2004年11月16日

ビューティーコロシアム

music What a Feeling / Irene Cara

 今夜フジTVで「ビューティーコロシアム'04秋!私を助けて不幸人生リセットSP」というものがあった。^^;)

 以前はレギュラー枠の番組だったが、その頃から、正直あまり好きな番組ではなかった。今日も、見るというよりは、まあチャンネルがつきっぱなしだったというところ。

 仕事しつつ、ちょこちょこ小耳にはさみつつ、久し振りに、またいろいろと考えてしまった。女性の美醜(?)などということについて。


 部分的にしか聞こえていないし、時折しか目を遣っていなくて、登場者全員を見たわけではないけど、例えば、画面には、
 「罵声から逃れたい」「私は行き場を失った」
 なんてテロップが。

 ある女性は、自分がブスであるせいで、就職できないと語る。(ずっと以前にも、こういう話をする人を番組で見たことがあったが)電話で話したときには優しい感じで応対してくれたのに、いざ面接に行くと、とたんに冷たい態度になる、と。そして、もちろん面接は落ちる、と語る。

 外見のことを揶揄されて、引きこもりになったという子も。
 そして多くの人は、「キレイになれば、自信もついて明るく生きられる」あるいは「堂々と人前に出れる」と言う。

 番組を知らない人もいるかもしれないので言っておくと、要は、自らの醜さ(?)に悩む女性が登場し、番組のスタッフ(整形医師からメイクアップアーティスト、ヘアスタイリスト等々)による改造を行い、キレイになる、という番組。
 まず登場すると、自分の容貌の悩み、そのせいで受けている不利益について登場者が訴える。そして、スタッフが整形等、変身の方針を立てる。そして、だいたい2ヶ月半後くらいの、変身後の本人登場、といった段取りで進む。

 僕が今日聞いた中では、ある人は、番組による整形&美容に450万円かかっていた。たしか、アゴが無いのが悩みの人だったと思う。
 (あまりキレイになってるようにも僕個人には見えなかったが ^^;)


 先に言っておくと、僕は、整形をはじめとした、こうした方法について、そんなに否定的ではない。そして、(男でもそうかもしれないけど)女性が自分の容貌を気にする気持ちはすごくわかる。その点であまりめぐまれていないと感じている子たちが、それで悩むのも、わかる。胸が痛むことだってある。

 正直、些か品位を欠く表現をすると、女の子は不細工だと損にきまってると思う。美人なら、得にきまってると思う。

 だから、女の子が、おしゃれやメイクに努力するように、その延長線的に、整形をやってみることは、別段悪くないと思ってる、個人がそれを望むなら、理想の自分づくりの一環としてのミッションならば。


 同時に、僕はしかし、この番組に登場する人たちについて感じることが、いつもある(いつも、というほどかつても見てたわけではないものの ^^;)
 それは、顔かたちとは別の、雰囲気というものだ。

 番組の構成上、わざとそうしている面もあるかもしれないが、登場者たちは、とにかく雰囲気が悪い。うまく表現するのは難しいが、関西弁で言うところの、どうも「気ぃ悪い」感じがしてしまう。
 気立てがよさそうとはとても思えないことが多いし、卑屈であったり、他への責任転嫁であったり、もちろん朗らかでもなく…ルックス云々よりは、そうした雰囲気に、見ていて不愉快になるような子が多い(あくまで個人的感覚に過ぎないけれど)

 そして、悩んでいるのだから、それも無理はない、ということも全く理解できないわけではないが…
 しかし僕は、実際に、その程度の顔のひとならいっぱい知ってるなあ、と思うのだ。そして、多くそれら僕の知っているひとたちは、もっと感じのいい人たちだ。

 僕が心配するのは、そうして整形によって多少思いを遂げたとして、それが彼女たちの「気ぃ悪さ」が溶けるきっかけになればよいのだが(そしてその可能性は十分あるのだが)、必ずしもそうならないかもしれないことだ。
 自分の不細工のせいで就職できないと語っていた人は、私が面接官であれば、顔などに関係なく、到底職場に迎えがたい雰囲気、話の内容の人物だった。それは無論、顔かたちの問題ではないのだが、しかし、彼女は自分でそうだと信じ込んでいる。

 正直なところ、僕もきれいな女性が好きだ。
 昔あった「究極の選択」のように、「きれいだけど性格悪いひと」と「不細工だけど性格のいいひと」のどっちがいか、なんてことは非現実的だ。「きれいで性格のいいひと」なんて、たくさんいるのだから。
 僕がつきあった彼女たちを思い出すと、きれいでかしこく、かわいげもあって、性格もいい人、というのももちろんいるが ^^)v、しかし、一般的にはけっしてきれいとは言い難い人だっていた。^^;) でも、あの番組の登場者たちのような「気ぃ悪い」子は一人だっていなかった。それは結局、ルックスとは別の、まさに気のもち方、人生への取り組み姿勢なんだろうと思う。

 僕が感じるその「気ぃ悪さ」というのは、すべてを顔のせいにしている態度、そして卑屈さであったり、世間への敵意であったり、というものだ。この筋違いさが、どうも人を不快にさせる気がする。

 人にはそれぞれ持っているものと持っていないものがある。美しい顔立ちに生まれたひともいれば、そうでないひともいる。豊かな家庭に生まれたひともいれば、そうでないひとも。親が七光りを発し得る人もいれば、まるで縁のない人もいる。背が高い人も低いひとも。走るのが速い人も遅いひとも。持病がある人もいれば、健康そのものの人もいる。もっと言えば、生まれながらに障碍を持つひとだっている。

 僕だって、コンプレックス的なものは、言い出せばいっくらだってある(あった)。

 僕は、人生というものは、仮にそれをゲームのようなものだとしても、それは平等なゲームだとは思わない。ある人はあるものを持つが他の人はそれを持たない。逆に他の人が持つものをその人が持っているとは限らない。
 それを「引き受ける」というところから、人生の勝負は始まると思う。(人生=「勝負」という意味ではない。)

 戦争はもちろん、武術においても、スポーツにおいても、仕事においても、敵やライバルと全く同じ条件で戦うなんてことは、あり得ない。
 自分側が持たないものではなく、自分側が持つものをどう活かすか、それが考えるべきことだ。

 メイクなんかについて僕は詳しくなどないが、「メイクとは長所を生かすもの」ということを聞いたことがある。もちろん短所を目立たなくすることもあるにせよ、しかし、極意としては「長所を生かすこと」だと聞いた。
 実際のところどうだかしらないが、もしその通りだとすれば、それは、まさに人生の極意でもあると思う。

 自分を「引き受ける」こと、自分の環境を「引き受ける」こと、そこからスタートしたいものと思う。
 たとえば顔やルックスについても、そうしている人たちには、たとえけっして美しくはなくとも、魅力的な人はたくさんいる。

 しかしいわゆるプラス思考なるものと同様、ある日急に考え方を変えることは難しいだろう。そうしたきっかけとして、たとえばあんな大がかりな整形というのも、ひとつの手段かもしれないと思う。お金と勇気があれば ^^;) (いわゆるプチ整形というものはこんな深刻なものではないだろうけど)
 だけど、「引き受ける」というところをちゃんとわかっていなければ、結局、また同じようなことの繰り返しになってしまう。そこには気づいておいて欲しい、気を付けていってほしいと、僕はそう思う。(大きなお世話だけど ^^;)


posted by Shu UETA at 23:55| Comment(5) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まず、ありのままの自分を受け入れる、
それが人としてのすべてのスタートラインですよね。
いろいろと得心です。
Posted by spice boy at 2004年11月17日 01:19
こんにちは。。今回のこの番組は見てないのですが。。
やっぱ不美人は損ですね(私、♀)そう思います。実感。
まぁ、気の持ちようといえば気の持ちようですが、だんだん卑屈になっていくのもわからないでもないです。。扱いはだいぶ違いますもんね。ふっ。。。
だから、整形までしなくともメイクできれいになった(という思い込み)だけでも、だいぶココロは変わったりしますね。
結局は思い込みの問題か。。。(自己完結)
すみません。こんな風に私は感じましたのでとりあえず、、では
Posted by さじ at 2004年11月17日 11:25
> spice boyさん

 得心、などとspice boyさんに言われると恐縮ですね。いつもspice boyさんも言っていることと同じようなことですから。^^;)
 僕は、「引き受ける」という言葉が好きなんです、いろいろな意味で。

> さじさん

 男の僕が言うと女性が言うより問題があるような気はしますが、しかし率直に、女性はキレイじゃないと損だろうなとは本当に思います。
 ただ、そこから自分がどうするか(内面にせよ、メイクやオシャレにせよ)ということ次第で、魅力的なひともいれば、そうでないひともいるなあ、というのも矢張り僕の実感です。
 「キレイな顔」は「素敵」の一要素(大きいにしても)に過ぎないな、とも、近頃感じるところです。
 こう言うと、なんだかキレイごとを言っているみたいですが、正直実感として。^^;)
Posted by Shu at 2004年11月17日 14:25
結局容貌なんて年齢と共に衰えるのですよね、特に女性の場合。と年寄りの私はまず言っておいて。

私はあの番組嫌いなんです。だって「すべて顔のせい」なんだもの。そりゃ、顔の所為にできれば人生らくだろうと思います。自分の欠点もすべて顔から来ている、って思えれば。

でもそういう人は、往々にして、整形したあとも「これじゃまだダメ」と整形を重ねて、我が家で言う「ジャクソン病」もしくは「浜崎あゆみ病」になってしまうのです。「悪いことを顔のせいにする」ことを止めない限り、いくら整形で美しく?なってもあの雰囲気というかオーラは変わらないんでしょうね。

綺麗だったり可愛い人は、性格がいい人が多いと思います。それは小さいときから愛されていたから。そしてその表情の豊かさが愛らしさや美しさに磨きをかけて…とますますいい方向に回っていきます。

一方、そうでない方は、自分をどう捉えるか、でたぶんもつ表情や雰囲気が変わってしまうのではないでしょうか?
ずうっと卑屈にいる人は、一歩が踏み出せず、表情も悪いし人も集まらない。
でも、そんなことには構わず前向きな人は、表情に出るから、実際以上にかわいらしく見えて、人が集まる。愛される(以下「美人」と同じ回転)…

まあでも、そんなことにこだわって50とかになる人生って、空しいだろうなあ…と思います。結局80になって容貌云々ったって、男女の区別もつかないときがあるんだからさ(汗)

わたし自身は美人ではありませんが、大学でた頃は童顔で表情ゆたかだったので、いい時期もありましたし、病気をやって30キロくらい太っていたので「これってどうなんだろ」と自分で鏡を見るのが厭なときもありました。
でも、どっちも私ですから、私が引き受けてます。
顔にメスを入れようと思ったことは一度もありません。
Posted by ぶんだば at 2004年12月14日 14:00
> ぶんだばさん

 女の子は特に、愛情いっぱいに育ててあげたいものですね。自分は人から愛されているんだ、ってことを空気のように感じて大きくさせてあげたいですね。

 
Posted by Shu at 2004年12月14日 22:42
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