
 part6 声
 ■ 身体操作の達人に学ぶB 宝田恭子(歯科医)
 ■ 身体操作の達人に学ぶC デニス・ハンクス(ネイティブ・アメリカン)



 こうして目次を見ると、わりとこの手の本にありがちな平凡な内容とも想像しがちだが、ひとつひとつの項目内容ごとに、実に理路整然としていて、それぞれのステップなりプロセスの位置づけであるとか意義がよく理解できるようになっている。
 例えば(あくまで一例)、
 「立つ」際の体軸感覚についてまず全体像(段取り)を書いている部分では(本書では万事、まず全体図が示される)

 しっかりした体軸感覚で立つことによって、すべてのシーンで安定性を得ることができる
 そのためには
 @足の裏の感覚を磨いて足裏3点立ちをできるようにする
 Aそして背骨の前側を意識した体軸感覚をまずは上半身で感じる
 B次は下半身だが、下半身には背骨がないので内転筋によってその感覚を得る
 Cさらなる安定のため仙骨の前側にある重心の感覚を持つ
 D重心だけだと体は安定するが自由度がなくなるので、それを作り出すためスカイフック感覚を持つ

 こうしてプロセスをあらかじめ示した上で、各ステップごとに、その養成法が示される。

 また、本書では随所に人体骨格図、筋肉図が示されているので、たいへんイメージがしやすい。
 (僕も骨格図や筋肉図の大判シートを持っているが、内観をたすけるために、この手のものは必須だ)

 僕個人は、大腰筋の操作や、体軸ということ、それから肩胛骨の翼感覚、そして股関節で立つ、歩く、蹴る感覚については従来自分なりに感覚を養ってきていたが、初期の苦闘(いや、楽しかったけど ^^) を思えば、あれほどの試行錯誤をせずとも本書のような手引きがあれば随分月日が節約できたような気がする。(もちろん、そうした過程も意味あるものではあったろうが)

 そもそも最初に僕がそうした事柄と向き合うこととなったのは、流派の表の型の1本目、その一歩目の出し方だった。
 僕の稽古する流派は居合が表芸だが、しかしいわゆる居合(座った姿勢から)ではなく、立った姿勢で歩みながらの抜刀の型から入る。
 その最初の型での一歩目を出すのに、どうしても体が揺れるしブレる。その一歩の出し方だけで散々悪戦苦闘したあげく、ようやく、両足の内側へ崩れる感覚と、足を背骨〜腰で引き上げる感覚にたどりつき、自分なりに最低限のクリアをしたのだが、当時のその感覚の前者が内転筋の感覚、後者が大腰筋の活用だった(当時はそんな用語や体内のシステムは知らず ^^;)

 うちの師匠は、まずはただ型を与えてくれて、その細かい理合や内部感覚については自分で徹底的に試行錯誤させるという方針だったので、このように、たかが一歩を踏むということにも苦闘することになる。
 ちょうど目黒にいた頃の真冬で、雪の降る中、さかんに首をひねりながらひたすら一歩を出していたのを思い出す。^^;)

 さて、そして今この本を読むと、能の身体技法における「運び(歩み)」の解説がまさにこれだ。そして、それぞれの使用部位のイメージの仕方や、使い方が非常にわかりやすく説明されている。素晴らしい。
 (ちなみに、本書とは異なるアプローチのひとつだが、僕個人は、大腰筋の感覚やそれを使うクセを覚えるのに、両足を前に投げ出した状態で床に座り、足にも上半身にも一切力を入れず、腰回りだけを使って骨盤で前後に「歩く」のがなかなか効果があると思う)

 肩胛骨については、さほど苦闘しなかった。
 高岡英夫氏の話などから、肩胛骨を立てるということ、それから剣の振りかぶり振り下ろし動作での肩のクランク的回転などについてヒントを得たので、わりと研究しやすかった。

 肩胛骨の開閉ということ、それから周辺筋肉をやわらかくすること、そうして肩胛骨に文字通り「翼」の感覚を持つことができるようになると、腕をより長い腕として使うことができて、手なり剣なりの作用点での威力を高めることができるほか、普通の生活シーンにおいても精神的な変化をかなり感じることができる。
 これも、本書に解説されている。

 股関節の意識については、やはり剣術の型の究明の過程での身の捌きの研究の中で個人的にはそこそこ成果を得つつある過程だが、本書でもところどころに解説がある(が、相対的にはさほど重点は置かれていないようだ)。

 個人的には最近も股関節による身体の捌きということには関心があって、いろいろ工夫しているところだが、これはスポーツにもいろいろ使えるのではないかと思っている。

 例えば、野球の守備やテニスの構えなど、両足を開いて少し低めに構えた態勢で左右に素早く動く際、動く方向と反対の足で地面を蹴るのではなく、動く方向側の足の股関節の回転で反対側の半身をまるごと引きつけるようにして反対側の足をもってくる。地面は全く蹴らない。
 うまくこれが使えるようになると、はるかに反応が速くなるような気がするし、無駄な力がいらない。さらには、野球なら盗塁の際や、サッカー、バスケ等なら相手のフェイント等にかかってからの復帰が格段に早くなるように思う。
 この練習には、ゆっくりした動作でもいいからいったん感覚さえわかれば、あとはクセ付け、刷り込みだけだ。
 僕は待ち合わせでぼーっと人を待ったりしてる時にもよくやってた。足は肩幅程度にしか開かなくていいので(でないと街中や駅頭で盗塁スタイルは変人だ ^^;)、右にも左にも偏らないニュートラルな状態から、全身の他の場所には一切力を込めず、左右どちらかの股関節で反対側の足を一歩引き寄せる。絶対に地面を蹴らない。
 慣れてくると、実際に一歩動くところまでやらなくても、それ以前でストップという内部感覚だけで練習できる。
 (※ その前に、立ち方を整える必要はある。足裏で下肢の骨の真下に重心を落とす等)


 さて一方で、本書において今回個人的に新鮮だったのは、上体部と下体部の連携というか力の伝達ということ(コントラ・ラテラル)と、脳神経の特性を活かした筋肉の緩め方(これはなかなか目から鱗!しかも簡単!)、そして呼吸における「骨盤底横隔膜」の作用、それからロルフィングにおけるディファレンシエーション(筋肉同士の癒着の切り分け)技法全般。

 コントラ・ラテラルについては、今後当面の課題として工夫、稽古する予定。

 骨盤底横隔膜については、実は、胸式呼吸でも腹式呼吸でもないいわゆる「全体呼吸」的な訓練で、自然に開発されていた感がある。しばらく、意識的に使い分ける感覚を磨いてみたい。

 ディファレンシエーション技法はロルフィングの技術で、写真もふんだんに使って相当に詳しく説明されているものの、ちょっとリアルな感覚としては部分的に難しい面がある。もうしばらく感覚を探ってみたい。(多分、一度実際にロルフィングを受けてみないと、わからないような気がする)
 また、もう一人手伝ってくれるパートナーがいないとできないものもあり、僕は男同士で触り合うのがあまり好きでなく、かといってそうしたことに付き合ってもらえるような女性も最近なくしたばかりなので ^^;) あはははは T_T)、しばらく棚上げしておこうと思う。^^)


 せっかく記事にすることでもあり、僕自身の経験も織り交ぜつつ書いてきたが、あらためて本書は実にお薦めだ。
 身体開発に関心のある人は、お手に取ってみて損はないと思う。^^)v


posted by Shu UETA at 20:01| Comment(2) | TrackBack(1) | 武術/身体 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「居合腰」ってのは能や狂言の立ち姿とそっくりだなとは前から思ってました。そのものズバリのテーマですね。是非読んでみたいです。御教示ありがとうございます。
「足を引き寄せる歩き方」というのは、私も膝の手術の後ついこの間までやってました。一番膝に負担を掛けないようにと意識すると、そうなってました。
Posted by 夢草の剣 at 2005年12月16日 22:29
> 夢草の剣 さん

 いえ、ご教示などとは畏れ多いですが、なかなかお薦めできるものと思いますので、機会がありましたらお手にとってみてください。^^)


> 膝に負担を掛けないようにと意識すると、そうなって

 何らかの制限が身体操作の次元をシフトし得る、という典型ですね。
 まさに、しばしば型がそうした意義をも持つ場合があるように。^^)
Posted by Shu at 2005年12月16日 22:53
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能に学ぶ身体技法
Excerpt: 自分がなぜ足が遅いのかというのを長いこと考えていて。身体操作とかのいろんな本を読んでたときに読んだ本です。すり足については興味を持ちました。ただ、すり足は常にその歩き方をするのは非常にしんどそうだなと..
Weblog: 義勇:日々多読
Tracked: 2008-05-15 12:47
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