2009年04月10日

「誰でもできること」の練度


 さきの北朝鮮ロケット発射に臨んでの例の誤探知について、防衛省事務次官から、ヒューマンエラーであったとの発表があった。
 折から洩れ伝わっていたプロセスの経緯からも、それはそうだろうと言うほかない。

 ところで、この会見において具体的な話の中で、

 指揮所にあるSEWのモニターを確認せず、機械的に伝達した点に問題があったとしたが、背広組幹部が伝達役を担ったことについては、「軍事専門家でないと伝達できないとは認識していない」とした。
 (時事通信)


 とあるが、いわゆる「背広組」が伝達役を担ったこと、について、
 「軍事専門家でないと伝達できないとは認識していない」というのは一種の極論であって、
 そんなふうに言うのであれば、
 「大人でないと伝達できないとは認識していない」と言うことだってできる。
 あんなもの、ちゃんと教えて何度か練習すれば子供だってできる。
 じゃあ、子供にさせてもそれが適切か、というと、むろん左様なわけもない。

 「一塁手でないと一塁の守備ができないとは認識していない」というのは、代打や代走を重ねた後に一塁手がいなくなってやむを得ず一塁に入れた外野手が、三塁からのショートバウンドの送球を捕球し損ねたことについての適切な認識とは思わない。

 と、僕が言うのも、これはもちろん極論。

 しかし、単に「伝達」と聞いて、それは誰でもできるだろうと一般には思われるだろうけれど、そこにも「練度」というものがあることはある、ということを僕は言っておきたい。

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posted by Shu UETA at 01:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 戦略戦術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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